4 セツの選択
朝の光の金獅子と夜の光の銀鴉は、元々は別のところで生まれた者同士だった。
あるとき空で出会って自分にない光を知り、とても喜んだらしい。
けれどお互いが空にあり続けると、闇のアニマが傷つく。だから普段は別々に過ごして、一日のはじまりと終わりのわずかな間だけ会うことに決めた。それでいいと二人で決めたら、アニマは受け入れてくれた。
シーリンが寝物語に教えてくれたことを思い出して、セツは強張っていた体から少しだけ力を抜いた。
「セツ。そろそろ起きなさい」
まどろみの中、オーブの声が聞こえてくる。
昨日は結局、虚木の残骸の中にテントを張ってそのまま眠った。寝ぼけた頭で思い返しながら、セツは寝具から顔を出す。
テントの外に出ると、まだ金獅子は空に上っていなかった。代わりに、地平線の向こうが光の海のようにまぶしい。
「金獅子と銀鴉は、いつもどんな話をしてるんだろう……」
早朝の空気の中で、セツはつぶやく。
やがてセツとオーブは朝食の支度を始めた。
虚木が水分を吸い取ったために辺りは岩だらけになっていたが、オーブが教えてくれた辺りの地面を掘り返すと地下水が溜まっている。
地下水の側には、既に蕗の芽が丸く形をつけている。みずみずしく、食べるにはちょうどいい。セツは手に取ろうとして、その手を引っ込めた。
「乾パンのスープでもいい?」
セツは言いづらそうにオーブに問いかける。オーブは苦笑した。
「ええ。もちろん」
火をおこして小鍋にスープを作る。セツは乾いた木の皮を畳んで、自分のものと、オーブ用の小さなスープ皿を作った。
朝食を取っている間に、金獅子が空に上り始める。
「寄り道をしようと思う」
喉を少しずつ湿らせるようにスープを飲んでいたセツは、ふいに手を休めて言った。
「旅に出てから二度、銀色の霧に取り巻かれた。「アンシエントドラゴン・バレーに導いて」と願ったら、力を貸してくれた。あの霧の正体は、ドラゴンの息吹らしい」
オーブも顔を上げる。セツは小さな仲間に言葉を続けた。
「でもあの霧の中に、モンスターがテリトリーを作っていた。アニマの寵児であるドラゴンが、自分の体内に異端児を飼っているなんておかしい。信じたくはないけど」
セツは迷った末、思い至ったことを口にする。
「……モンスターになったドラゴンがいる」
セツは木の皮のスープ皿を置いて、オーブを見やる。
「アンシエントドラゴン・バレーへの道からは逸れるかもしれないけど、僕はそのドラゴンに会いに行ってみようと思う」
「大丈夫なのですか?」
オーブは難しい顔をして、心配そうにセツを見上げる。
「それはモンスターに近づくということです。セツは戦うのが嫌いでしょう?」
セツはうつむいて目をかげらす。
「異世界から来た僕がこの世界の命を変えるのは、ただの僕のわがままだろう?」
「セツ……」
「でも」
ごくりと息を飲んで、セツはオーブを見返す。
「ドラゴンに傷つかないでほしい。そんなことドラゴン自身は望んでいなくても、僕のわがままだけど……譲れないんだ」
セツはスープを飲み干すことなく、オーブの答えを待っている。
旅のことは二人で決めようと、セツは出発するときに言った。それをずっと守っていた。
「一つ訊いてもいいですか、セツ」
「どんなこと?」
「あなたを育てたドラゴン、シーリンさん。彼女はセツをわがままだと言いましたか?」
きょとんとしたセツに、オーブは問いかける。
「セツがアニマに働きかけること、誰かの味方をして、そのせいで誰かを傷つけること。それは悪いことだと、あなたを叱りましたか?」
「……ううん」
セツが首を横に振ると、オーブは目を伏せた。
「そうでしょうね。ドラゴンですから」
オーブは微笑んで、セツの顔の前まで飛ぶ。
「わかりました。銀のドラゴンに会いに行きましょう」
手を差し出したオーブに、セツは小指を差し出して約束を交わす。
食事を終えて出発の支度をしていて、セツは風の中に声を聞く。
それでいいよと誰かが言う。
銀のドラゴンの声であった気もするし、昔シーリンが告げた言葉であった気もした。
今朝は風のアニマを身近に感じる。虚木がわだちの跡さえわからないように辺りを砂地に変えても、風が旅路の向こうへ導いてくれる予感がしていた。




