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四、変人

 夏の昼間のように日が強いのに、風はまだ冬を忘却できていないらしく、制服の隙間や繊維から冷気が染みる。

 結局あのまま私は逃げるように学校を出て、現在早足で下校中だ。あんな奴には、付き合ってられない。

 人に気を遣うのは面倒くさい。かと言って、誰かと真っ向から啀み合うのも怠い。だから私は人と群れるのを…関わるのを避けているというのに。一ノ宮詩歌のような人間に構っていたら、何かが崩れてしまいそうだ。それだけは避けたい。


「危ない、避け…ごめんね、ぶつかるみたいだ。」


 振り返ると、高速で自転車… いや、違う。セグウェイだ。セグウェイを乗った制服の少女が高速で接近してくるのを、一瞬だけ見えた。その一瞬が終わると、鈍い音がして、私は目を瞑った。その後に、微かな痛みと、重みを感じた。

 目を開けると、見覚えのある少女の頭が私の腹に突き刺さって、そのままノーハンドで逆立ちしていた。いや、そうはならないだろ。

「ブーストをかけすぎたか… 僕としたことが。君、大丈夫かい?お怪我は?」

 声の主は、長く真っ直ぐな髪の毛の、背の高い少女… というか、こいつは確か柳橋美綺だ。

「どうしてセグウェイかって顔をしてるね。セグウェイは良いよ。なんてったって摩擦がない。では逆に聞くけど、どうして君は歩いているだね。」

「は…?」

「そもそも人間とセグウェイのどこが違うんだろう。考えたことないかい?見方によってはセグウェイだって人間なんだ。もちろん、人間がセグウェイの可能性も十分にある。でもセグウェイには脳がない。…残念だ。僕は今そんな実験をしていたのだけれど、巻き込ませてしまってすまない。うんうん、世の中許し合いだね。」

 本当に何を言っているのかわからない。理解が追いつかない。今回ばかりは故意の無視ではなく、本当に言葉が見つからなかった。絶句というやつだ。柳橋美綺はやっと起き上がって、でもそこをどこうとはしない。それどころか、急に私の顔をじっくり観察でもするように見つめ始めた。

「…やっぱり。君、僕が話している時だけ露骨に目を逸らしているね。なにか恐いのかい?それとも、癖?いや、わざと?」

 至って真面目な声と目…しかし、それらは一ノ宮詩歌のそれとは何かが違った。目の前の真実を、模範解答を捲るようにただ単調に、かつ繊細に取り出す目と、問いただすようで、静かな声だ。

「わざとじゃないとしたら、気をつけた方がいい。目を合わせないと、ちょっと誤解したりさせてしまうことがあるから、厄介なんだ。セグウェイの充電と流しそうめんが紙一重なのと同じように、ね。」

「あぁ、そう。」

 後半は何を言っているのか分からなかった。前半も…わからない。わかりたくもない。

「僕にもそういう時期があったから、わかるんだ。口内炎があるのに晩ご飯がトマトとポークケチャップだった時から気をつけているけどね。…君も、ちょっとぐらいは目を合わせてみたらいいと思うよ。大いにいいと思う。例えば、一ノ宮さんとか。」

 例えも理論も私には理解が出来ないが、所々、痛い所に刺さる言葉がある。どこか的確で、共感できてしまう…。そう思ってしまうのが、心底恐ろしい。ただ、どうしてそこで一ノ宮詩歌の名前が出てくるのか。軽く癪に障る。

「いい加減、そこよけて。邪魔くさい。」

「…君も僕も変わらないのかもしれないね。やっていることは、大差無い。」

 意味が不明すぎて、苛立ちも忘れそうになった。忘れかけて、やっぱり思い出す。

「は?」

 それだけ言って、私は力づくで柳橋をどかし、少し早足で帰宅を再開した。彼女がどんな顔をしていたかは、私の知ったことではない。

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