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ドラゴンとフェアリー  作者: 真木
3 黄金と氷の花の章
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7 黄金と氷の花

 セツが目を覚ましたとき、そこはまばゆい黄金の輝きで埋め尽くされていた。

 黄金の麦が揺れる大地に、七色の小川が流れていく。小川のほとりには金色のりんごをつけた大樹が立ち、かぐわしい香りを漂わせていた。

「セツ」

 誰かの声に呼ばれて、セツは顔を上げる。

 セツの目の前に美しい半性が立っていた。長い金髪で青い瞳の彼女に、セツは問いかける。

「レナ? どうしてここに……」

 言いかけて、セツは違和感に気づいた。

 彼女は癖毛の長い金髪を一つの三つ編みにし、海のような深い青の瞳をしている。年は三十を少し回ったくらいで、降り注ぐ霧雨のように穏やかな眼差しをしていた。

 似ている。けれど確かに違う。

「……シーリン」

 ざぁっと風が流れて麦が揺れた。風の中に、懐かしい香草の匂いが蘇る。

 彼女は困ったようにほほえんだ。

「レナの名が先に出たのなら、あなたは変わったのね」

 セツはごくんと喉を鳴らす。胸に万感の思いがこみ上げてきて、目から涙が溢れた。

 セツは立ち上がってシーリンに駆け寄る。彼女は何も言わずにセツを抱きとめた。

「会えるまで泣かないって、約束したけど……。本当は旅の途中、いっぱい泣いたんだ。ごめん、ごめん……!」

 後は言葉にならなかった。しゃくりあげて、泣きじゃくる。シーリンはずいぶん長いこと、セツの背中をさすってただ立っていた。

「……レナに会ったんだ」

 やがてセツは体を離して、シーリンを見やる。

「惹かれているのに、側にいたいのに……勇気がなくて、喧嘩をしてしまった。こんな大変な時期なのに、そればかり気になって」

「ゴールデン・ストリームの時は皆そうよ」

 シーリンは優しく返した。

「同族が影に飲まれて命を失うかもしれないのに、私もイミルの心ばかりが気になった。それでいいの」

 シーリンはセツの頭を撫でて、つと後ろを示す。

「ほら、もう一人。生きたドラゴンで初めてゴールデン・ストリームにやって来た者がいる」

 黄金の麦畑を駆けてくる少女がいた。癖のない長い金髪は簡単に結っただけで、少女らしさの残る体格、澄んだ空色の瞳の半性だ。

 セツはシーリンから手を離して、麦畑をかき分けながら半性に近づいた。

「セツ!」

 レナはセツに駆け寄ると、セツの肩を引き寄せた。

「アニマに還らないで! 私はまだ頼りないけど、必ずシーリンを超えてみせるから!」

 セツは肩を揺さぶられて息が詰まりながらも、ふいに苦笑する。

「言ったのに。レナ、またシーリンを気にしてる」

「う……」

 セツはレナの背中に腕を回して笑う。

「でも、そうだ。レナは、そういうところが……かわいいんだ」

 レナは腕の中のぬくもりを確かめて、ゆっくりと体を離した。

 セツが振り向くと、シーリンは少し気に入らなさそうな、でも安心したような表情で二人を見ていた。

 レナは守るようにシーリンとセツの間に立つ。シーリンはうなずいた。

「あなたたちが倒すべき、最後のアニマの影を見せよう」

 ここに落ちてきたときから聞こえていたゴールデン・ストリームの声と、シーリンの声が重なった。

「……愛しているわ。セツ、レナ」

 シーリンの姿が揺らめき、彼女を中心に波が押し寄せた。

 世界が塗り替わって行く。黄金の麦畑は無機質な灰色の大地に変わり、黒い建物が無数に伸びていく。

「セツ、乗って!」

 レナはドラゴンの原型に変わる。セツが急いでその背中にしがみつくと、レナは大空に舞い上がった。

 地面から伸びる黒い建物は、細長く縦に伸び続ける。緑は消え失せ、土は埋め立てられ、ゴミ山となる。風は滞り、雑多な匂いが立ち込める。

 明かりだけは煌々と灯る、にぎやかな街だった。

「ここは……僕のふるさと」

 セツが生まれた街が眼下に見えていた。空に金獅子と銀鴉の姿はなく、太陽と月が交互にめぐる。

 月を背後にして、ドラゴンの原型となったシーリンが飛んでいた。体中をびっしりと黄金の鱗に覆われて、飛ぶために生まれてきたような流線形の体躯をしている。翼をはためかせるたびに黄金の風が押し寄せて、王者のような風格を持っていた。

「……来る」

 黄金竜は旋回して襲い掛かる。レナはそれをすんでのところでかわしたが、黄金竜は直後に方向を変える。

「レナ!」

 黄金竜の爪がレナの翼をかすめて、レナが悲鳴を上げる。セツは慌てて覗き込もうとした。

「構わないで! この世界はアニマの気配が小さい。素材にできるものを探して!」

「素材……」

 セツは辺りを見回す。

 故郷の街に物は溢れている。豪奢な貴金属、おいしい食べ物、技術をつくした加工物、なんでもある。

 けれど手を加えつくしてアニマの気配が消えていた。アニマの声自体が小さく、セツの心を乗せることができるかもわからない。

 黄金竜の爪と牙をかわしながら、レナは叫ぶ。

「セツ、あなたのアニマにもっとも近いものは何?」

「僕のアニマ……?」

 セツはレナの背中に掴まりながら、繰り返しつぶやく。

「……もしかしたら」

 ふいに顔を上げて、セツは空を仰いだ。

「レナ、なるべく高く飛んで! 雲の上まで!」

「わかったわ。しっかりつかまっていて!」

 レナは急上昇を始めた。

 凍るような風が通り過ぎていく。雲を突き抜け、やがて氷の粒がセツを取り巻く。

 後ろから黄金竜が追ってきていた。セツは凍える手で背中の短槍を抜く。

『僕はかつて「ユキ」だった者。この世界を漂う氷のアニマの一つ』

 短槍を水平に構えると、周囲でアニマがざわめく気配があった。

『僕は氷の一粒に過ぎなかった。儚い一瞬の生を、舞い散るだけで終わるはずだった。けれど僕を守り、育ててくれたドラゴンたちがいた』

 襲い来る黄金竜と、そして自分を乗せて飛んでいるレナを見下ろして目を細める。

 セツは毅然と顔を上げて叫んだ。

『僕はフェアリー・セツ!』

 短槍を両手で構えて立ち上がると、セツはアニマに呼びかける。

『世界に小さな変化を贈る! 受け取ってくれ!』

 セツの周りを、雪の結晶が取り巻いた。結晶は花開き、セツの短槍を彩る。

 レナ、とセツは彼女に呼びかける。レナはうなずいて旋回した。

 レナは翼を広げて黄金竜に飛び掛かる。レナが黄金竜の翼をかすめたとき、セツは思いきってレナの背中から跳んだ。

『セレクション!』

 空に舞う雪と共に、セツは黄金竜に短槍を振り下ろした。

 貫く感触はなく、ただ短槍から伝わった冷気が黄金竜を凍らせていった。

 凍りながら、セツと黄金竜は落ちていく。ふっと黄金竜はセツを見上げて笑った。

「生きていきなさい。私の氷の花」

 その声を聞いたのが最後。

 セツは七色の水流に取り囲まれ、守られるようにして押し流されていった。


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