どうでもいい
人の往来の激しい歩道のど真ん中で周囲の迷惑も顧みず立ち止まったBは、街路樹の間から見える車道を挟んで対側の歩道の一角をじっと見詰めた。
そこには、今、己がしていることと同じ迷惑行為をして気にも止めなかった人間がいた筈だった。ほんのひと月前まで。
目の前に立ったBを見て驚いた顔をしていたのは少しだけ面白かった。
簡単に想像がついただろうに。
Bはいつでも自由だ。
束縛する者など、出来る者などいない。
したいことをしたい時にしたいようにする。
してもいいと勝手にお膳立てされている。
当時はあちらの歩道にも人は溢れ返っていたが、意外と気付かれないものだ。
血を流して、蹲って、倒れ込んでも誰も見向きもしない。
いや、血は見えていなかったかもしれない。
しかし、倒れた相手に誰も見向きもしなかった。
ヤバイと思いはしても、ヤバそうだからこそ関わり合いになりたくないと無視したのだろうか。
所詮、人間なんてそんなものだ。
誰も通報すらしなかったようで、結構な時間、Bはその場に留まっていたが、その間に警察が来ることはなかった。
拍子抜けしたくらいだ。
別段、来てくれても構わなかった。
ババアは殺るなら殺るでとっとと立ち去れと怒り狂っただろうが。
Bは確実に殺したかどうかは確認しなかった。
どうでもよかったからだ。
生きて訴えられたとしても、どうせババアが勝手になかったことにする。
何人殺害しても、何人強姦しても、何回麻薬に耽溺しても、全部全部全部、なかったことになる。
簡単なことだ。
誰も彼も、金と権力には弱い。
自分の命が惜しい。
赤の他人になら尚更だ。
みんなみんなみんな、勝手にいなくなる。
誰も頼んでなどいないというのに。
それすらもどうでもいい……と無関心に思いかけたBは、脳裏に甦らせた不快事に珍しく露骨に顔を顰めた。
常に何もかもがどうでもいいと死人の顔をしているBでも、今回の不可解には面倒に思う事態が付随していた。
ババアが執拗にうるさいのだ。
死体を何処へやったのかと。
めんどくさがりのBには任せておけない、確実に隠蔽する為にもババアに死体をよこせ、さもなければ遺棄した場所だけでも思い出せと。
Bにしてみれば何もしていない、勝手に無くなったものを思い出せというのか。
こればかりは流石に鬱陶しかった。
あれは死体が出てくるまで、Bの顔を見る度に言い続けるだろう。
厄介なことだ。
あの死体が何処へいったのか?
Bの方こそ知りたい。
Bが立ち去った後に奇跡的に立ち上がって自ら移動したのか?
死亡を確認しなかったとはいっても、その可能性はあまり現実的には思えなかった。
そのくらい、確実に急所をヤった自覚はあるのだ。
だが、もし万が一生きていたとしても、それはそれで別にどうでもいい。
また遊べばいいだけだ。
刺して、抉って、引き裂いて。
昂揚というほどでなくとも、それなりに快感になる。
一瞬だけ。
ああ、何もかもがどうでもいい。
そろそろもっと大きな玩具を弄るべきか。
一つ、二つなら壊してもババアがどうにかするだろう。
幾つまで壊したらどうにもならなくなるか、試してみるか?
―――それは、もう少し個人で遊んでからでいいか。
何もかもがどうでもいいBでも、少しだけ、惜しいと思うことがある。
あの女。
我ながら飽きるのが早くてすっかり忘れていたが、気付けばいなくなっていた。
ババアは何もしていないという。
そのババアでも探し出せないという。
飽きてほったらかしていた玩具でも、いざ遊べないとなると途端にもう一度欲しくなるのはBもその辺の子供と変わらない。
―――変わらないが、きっと直ぐにまた忘れる。どうでもよくなる。
今だけだ。ほんの僅かな間だけ。
そのくらい、何もかもがどうでもいい。
幾つまで都市を壊したら? 国を壊したら?