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ドラゴンとフェアリー  作者: 真木
2 愛と知恵の章
13/24

4 妖精図書館

 オーブと、何度もうわごとで呼んだと思う。

 高熱に浮かされる中で、セツは繰り返し海底をさまよう夢を見た。小さな仲間の姿を探して歩き回るが、海は果てなく、オーブの銀色の光をみつけることは叶わない。

「オーブ!」

 泣きそうな自分の叫び声で、セツは目を覚ました。

 そこは船の自室のベッドの上で、びっしりと汗をかいている。全力疾走した後のように息が上がっていた。

「落ち着け、セツ」

 声が聞こえて振り向くと、枕元にラグランが座っていた。

「水を」

 セツの肩を支えながら、水差しを口に近づける。からからに乾いた喉に水を通すと、少しだけ体の痛みが引いた気がした。

 セツを横たえて、ラグランは言う。

「骨と内臓の傷は塞いだ。汗が出たから、熱もじきに下がるだろう。後で着替えるといい」

「オーブは? 彼女は無事なのか?」

 たまらずセツは起き上がって問いかける。ラグランはそれを制した。

「まだ本の中だ。でもあの中では時間が止まるから、彼女も動かない」

「本の中……彼女」

 ラグランは底の見えない目でセツをみつめて告げる。

「この船は妖精図書館フェアリー・ライブラリと言われている。あるフェアリーが書いた本の中に、モンスターが住む」

 セツは息を飲んで、ラグランを見上げる。ラグランはうなずいた。

「知恵のフェアリー、ミュシャ。六十歳を過ぎる頃にこの世界にやって来て、世界の知恵を本に書き続けた。最期は自らを本に封じ込めたが、彼女に興味を持つ半性が絶えなくてね。彼女が残した本に引き寄せられて、集まってくるんだ」

「それで半性をモンスターに変えると?」

 うなずいたラグランに、あの声をセツは思い出す。

 原罪を抱えたままさまようがいい。憎悪に満ちた、体の芯が凍るような声だった。

 ミュシャは世界を呪いながら死んでいったのだろうか。オーブの友、ジークと同じように。

 元の世界だったら、きっとそういうものを悪と呼ぶのだろう。

「僕も同じようなものだけど」

 セツはつぶやいて、苦々しい顔をした。ラグランが不思議そうにセツを見る。

「何を恨んでいいかわからなくて、結局誰も恨めないだけで」

「セツ」

 暗い思いに沈みそうになったとき、ラグランがセツを呼ぶ。

「フェアリーが嫌いなドラゴンなんて、一人もいない」

 ラグランは紺色の瞳でセツを捉えて、ゆっくりと話し掛ける。

「世界中の半性がフェアリーを恨んでも、僕らは君たちを歓迎してる。えっと、どんな言葉なら君に伝わるかな」

 ラグランは言葉に迷って、ふいに苦笑する。

「フェアリーが傷つくのは、嫌だな。なぜかは知らない。アニマがドラゴンをそう作ったのかもしれないね」

 ラグランは息をついて告げる。

「大丈夫、僕がオーブを助けるよ」

「僕も」

 立ち上がろうとしたラグランに、セツは追うように言葉をかけた。

「オーブは友達だ」

 セツは自分の口調がわがままな子どものようだと思いながら、言葉を止められなかった。

 口をへの字にして、セツは言う。

「僕だって、友達が傷つくのは嫌なんだ」

 それ以上どう説明していいかわからなくて、セツは黙った。

 セツの頭をラグランがぽんと叩く。

 セツが顔を上げると、ラグランは笑っていた。

「十年ほど前に、シーリンから手紙をもらったよ」

「シーリンが?」

「シーリンは古い友人でね。とても大切な子ができたと便りをくれた。自分のことをお母さんと呼んでくれると、嬉しそうだった。フェアリーと過ごすドラゴンの宿命として半性を失ったが、それでよかったと。僕は……」

 ラグランは困ったように苦笑する。

「僕も半性を失ってでも、ミュシャと過ごせばよかったな」

 つぶやいてから、ラグランはセツを見返す。

 ラグランは手を差し出す。セツはうなずいて、その手をつかみ返した。



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