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ドラゴンとフェアリー  作者: 真木
1 水と石の章
6/24

6 おとぎ話

 しばらくして、セツは買い物をした露店まで戻ってきた。

 息を吸って、一度自分を落ち着かせてから口を開く。

「先ほどのドラゴンとフェアリーの話、もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」

「うん?」

 店主は目をまたたかせて、不思議なことを訊く子だという顔をする。

 セツは緊張した面持ちで、店主の次の言葉を待った。

「まあ昔のことだから僕もあまりよく知らないけど」

 セツにとっては勇気の要る一言だったが、店主は別段気にした様子もなく話してくれた。

「ゴエは湖上の街だったんだけど、昔、湖に水のドラゴンがいたんだ。穏やかな性格のドラゴンだったらしい。普段は湖の底で眠っていて、めったに姿を見せなかったんだって。そこにフェアリーがやって来た」

 店主は困り顔になって続ける。

「このフェアリーが……こう、変わり者で。埋もれていた地下鉱脈を探索したり、いろんなところにモンスターを狩りに行ったりして、アニマを乱したんだね。ゴエの湖も干からびて、水のドラゴンは湖に住めなくなった」

「フェアリーを恨んだでしょうね」

 セツは顔をかげらせたが、店主は首を横に振る。

「いや? そのドラゴンはフェアリーと一緒に旅を始めたんだって」

「え?」

「半性になって、ドラゴンの原型も失って、最後は石のモンスターになってしまったけど。フェアリーが老いて旅を終えたときまで、側にいてフェアリーを守り続けたそうだよ」

 言葉をなくしたセツに気を払う様子もなく、店主は明るく笑う。

「変なの。フェアリーが来るといつも庇うのはドラゴンだ。アニマに一番近い個体として生まれてくるのに、どうしてアニマを傷つけるフェアリーの味方をするんだろう?」

 セツが黙りこくったのをようやく不思議に思ったようで、店主は問いかけた。

「どうかした?」

「……わかりません」

「そうだよね。まあ、ドラゴンを僕ら不完全な半性が理解できるわけもないか」

「あ、あの。もう少しだけ!」

 話を打ち切られそうな気配がして、セツは慌てて食い下がる。

「その水のドラゴンは、今も石のモンスターとして生きているのですか?」

「んー……」

 店主はうなって考える。

「生きている……のかなぁ?」

「どういうことですか?」

「水のドラゴンは、精錬石になったって聞いたよ」

 精錬石。セツが繰り返すと、店主は続ける。

「モンスターを生む精錬石。それは今もゴエにあるらしいけど、ゴエはモンスターだらけで誰も近寄ろうとしないからね。確かなことはわからない」

 セツは顔を上げる。おとぎ話の中の水のドラゴンが、出会った銀のドラゴンの姿と重なった気がした。

 セツはお礼を言って露店を離れる。オーブが心配そうに問いかけた。

「ゴエに行くのですか、セツ」

 セツはすぐに答えが出ずに、しばらく無言で歩いた。

 町はずれに来ると家々もほとんどなく、草原が見渡せた。ゴエは隣町だというが、ここからは街らしいものは何も見えない。

 ひとつまみの雲が空を流れている。セツはぽつりとつぶやいた。

「怖くなってきたんだ」

「モンスターになったドラゴンが?」

「モンスターも怖いけど……」

 見えないアニマを探すように、セツは空を仰ぐ。

「時々、ドラゴンのことが何一つわからないと思う。シーリンも僕と暮らしているうちに半性になって、永い寿命も失ってしまった。でも彼女は命を終えるとき、「これでよかった」と笑ったんだ」

 セツは目を伏せて、悔しいような口調で言う。

「なんでだよ。恨んでくれよ。僕がいなければ、君は今も生きていられたのに」

「セツ……」

「ごめん。こんなこと、言っても仕方ないのに」

 オーブは苦笑して、首を横に振る。

「いいえ。セツはドラゴンが大切なのだと思うだけです」

「誰にとっても大切だろう? アニマの寵児なんだ」

「いいえ」

 オーブはまた首を横に振って、哀しげに笑った。

 不思議に思ってセツが首を傾げたとき、市場の方から誰か駆けてくる。

「蜜蜂の店主さん?」

「ああ、よかった。まだ出発してなくて」

 ドラゴンとフェアリーの話を聞かせてくれた店主は、手に小さな巾着を持って歩み寄る。

「君、ゴエに行くの? 危ないよ?」

「行かない方がいいとはわかっています」

 言葉を濁したセツに、店主はきょとんとした顔をする。

「うん? そんなことは誰も言わないよ。君のアニマの望むまま行けばいい」

 今度はセツがきょとんとした顔をする。店主は明るく笑った。

「誰だって自分の思うままに生きるべきさ。君はどうしたいの?」

「僕は……」

 セツは目を伏せて、顔を上げる。

「ドラゴンに会いたいです」

 店主は満足げにうなずく。

「じゃ、お買い上げのおまけにこれあげる」

 店主が巾着から取り出してセツに渡したのは、小さな木製の笛だった。

「水のドラゴンは音楽が好きだったらしい。お守り代わりに持っていくといいよ」

「あ、ありがとうございます」

 セツは笛を受け取る。広場に立っていた大樹と同じ香りがした。

 唇に当てて、ピィ、と笛を吹く。

 風と木の音は滞ることなく、草原を駆け抜けていった。


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