三、放課後、晴天。
今日は嫌なぐらいに晴れている。カーテンの隙間から漏れる日が、目に刺さって痛い。痛い上に、明るすぎてメガネのレンズの汚れや傷が目立つし、スマホの画面も見づらい。
光というものは適度な強さであるべきで、照らしすぎては返って良くないものまで目立ってしまうのだ。
入学式から四日、五日ほど経つが、教室の初々しい騒がしさは未だ健在。というよりも、心做しか増している気がする。
「ねえ、柳橋さんもカラオケ行こうよ!私も高校から入学組だからさ。話せる人、増やしたいんだ。」
中でも飛び抜けて騒がしいポニーテールの彼女…の名前は覚えていないが、入学から柳橋だか柳西だか言うクラスメイトにしつこくアプローチしている。見ているだけでも怠いし、面倒くさい。私がされたらと考えると…いや、無視して終わりか。
「……ごめんね、放課後は僕、やりたい実験が有って。また今度誘ってくれたら、嬉しいな」
柳橋に見事にフラれたポニテと、それを励ます二人は、今度はこちらに目を向けてきた。もしかしてそれで誘っているつもりなのだろうか。
「…。」
しばらく沈黙を貫くが、対抗するように彼女達も視線を私から動かさない。気が散ってスマホゲームもできないので、仕方なく目を合わせ、答える。
「…私は騒がしいとこ、苦手で。」
揉め事に発展するのも面倒くさいので、私にしてはかなり柔らかい言葉を選んだ。
こういう元気溌剌な奴らは、私のように人付き合いを何よりも嫌う者の心理を理解できない…というか、しようとしない。一人で居ることを寂しいとしか思えず、そしてその寂しさを他人にも強要したがる、ある意味これ以上ない程に寂しい人間なのだ。自分勝手この上なく、私にとっては一生関わりたくない域に達する程には苦手な人種である。とにかく、自分本位で一方通行な思いから無闇に誘われるのだけは勘弁だ。断るのだって体力を使うのだから。
「カラオケ行かなくていいのかい。水下さん。」
さもクラスメイトの如く私の教室に自然に入り、そう問うてきたのは、昨日の一ノ宮詩歌。
名前は教えなかったはずだが、普通に呼ばれた。出席簿でも見たのか、人から聞いたのか…。なぜそんな面倒なことをするのか、私には甚だ理解できない。昨日はあれだけ無視したというのに。…いや、彼女は無視されたという認識はないのかもしれない。
一ノ宮詩歌は驚くほど素直な人間である。遠くから見たら真面目で美徳的なものであるが、近くで見るとただの阿呆にしか感じられない、そんな素直さを持った人間だ。
素直だから良い、とは限らない。素直過ぎると、すれ違った解釈をしてしまうことだってあるだろう。単純で、理解が悪い… 「素直」には、そんな一面があるらしい。
とにかく、言い換えてしまうとただの「単純で理解が悪い阿呆」である一ノ宮詩歌に、甚だ空気の読めていない質問を、人前でされた私ができること。それは、無視だ。
沈黙を続ける相手には、話しかけるにも限度がある。黙り続けていれば、誰だって必ず諦めて、もしくは飽きてどこかへ行くものだ。
「水下さん、やっぱり耳鼻」
「難聴じゃないから。」
彼女は冗談混じえでなく、本気で心配して言っている。顔と、声と、そして昨日の記憶でわかる。
…こういう所だ。私は一ノ宮詩歌のこういうところを単純で理解が悪いと言っているのだ。
「そうだ、今日はクッキーを持ってきたんだ。水下さんもどうかな?」
「いらない。」
「遠慮しなくても大丈夫。」
私の拒絶をものともせず、彼女は自らの左腕にかけていたビニール袋に右手を入れ、ゴソゴソとし始める。私は机をそっと立ち、無言で廊下へ向かった。
「どこへ行くんだ、水下さん。」
それでも彼女はついてくる。拒まれてるとも知らず、何の悪意も、懇意も、恥もなく。ただ持ち合わせた人の良さのため、彼女は人に向き合うのを辞めない。…うざったくて、眩しい。彼女を見ていると、自分の悪い所をホワイトボードに箇条書きされているような気がしてしまう。故に、悪い意味で眩しい。目が白黒と点滅しそうなぐらい、眩しさでうるさいのだ。
柳橋美綺
紫月のクラスメイトで、極度の変わり者。言動が謎すぎて、入学式の二日後には誰もついて来れない次元まで到達した。高身長とスタイルの良さ、容姿の美しさ、そしてミステリアスさがかえって魅力となり、一部のコアなファンが存在するらしい。髪は黒く真っ直ぐで長い。