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ドラゴンとフェアリー  作者: 真木
3 黄金と氷の花の章
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エピローグ

 薫風の吹くおだやかな日、オーブとラグランがアンシエントドラゴン・バレーを去る日取りになった。

「体に気をつけてね」

「ええ。セツも」

 セツは離れがたくて、何度も同じことを言った。そのたびに、オーブは安心させるようにセツの頬に手を触れて笑いかける。

「いつでも手紙を書いてください。けっこう届くんですよ。そうしたらすぐに会いにいきます」

「そうだよ。セツは心配しすぎ。何とかなるよ」

 ラグランもセツの肩を叩いて言う。

「それに、ゴールデン・ストリームのときは谷に戻って来る」

「うん……」

 セツはうなずいて、決意したように二人を見上げた。

「オーブ、ラグラン。お願いがあるんだ」

 二人は顔を見合わせて、セツを見やった。

「フェアリーのことですね?」

 オーブはすぐにセツの言葉を当ててみせた。驚いてまばたきをしたセツに、ラグランが続ける。

「アニマが変わったから、きっとまた新しいフェアリーがやって来る」

「うん。僕のときは、すぐにシーリンが助けてくれたけど……」

「大丈夫。ドラゴンはフェアリーの来訪にとても敏感なんだ」

 ラグランとオーブはセツをみつめて言った。

「次のフェアリーが来たら、必ず僕らが迎えに行くよ」

「約束します」

 セツの顔からようやく笑みがこぼれた。

 ラグランはドラゴンの原型に変わり、セツは手作りの籠をラグランの胸に下げる。そこにオーブが収まって、二人は飛び立った。

 悠々と飛んでいくドラゴンの姿は美しかった。セツは彼らが見えなくなるまで、いつまでも手を振ってそこで立っていた。

 やがてセツは顎を引くと、斜面に刻まれた道を歩き始める。

 ニレの樹が枝葉を広げて木陰を作っていた。セツはその下で、彼女が好きな白い花を摘んで花束を作る。

 霧雨が少し降っていた。けれど道は消えない。古代竜たちが手伝ってくれて、家までの道を整えてくれていた。

 斜面を上って、群生したカモミールに囲まれた家に着く。

 薪小屋には真新しい薪が積まれて、水汲み場のロープもつい最近張り直した。家の屋根にはゴールデン・ストリームで傷ついた跡があったが、傾きはすっかり直って、両脇を立派なニレの樹が支えていた。

「ただいま」

 家の戸を開いて、セツは窓辺の花瓶に白い花束を挿す。

 その横に小さな青い箱を置きかけて……セツはさっとそれを背中に隠した。

「おかえり」

 二階からレナが降りてきて、いつものように声をかける。

「そろそろお昼にする?」

「レナ、あのさ」

 セツは言い淀んでから、おずおずと箱を机に置く。レナは首を傾げて、箱を手に取った。

 リボンの結ばれた小さな箱を開くと、指輪だった。レナは目を見開いて、セツとそれを見比べる。

「ごめんなさい! 売り物だって知らなくて」

 慌ててセツに箱ごと指輪を返すレナに、セツは首を横に振る。

「……売り物じゃないんだ」

 セツは手先が器用で、金属細工や木工細工を作る生業をしている。黙々と細かい作業をするのは苦痛にならないから、一日中部屋にこもって仕事をしていることも多かった。

「いつもお昼を作ってくれたり、一緒にお茶を飲んでくれてありがとう」

 セツは目を逸らしてからレナを見た。

「僕は話すのも上手じゃないし、ドラゴンみたいにかっこよくないけど、いいかな」

 セツのレナの左手を取る。見上げたレナに、セツは打ち明ける。

「……僕を伴侶に選んでくれないか」

 セツはレナの薬指に指輪をはめる。レナは指輪をまじまじとみつめた。

「この世界ではどんな風にするのかわからないんだ。でも昔、僕の母が父に指輪をもらって結婚したって、言ってたんだ」

 レナは指輪をみつめてはセツを見上げて、そっと問いかける。

「これは、あなたの世界の伴侶の証なの?」

 指輪を触って、セツはうなずく。

「故郷ではケッコンシキというものがあったみたいなんだけど、僕は子どもだったから覚えてないんだ。……あ」

 ふいにセツは声を上げる。

「どうしたの?」

「一つ思い出した」

「どんなもの?」

 セツはかぁっと顔を赤くして、口ごもる。

「い、いいから。忘れて」

「セツ」

 体を離そうとしたセツを、レナが引き寄せた。つと顔が近づく。

 唇をかすめるようにして、レナは口づける。

 目を見開いたセツに、レナは困ったように言った。

「嫌だった? ドラゴンは伴侶への誓いとしてキスをするの」

 セツはもぞもぞと言葉を飲み込んだ。

 目を閉じて、セツはレナの体をぎゅっと抱きしめる。

 ドラゴンとフェアリーは、まだまだお互い知らないことがたくさんある。

 アニマの中で出会えた伴侶と、これからどんな時を過ごしていこう?

 手探りで始めた二人暮らし。未来を考えるのは当分後になりそうだったが。

「実はね、ケッコンシキでは……」

 それも幸せなことだと思いながらセツは笑って、レナの耳に口を寄せた。


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