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ドラゴンとフェアリー  作者: 真木
3 黄金と氷の花の章
17/24

1 出会い

 黄金と花のふるさと。

 古代竜の谷は、そんな風に呼ばれる。

 なだらかな斜面に花畑が広がり、その中に木造りの家がぽつぽつと建つ。花はほとんどが一輪花だが、時々二つ並んでいる。空色の花びらや朱色の実をつけて、風に運ばれていく。

 家は斜面に立つので、どこも山小屋のように簡単な作りだ。けれど屋根に彫り物をしたり、窓ガラスごしに鉢植えを置いたりして、それぞれの住民の楽しみが透けて見えた。

 その斜面を一番下まで下ったところに、金鉱があるらしい。

 谷に住む古代竜たちでさえ、そこにはめったに踏み込むことがない。金鉱の最深部にはアニマの源泉があると言われていて、それに触れたら個体でいることはできなくなるという。

「金鉱の最深部は、聖域とも言われてるね」

 そういった話をしてくれたのはラグランで、セツたち三人を背中に乗せて飛ぶ黄金竜は、始終無言のままだった。

「で、レナ。そろそろ機嫌を直して何かしゃべったらどう?」

 ラグランがおどけて声をかけても、黄金竜は何も言わない。

 黄金竜は、レナという名前らしい。ラグランは彼女を知っているようで、その口ぶりからずいぶん若いドラゴンというのも感じる。

 レナが砂浜から飛び立ってアンシエントドラゴン・バレーに着くまで、ほんの一刻もかからなかった。

 けれどセツにはずっと長い時間のように感じた。レナを怒らせてしまったのがずっと気がかりで、彼女に何か声をかけようとしてやめるのを繰り返した。

 セツが思わずシーリンと呼んでから、レナはセツの方を見ようともしない。

「ラグラン、オーブ……」

 セツは困り果てて、飛行中ラグランとオーブに助けを求めた。けれど二人はくすくす笑うだけで、助け舟を出してくれる様子はない。

 そうしている内に一面花畑の広がる斜面が見え始めて、驚くセツに、ラグランは「アンシエントドラゴン・バレーだよ」と教えてくれる。

 レナは斜面に降り立って、首をめぐらせながら下りるように促す。セツたちが彼女の背中から降りると、彼女は原型から半性の姿になった。

 一瞬だけ、レナはセツを見た。睨むような目つきにセツが怯むと、ぷいと顔を背ける。

「ついてきて」

 そのまま先に立って歩き出したので、セツは慌てて後を追った。

 よく見れば後ろ姿だけでもシーリンと違う。シーリンは長い金髪を一本の三つ編みにして背中に垂らしていたが、その髪の色は濃い蜜色だった。レナの髪の色はもっと淡いレモンのような色で、簡単に一つに結ってあるだけだ。

 すらりとした長身だったシーリンより、レナは少女らしい小柄な体だ。顔立ちは少ししか見ることができなかったが、空色の澄んだ瞳が印象的だった。

 どうやら自分は彼女に嫌われているらしい。そう思うと、セツはしょんぼりと気持ちが沈んだ。

 セツたちは斜面の中腹ほどにある石造りの建物に入る。

 そこは小屋のような建物ばかりの中では立派な建物で、灰色の磨き抜かれた石を彫りぬいて作られている。大家族が住めそうだとセツが思っていたら、奥から誰か駆けてきた。

 あ、とセツは息を飲む。

「レナ!」

 彼らは慌てた様子でレナを取り囲んだ。

「どこへ行っていたんだ! みんな手分けしてお前を探しに行ったよ。体は大丈夫なのか!?」

 セツは遠い記憶が蘇るのを感じた。

 背丈や顔立ちはそれぞれ違う。けれど輪郭と雰囲気は、セツがこの世界にやって来た頃のシーリンに通じる。輪郭が柔らかく、清らかな空気をまとう。

 男性であり、女性。両性具有のドラゴンたちだった。

「心配をかけてごめんなさい。でも……」

 レナはぶっきらぼうに言うと、後からついてきたセツたちを示した。ドラゴンたちはセツを見る。

 彼らは、初めは驚いたようだった。次第に、懐かしむように表情を和らげる。

「シーリンのアニマを感じる。君がセツだね」

「は、はい」

 思わずセツがうなずくと、彼らはうつむいた。

「レナは君を迎えに行ったのか。シーリンが谷を出て行ったのはついこの間のような気がするのに、時が流れるのは早いなぁ……」

 その口調に苦いものが含まれているのを聞き取ったとき、レナの体が前に傾いた。

「レナ!」

 一人のドラゴンが駆け寄ってレナを受け止める。他のドラゴンに比べて背が高く、シーリンに似た雰囲気をまとっていた。

 長い金髪で、海のような青い瞳を持つ。年は四十前後ほどで、少しシーリンより年かさに見える。優しいまなざしをしたそのドラゴンは、レナの額に手を触れて言った。

「だいぶ熱が高い。やはり谷を出るのは君の体に毒なんだ。よく休むといいよ」

「……ザパン」

 レナは抵抗するように身じろぎして、そのドラゴンへ言う。

「私から話をするから」

「わかってる。セツへは、私たちからは説明しない。何度も聞いたよ」

 金髪のドラゴンは苦笑して、ぽんとレナの頭を叩く。シーリンがセツにしたのもそういう触れ方だったと、セツは思い返していた。

 他のドラゴンがレナを背負って運んでいく。心配そうに見守る金髪のドラゴンに、ラグランが声をかける。

「久しいね、ザパン。再会を喜びたいところだけど、僕やオーブはもう去るよ。半性のドラゴンは谷に入るものではないしね」

 ザパンはラグランを見やって微笑む。

「懐かしい。ラグランか。そちらは……ゴエの湖に住んでいた銀のドラゴンかな」

「ええ。たびたびモンスターを生んで、ご迷惑をおかけしましたが」

「君の選択もアニマの一つだよ」

 ラグランやオーブと言葉を交わしてから、ザパンは告げる。

「君たちが去る必要はない。「半性のドラゴンは谷に入らない」というのは、もう古い決まりになりつつある。それを守ったら、レナも追い出さなければならないだろう?」

「レナは仕方ないよ」

 ラグランがそう言ったとき、ザパンはちらとセツを見た。

「すまない。レナとの約束がある。レナのことは、レナが自分でセツに説明したいらしい」

「わかった。では少し滞在させてもらうけど、いいかな?」

「悪いな」

 ザパンとラグランは、まるで昨日まで連絡を取り合っていたように気安く話をまとめた。

「宿はこっちだよ。行こう」

「お、お世話になります」

 ラグランが先に歩き出すので、セツは慌ててザパンや他のドラゴンに挨拶をして別れた。

 ラグランは勝手知ったる様子で建物を出て、斜面をさらに下っていく。

「ザパンがご健在で安心しました。私の知っている頃のドラゴンはもういないと思っていましたから」

 オーブがほっとしたように言うので、セツは口ごもる。

「あの……」

「どうしました、セツ?」

「ドラゴンって、皆どこか似てるのかな」

「ザパンとシーリンは特に似てるよ」

 ためらいがちに問いを投げたら、それに答えたのはラグランだった。

 ラグランは振り向いてウインクする。

「ザパンはシーリンの親だもの」

「先ほどの少女の前親ぜんおやでもありますね」

 オーブが付け加えたので、ぱちりとセツはまばたきをする。

「……じゃあ」

「あーあ、オーブ。言っちゃった」

 ラグランは苦笑して、ばつが悪そうに教えてくれた。

「そう。レナはシーリンの娘だよ」

 セツははっとして、シーリンの娘という言葉を口の中で繰り返す。

 風が花の香りを運んでくる。綿毛が舞い上がって、セツはその中で大きなアニマに出会ったような気がしていた。


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