僕の妹は……
僕は今日から高校二年生だ。
しかし、僕には友達がいない。
というか、いらない。
同い年の妹の世話で忙しいからだ。
妹は拒食症で引きこもりで無口だが、僕がいないと大変なことになってしまうため、とにかく早く帰ってあげないといけない。
当然だが、部活にも入れない。
しかし、夜はファミレスでバイトをしている。
バイトで稼いだお金は、ほぼ食費になる。
両親はいるが、たまにしか帰ってこない。
母はモデルで父はデザイナー。
母が着る服は全て父が作っている。
バカップルというより、二人の愛が深い故に自然とそうなった。
それはさておき、僕は今日も早めに帰宅する。
「ただいまー」
僕『山本 雅人』が帰宅すると、二階からスルスルと蛇のようにやってきた妹の髪の毛が出迎えてくれた。
「ただいま、夏樹。一人で寂しくなかったか?」
僕がそう言うと、妹の髪は僕の手に巻きついた。
どうやら少なからず寂しかったらしい。
「ごめんな、いつも寂しい思いをさせて。今から晩ごはん作るけど、今日は肉と魚、どっちがいい?」
僕がそう言うと、妹の黒い長髪は僕の手の平に『にく』と書いた。
「そっか。じゃあ、今日はハンバーグにしよう。できたら呼ぶから、それまで寝てていいぞ」
僕がそう言うと、妹の髪の毛は妹の元へと戻っていった。
「よし、それじゃあ、作るか」
僕はハンバーグを十人前作ると、いつも通り、ごはんを三合炊いた。
ちなみに味噌汁は三人前作った。
「おーい、夏樹ー。晩ごはんできたぞー」
僕が妹を呼ぶと、妹は寝ぼけ眼を擦りながら、ゆっくりと一階のリビングまでやってきた。
「夏樹、髪留めは?」
なぜか僕のワイシャツをいつも着ている夏樹は前髪を留める用のヘアピンをしていなかった。
妹は首を横に振ると、そっぽを向いた。
「ダメだぞ、夏樹。食べる時くらい前髪上げないと、うまく食べられないし、髪が汚れるぞ?」
妹は手に持っていた猫の顔が付いている髪留めを僕に手渡すと、頭をぐいと突き出した。
「え? あー、僕に付けてほしいのか。しょうがないなー」
僕が妹の前髪を目にかからないようにヘアピンで留めてあげると、妹は僕に抱きついた。
「おいおい、どうしたんだ? 猫みたいに甘えても何も出ないぞ?」
「……すう……はぁー……」
「もしもーし、お兄ちゃんのにおいを嗅ぐよりハンバーグのにおいを嗅いでもらえませんかー?」
妹は僕からパッと離れると、自分の分のハンバーグの元へと向かった。
「はい、じゃあ、手を合わせて。いただきまーす」
「いた……だき……ます……」
妹は米一粒と味噌汁のワカメとハンバーグの欠片を食べると、とても満足そうな顔をした。
妹は拒食症だ。しかし、普通の拒食症ではない。
妹は前の口から食べると、すぐにお腹いっぱいになってしまうが、後頭部にある口から食べる時は大食らいになる。
「夏樹、おいしいか?」
「ああ、うまいぞ! この絶妙な焼き加減がなんとも言えない!」
「そうか、そうか。まだまだたくさんあるから、たーんとお食べ」
「ああ!」
妹の後頭部にある口はよくしゃべる。
後頭部にある口は髪の毛を手のように扱えるため、ごはんや味噌汁なども容易に食す。
「ごちそうさまでした」
「ごち……そう……さま……でした……」
「よし、それじゃあ、バイトに行ってくるから、夏樹は先に風呂に入っててくれ。少し帰りが遅くなるから、早めに寝るんだぞ?」
妹は首を縦に振ると、小さく手を振った。
「それじゃあ、いってきます」
僕が妹の頭を撫でると、妹はとても嬉しそうに頬を緩ませた。
妹は僕を玄関で見送ると、僕が言ったことを実行することにした。
え? 僕の妹が何者かって?
それはまあ、俗に言う『二口女』というやつだ。
後頭部の口が空腹だと人を食べることもあるけれど、うちは僕がいるから大丈夫だ。
しかし、妹はそんな自分の体質が嫌で外に出られなくなってしまった。
人と妖怪が共に助け合って暮らせるようになった世界になっても、そういうものはある。
だからこそ、僕は少しでも妹の力になれるように自分ができる範囲で努力している……。