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ドラゴンとフェアリー  作者: 真木
1 水と石の章
5/24

5 風と木の街

 草原では時々動物と草花、それと小さな宿だけがぽつんとある。ただ、わだちの跡が続く先には街があるだろうから、そこに行って銀のドラゴンの話を聞こう。セツとオーブはそう決めて足を進めた。

「見て、オーブ。しるべがある」

 虚木の残骸から出発して五日目、セツは小さな立て看板をみつけた。

『風と木の街、ウタ』

 板を二枚打ちつけただけの看板には、茶褐色の樹液のインクで文字が書きこまれている。

「聞き覚えがある。シーリンがこの街に郵便を送ったことがあるよ」

「丘の向こうみたいですね」

 草原の合間に、くっきりとした土の道が刻まれている。二人はそこを辿って丘の上にのぼった。

 見下ろすと、昼下がりの光の中に色とりどりの町並みが浮かび上がった。どれも一階建ての小さな家だが、屋根を明るい緑色に塗り、窓から花の鉢植えを飾る。石畳はかんらん石が輝いて、金獅子の光を反射する。

 石畳の道はゆったりと弧を描きながら街をめぐり、両脇に家々が並んでいた。その道の先にある大樹の周りは市場のようで、十ほどの露店が並んでいる。

「セツ? どうしました?」

 セツは街のにぎわいに目を輝かせながらも、足を止めてためらう。

「僕はほとんど森から出たことがない田舎者だから。恥をかくと思う」

「あらあら」

 オーブはくすっと笑って、セツの肩の上に座った。

「怖がらないで。私もいるのですから」

「う……うん」

 セツは緊張した面持ちで丘を下る。

 街に入った途端、薫風に包まれた。若木の匂い、いくつものハーブが混じった香りが立ち込める。

「あ、旅人さん」

 庭先で花に水をやっていた子どもが声をかけてきた。セツより頭二つ分小さく、二足歩行をしているが、蝶のような鈍色の触角と青緑の羽根が色鮮やかだ。

「どこから来たの?」

「わだちの先の、黄金のドラゴンの住む森からだよ」

「ああ! 時々郵便を送ってきた」

 蝶の少年はすぐに思い当ったようだが、残念そうに言う。

「悪いけど、まだ返事は来ないみたいなんだ。カモメさんは毎日郵便を仕分けてるけど、アンシエントドラゴン・バレーからの便りはないってさ」

「そっか。あ、でも、その」

 セツはうなずいて答える。

「ありがとう。郵便はもういいんだ。僕が直接アンシエントドラゴン・バレーを訪ねることにしたから」

「そうなの? 最近モンスターが多いから気をつけてね」

 少年は気安く言って、水やりに戻る。

 二、三歩歩いて大きく息を吐いたセツに、オーブは耳打ちする。

「その調子ですよ、セツ。今度は自分から話し掛けてみましょう」

「で、でも、みんな仕事で忙しい……」

「では市場に行きませんか? 買い物のついでに世間話をしてみては」

「世間話……」

 セツはうなりながら、考え考え足を進める。

 小川を飛び越して、藤のトンネルをくぐる。狐の耳を持った子どもと鹿の足を持った子どもがじゃれあいながら、セツたちとすれ違っていく。

「いらっしゃい!」

 広場に出ると、大樹を中心に露店が並んでいた。果物や野菜を眺めながら、セツは誰に声をかけようか迷う。

 ぐるりと広場を一回りして、もう一回逆回りした。

「セツ」

「わかってる。ちょっと心の準備が要るだけなんだ」

 笑うオーブに、セツは口元をむずむずさせながら言い返した。

 結局セツは一番始めに通りかかった露店の前に戻ってきた。

「生糸を一玉ください」

「まいど! 他には?」

「あと」

 そこは雑貨屋で、両手を広げた程度の台座の上に商品が並んでいた。ハーブに小瓶、ライ麦や酒なども扱っている。

 ふとセツは、以前シーリンの元にやって来たトカゲの行商を思い出した。そのときの商品と比べて、欠けている商品があった。

「鉱石はありますか? 宝石の原石とか、火打ちに使う石などは」

「うーん、鉱石はね、今は仕入れられないんだ」

 蜜蜂のように背中に縞模様のある店主は、難しい顔をする。

「以前は隣街のゴエからたくさん入ってきたんだけど。ゴエは地下鉱脈がモンスターのテリトリーになって、近づけなくなってるからね」

「モンスターが? ゴエの住民は無事なんですか?」

「わからないなぁ」

 蜜蜂の店主はあっさりと言い切って笑う。

「でもまあ、余所に移り住むだけだよ。みんなどこかで元気にやってるんじゃないかな?」

 セツは店主が何気なく続けた言葉に動きを止める。

「それにしても、またフェアリーが来たのかなあ?」

「……は」

「知らない? 昔、ゴエのフェアリーがドラゴンをモンスターに変えてしまったじゃない?」

 ドラゴンとフェアリーという言葉に、セツは息を飲む。

 どくどくと心臓がうるさく鳴っていた。訊き返したい思いがうずまいて気ばかりが急ぐ。

 店主は明るく笑って、話はこれまでというように手を振る。

「ま、それはそれ。フェアリーが来るのだって、アニマのさだめだものね。ありがとう、またね」

「あ!」

 セツは打ち切られたその話の続きを問いかけようとする。

 けれど勇気が出ずに、下を向いた。自分がふがいなくて、唇を噛みしめる。

 肩の上を何かが飛んで行った気配がして、セツは振り向く。

「……なっ。オーブ!」

 自分の目に映ったものに、セツは驚く。

 オーブをくわえて何かが飛んでいる。最初は鳥だと思った。

 よく見ればそれは石の塊で、羽もないのに空を飛んでいる。しかも生き物のように勢いをつけて、オーブに何度もぶつかっている。

 ……石のモンスター? セツは背筋が冷たくなった。

「離れろ!」

 セツは踵を返して飛びつく。

 幸いまだ手の届く高さだ。速さも目で追えないほどではない。けど、短槍で突いたりしたらオーブを傷つけてしまう。

 オーブの悲鳴に焦りながら、セツは石の塊に両手を伸ばした。

「つかまえた!」

 それは感触としては石そのもので、光沢があったり時々崩れたりする。まるで吸い付いているように、はがしてもまたオーブにくっついてしまう。

「何だこれ……!」

 辺りには露店の商人たちがたくさんいるが、誰も手を貸そうとはしない。セツはがむしゃらに飛ぶ石と格闘しながら、少しだけ商人たちを恨んだ。

 石がひときわ勢いをつけてオーブにぶつかったときだった。

「えっ!」

 石が四方に弾けて、ぽんっと音が響いた。

 湯気が立ち込める。セツの頬にも蒸気が当たって、手に温かく柔らかい感触がある。

 目線を下げると、セツの手の平に生まれたてのひな鳥が乗っていた。

「石をつかまえたはず……」

「よかった。無事に生まれましたね」

 オーブの声に振り向くと、彼女は疲れた様子ながらも笑っていた。

「セツは、精錬石せいれんせきを見るのは初めてですか?」

「精錬石?」

「この辺りでは、時々石が動物を生むんです。他のアニマにぶつかって、石の本性が変化する場所なんですよ」

 ピィピィ、とセツの手の平でひな鳥が鳴き声を上げる。

 まだ湯気が立つひな鳥は、若草色の羽毛を持っている。セツの手の上でもぞもぞと動く。

「……くすぐったい」

 セツは思わず笑ってひな鳥を見下ろした。

「あ!」

 ふいにひな鳥はセツの手から飛び立って、広場の中央に立つ大樹の方に向かって飛ぶ。あっという間に枝葉の中に隠れてしまう。

 ひとときセツは目を細めて大樹を見上げた。手の中に残るぬくもりは寂しかったのに、取り戻したいとは思わなかった。

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