6 おとぎ話
しばらくして、セツは買い物をした露店まで戻ってきた。
息を吸って、一度自分を落ち着かせてから口を開く。
「先ほどのドラゴンとフェアリーの話、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
「うん?」
店主は目をまたたかせて、不思議なことを訊く子だという顔をする。
セツは緊張した面持ちで、店主の次の言葉を待った。
「まあ昔のことだから僕もあまりよく知らないけど」
セツにとっては勇気の要る一言だったが、店主は別段気にした様子もなく話してくれた。
「ゴエは湖上の街だったんだけど、昔、湖に水のドラゴンがいたんだ。穏やかな性格のドラゴンだったらしい。普段は湖の底で眠っていて、めったに姿を見せなかったんだって。そこにフェアリーがやって来た」
店主は困り顔になって続ける。
「このフェアリーが……こう、変わり者で。埋もれていた地下鉱脈を探索したり、いろんなところにモンスターを狩りに行ったりして、アニマを乱したんだね。ゴエの湖も干からびて、水のドラゴンは湖に住めなくなった」
「フェアリーを恨んだでしょうね」
セツは顔をかげらせたが、店主は首を横に振る。
「いや? そのドラゴンはフェアリーと一緒に旅を始めたんだって」
「え?」
「半性になって、ドラゴンの原型も失って、最後は石のモンスターになってしまったけど。フェアリーが老いて旅を終えたときまで、側にいてフェアリーを守り続けたそうだよ」
言葉をなくしたセツに気を払う様子もなく、店主は明るく笑う。
「変なの。フェアリーが来るといつも庇うのはドラゴンだ。アニマに一番近い個体として生まれてくるのに、どうしてアニマを傷つけるフェアリーの味方をするんだろう?」
セツが黙りこくったのをようやく不思議に思ったようで、店主は問いかけた。
「どうかした?」
「……わかりません」
「そうだよね。まあ、ドラゴンを僕ら不完全な半性が理解できるわけもないか」
「あ、あの。もう少しだけ!」
話を打ち切られそうな気配がして、セツは慌てて食い下がる。
「その水のドラゴンは、今も石のモンスターとして生きているのですか?」
「んー……」
店主はうなって考える。
「生きている……のかなぁ?」
「どういうことですか?」
「水のドラゴンは、精錬石になったって聞いたよ」
精錬石。セツが繰り返すと、店主は続ける。
「モンスターを生む精錬石。それは今もゴエにあるらしいけど、ゴエはモンスターだらけで誰も近寄ろうとしないからね。確かなことはわからない」
セツは顔を上げる。おとぎ話の中の水のドラゴンが、出会った銀のドラゴンの姿と重なった気がした。
セツはお礼を言って露店を離れる。オーブが心配そうに問いかけた。
「ゴエに行くのですか、セツ」
セツはすぐに答えが出ずに、しばらく無言で歩いた。
町はずれに来ると家々もほとんどなく、草原が見渡せた。ゴエは隣町だというが、ここからは街らしいものは何も見えない。
ひとつまみの雲が空を流れている。セツはぽつりとつぶやいた。
「怖くなってきたんだ」
「モンスターになったドラゴンが?」
「モンスターも怖いけど……」
見えないアニマを探すように、セツは空を仰ぐ。
「時々、ドラゴンのことが何一つわからないと思う。シーリンも僕と暮らしているうちに半性になって、永い寿命も失ってしまった。でも彼女は命を終えるとき、「これでよかった」と笑ったんだ」
セツは目を伏せて、悔しいような口調で言う。
「なんでだよ。恨んでくれよ。僕がいなければ、君は今も生きていられたのに」
「セツ……」
「ごめん。こんなこと、言っても仕方ないのに」
オーブは苦笑して、首を横に振る。
「いいえ。セツはドラゴンが大切なのだと思うだけです」
「誰にとっても大切だろう? アニマの寵児なんだ」
「いいえ」
オーブはまた首を横に振って、哀しげに笑った。
不思議に思ってセツが首を傾げたとき、市場の方から誰か駆けてくる。
「蜜蜂の店主さん?」
「ああ、よかった。まだ出発してなくて」
ドラゴンとフェアリーの話を聞かせてくれた店主は、手に小さな巾着を持って歩み寄る。
「君、ゴエに行くの? 危ないよ?」
「行かない方がいいとはわかっています」
言葉を濁したセツに、店主はきょとんとした顔をする。
「うん? そんなことは誰も言わないよ。君のアニマの望むまま行けばいい」
今度はセツがきょとんとした顔をする。店主は明るく笑った。
「誰だって自分の思うままに生きるべきさ。君はどうしたいの?」
「僕は……」
セツは目を伏せて、顔を上げる。
「ドラゴンに会いたいです」
店主は満足げにうなずく。
「じゃ、お買い上げのおまけにこれあげる」
店主が巾着から取り出してセツに渡したのは、小さな木製の笛だった。
「水のドラゴンは音楽が好きだったらしい。お守り代わりに持っていくといいよ」
「あ、ありがとうございます」
セツは笛を受け取る。広場に立っていた大樹と同じ香りがした。
唇に当てて、ピィ、と笛を吹く。
風と木の音は滞ることなく、草原を駆け抜けていった。




