再会
ーーー
兵の到着を待ちながら、ラスカ達は拘束した者達の見張りをしていた。
「にーちゃーんー!」
駆け寄って来た少年は、兄さんにしがみつくと、幼な子のようにぐずぐずと泣き出した。
「ひっく……ごめんにゃさい、にーちゃん。わしゃあ、その……」
「いいんですよ…無事でよかった。」
兄さんは困ったように笑いながら、涙でぐちゃぐちゃになっているキットの顔を拭いてあげている。
「うまくいったみたいだね。」
『けが、してない?』
「にゃ!」
聞こえてきた二つの声に、キットが顔を上げる。遺跡の奥から姿を現したのは、知らず知らず追い続けていた、あの双子だった。
「やっぱり、二人共ここにいたんだにゃ?」
「うん。先に潜入していたんだよ。」
『まにあって、よかった』
「……どういうことにゃ?」
簡単に説明すると。
ここは盗賊の巣窟。
死んだとされていた行方不明者達はここに捕らえられていて、奴隷として売られるところだったのだ。
そこで、ルイとレイが潜入し、捕まっている人達をゲートを通して逃しつつ、内部の盗賊の戦力を削り……
ラスカと兄さんとゴートは外から一掃していったのだ。
「内外での異変を気取られないように、相手の注意をそらす必要があったんです。それには、キットさんが適任だったんですけど……。」
言葉を濁すラスカに代わって、レイが頭を下げた。
「ごめん……。勝手に囮にしてしまって、不快な思いをさせたね。」
そう、囮。
レイとルイも囮として潜入したが、キットの場合は『獣人』ということも利用したのだ。
盗賊達の注目を充分に集めるうえに、子供だからと侮られる可能性が高い。それだけで、充分に隙をつくることができると踏んだのだ。
「大丈夫にゃ。勝手に出て行って、作戦会議に参加しにゃかったわしゃあが悪いにゃ。わしゃあの方こそ、迷惑をかけてごめんにゃ。」
「キット…」
さばさばと振る舞う少年を、兄さんはそっと抱きしめて、耳元で囁くようにして呟いた。
「もう、あんな想いはさせません。」
顔をうずめるようにしていたため表情は読み取れなかったが、泣いていたのかもしれない。
静かな声の奥には、強い意志も感じられた。
☆★☆★
ーーー良かった。
キットと兄さんの以前と変わらぬ姿を見て、ラスカは安堵した。
互いを想っての行動が相手を苦しめることになるなんて、それは、とても悲しいことだから。
穏やかな気持ちでそっとその場を離れたラスカだったが、すぐにそれは吹き飛ばされてしまうこととなる。
「ーー神官様を偽るなんて、奴隷狩りの手口も卑劣だし。」
「信仰心なんて俺達にはないからな。関係ないさ。」
今はレイとルイが見張りをしているはずだが、何やら諍いを起こしていたのだ。
反省の色が見えないうえに「神官」という神聖な象徴をも利用した彼らに、レイが苛立っているようだ。
「神様なんてどうして信じられるっていうの?必死に祈ったって、救われるわけでもないのに。」
盗賊一味の中心人物の一人だったらしいあの紅一点も、仲間をそう擁護する。
「ーー勘違いするな。」
少年の声音に、ラスカは「まずい」と直感した。
「主は、道を示すだけ。どの道を進むかは、全てお前が決めるんだ。お前が、自分で未来を選んだんだ。神頼みが通じないからと、主を否定するのは筋違いだ。」
『れい。』
成り行きを見守っていたルイが、そっと少年の腕に寄り添う。
「はぁ……、ルイ。いっそのこと、オレが裁いてしまいたいくらいだ。」
『だーめ。』
「分かってるよ…。」
ちらり、と、使徒の雰囲気に当てられて言葉を失っていた盗賊達に目を向ける。
「じゃあ、この不信者達に存在を示すのは?」
ーーー存在を、示す…?
そっと傍観していたラスカだが、脈絡が見えない。
『いいよ。』
ルイは安心したように笑って、少年の腕に絡みつかせていた手を、指先へと滑らせる。
そうして手を握った二人は、同時に口を開いた。
「『主の子らよ、我を見よ。我は裁きと癒しを与えし者ーーーー』」
二つの声はぴったりと重なり、完璧な調和が薫風の空に響く。聞く者の耳では留まらず、身体の芯まで貫くようなその音はーー二人を中心に吹き荒れた光の渦に飲み込まれ、かき消えてしまった。
ーーー
その後。
救出に使用したゲートは宿のディークリフトの部屋と繋げていたため、大勢の子供達がそこから現れた事にあらぬ誤解をされたり。
その子供達は亡くなった事になっていたので、町のあちこちでパニックが起こったり。
ディークリフトが事情聴取を受けたり。
謎の伝染病、もとい奴隷狩りの事件は解決したものの、常識外れな方法をいくつかとったために、誤魔化すことに苦労したり。
いろいろあったが、何とかなった。
「……だるい。」
寝台の上でぐったりとしたまま、ディークリフトがぼやく。
「災難、だったね…。お疲れ様…。」
そんな青年に労いの言葉をかけるサーシュにも、少し疲労の色がある。彼も、子供達の誘導や、彼らを家に帰すために尽力していたのだ。
「ディークリフト様は、まだ本調子ではないようですね。」
そう案じる兄さんに対して、レイは曖昧に答える。
「うーん。一応、もう大丈夫なはずなんだけど。動かなさすぎて、余計にだるくなるってやつじゃないかな?たぶん。」
「にゃるほどにゃー。」
水の都へ発つのはいつになるのだろう、と考えながら、ラスカはふと、ルイの遊び相手になっているゴートに尋ねた。
「そういえば、ゴートさんはどうしてここに?」
「……」
「あ、えっと……どうしてでしょうか、兄さん?」
彼がとんでもなく寡黙であることを忘れていたラスカは、行き場を失った疑問を兄さんに投げかける。
「近々行われる民族祭りの警備で、ここに立ち寄ったようですね。」
花祭りといい、民族祭りといい、人々は祭りが好きなようだ。
「もうそんな時期か…。今年の主催はセレイーンだったな。」
先程の倦怠感を感じさせずに、ディークリフトがひたりと遠くを見すえる。こういう時は、大抵何かを思案しているのだ。
「明日、ここを発つ。セレイーンへ行く前に、民族祭りを見ておきたい。」