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四面楚歌

今回は長めです。




ーーー




「……にゃ?」


奥へと進むにつれ、形を整えられた石がちらほら見え始めたかと思うと、それはだんだん多くなりーー気がつけば、木々に半ば呑まれた遺跡に辿り着いた。


『だれかいるかも!』


甘美な花の香りと共に、ルイの無邪気な声がキットの側をすり抜けて、そこへと続く。


本来ならば朽ちていたであろうその遺跡には、改修や整備された形跡があり、人が住んでいるようだった。


「……」


入り口と思われる場所に取り付けられた扉の前で、少年は手を伸ばしたり引っ込めたりしながら躊躇う。


ここに住人がいるのなら、用件を話さなければならない。

その場合、何と言ったらいいのだろう?


(えっと…こんにちは。実は、双子の兄妹を追いかけてますにゃ……って、意味が分からにゃいにゃ……。まるでストーカーだにゃ!)


ぶんぶんと首を横に振る。


ガチャッ


そんなキットの目の前で、ふいに扉が開かれた。


「……にゃにゃ?!」

「……ん?」


思わず飛び退くと、その動きが一瞬止まり、中から男性が顔を覗かせる。キットの存在に気がつくと、彼は遺跡の中に向かって声を上げた。


「おーい、()()子供が来たぞー。」

「あら。中に案内してちょうだい。」


奥の方から返ってきた女性の声に、男性は再びキットに向き直った。


「入れよ、子猫ちゃん。」


その言葉には、深い意味はない。

単純に、キットの事を『獣』として認識しているのだと、表情や声音で分かる。


あの門番と同じ部類だ、と、少年の心は冷たく硬くなる。


ーー別に、構わにゃいにゃ。


獣人を人として扱ってくれる方が珍しいのだから。


「……お邪魔しますにゃ。」


淡々と言葉を並べ男性に続くキットの後ろを、少女の明るい声もついて来た。


『こんにちはー』


ルイとレイも、ここを訪れたらしい。


「いらっしゃい。こんな所まで、よく来たわね。」


その女性は、遺跡という古臭い空間では、場違いだった。身につけている物はそれなりに良いはずだが、だらしのない着こなしのせいで、本来の美しさが損なわれている。


それも意図的に着崩しているらしく、色気のつもりだろうが、品が欠けている印象の方が強かった。


若さが、それらを誤魔化しているのだ。


ーーにゃっ?!


笑みを浮かべた彼女にじっと見られ、キットはなぜか尻尾の先の毛まで逆立つ。


先程の男性や、門番が見せた軽蔑や偏見の目ではない。舐めるようなその視線に、今まで感じた事のない不快感を抱いていた。


ーー違う。昔、こんにゃ目を、見たことが……


「それにしても……白い子猫、ね。あの子達が探していたのは、貴方の事なのかしら?」


目を細めて、女性は誰に尋ねるでもなくそう言った。緊張で思うように身動きがとれなかったキットは、よく考えないまま固い声を吐き出す。


「それは、双子の兄妹にゃ?」


女性はぱちりと目を瞬かせて、再び笑った。


「あら、そうよ。貴方、あの子達の事を追いかけてきたの?」


頷きかけて、そもそもの目的は何だったのかをはたと思い出す。


『声と、花の香りが、貴方を導いてくれますよ。』


ーーそう、確か……夢をみて


『貴方は、一人で犯人を突き止めようとしているでしょう?』


「わしゃあ……毒草の調査をしていて、ここにたどり着いたんだにゃ。」


一言一言、確かめるように、キットは言葉を吐き出した。


「じゃあ、この森に用があって来たの?」

「それは……よく分からにゃいにゃ。」


女性と視線を外してしまえば、落ち着いて話す事ができる。


「……。」


そうして余裕が生まれると、今自分が置かれている状況を客観的に見ることができた。


「ある町で、集団中毒が起きていて……わしゃあは、毒草がどこから持ち込まれたのか調べていたんだにゃ。ここら辺に、にゃにか手がかりがあるはずにゃんだ。」

「そう。それで、一人でここまで来たのね。偉いわ。」


さらりと髪を掻き上げて、彼女は目を輝かせた。


「たくさん仲間を連れてこられたら、私達も対応に困るもの!」


ーーッ、ーーッ


鋭く空気を切る音に続いて、小さな鋭器が床に弾かれる。


「!」

「くそっ、外した。」


舌打ちする男達を尻目に、遺跡の中を駆け回る。

彼等の気配はとうに察していた。あれで完璧に隠れていたつもりなのだとしたら侮られたものだと考えながら、キットは脱出を試みる。


「落ち着いて、猫ちゃん。」

「そっちが先に攻撃してきたじゃにゃいか!」

「別に、口封じに殺してしまおうって訳じゃないわよ。」


狂気の沙汰になり始める男達も宥めつつ、女性は変わらず笑みを浮かべていた。


「せっかくの、上等なんだから。傷はつけたくないわ。」

「……!」


ーー思い出したにゃ、あの目は……!


人とか獣とか関係なく、モノとして認識している目。

奴隷としてこの国に連れてこられた時に、際限なく向けられていたあの目。


キットは、幼かったあの頃の事は、朧げにしか覚えていない。


それでも、あの目だけは。あの時抱いた恐怖だけは。

しっかりと覚えていたようだ。


「ほら、猫ちゃん、大人しくしなさい。ここは私達の城。外も包囲されていて、逃げるのは不可能なのよ?」

「さようでございますとも。」


水をうったよう、というのはこういう事だろう。


その場の喧騒も、キットの動悸も、その声は一瞬にして鎮めてしまったのだ。




☆★☆★




「にーちゃん!」


少年の姿を確認して一瞬だけ安堵の表情を浮かべた後、兄さんは遺跡の中を見渡す。

静かな目。いつもと雰囲気が違うのは、穏やかさではなく冷淡さが奥底にちらついているせいだ。


「あらあら。今日は、本当にお客様の多いこと。」


紅茶色の髪の少女に、扉をくぐり抜けた巨漢を見て、女性は口元に手を当てる。


「それも、揃って上玉ね。」

「貴女に評されたくはありませんね。」


素っ気なくあしらい、兄さんは凛と言い放つ。


「貴方達を拘束します。大人しく従わない場合、実力行使いたします。」

「……私達も、随分と馬鹿にされたものね。威勢はいいけれど、一人が四人になったところで、何になるっていうの?」

「十分でしょう……っと。」


ふわりと、長めの服の袖が揺れる。


ーードサッ


「はい、縛り上げますね。」

「ーー?!」


少女が素早く、倒れた男を後ろ手に拘束するのを見ても、女性はすぐには状況を理解できなかった。


「といとい、と、とい」


独特な掛け声で調子をとりながら、兄さんは鋭器を続けざまに放つ。先程、男達がキットに放ったものよりも小さく、細く、どちらかといえば針に近い。


何か仕込まれているのだろう。それが刺さった者達は動きが鈍くなるので、こちらが有利に立ち回る事ができた。


流れる動きで相手の攻撃をかわし、いなし、間を縫いながら進んでいくその姿を、ラスカは横目で確認する。


ーー強い……って、兄さん、ペンで応戦してる?!


彼女はここ数日で、兄さんに対する認識を改めざるを得なかった。他のメンバーと比べると文民のイメージが強かったのだが、実際は一番荒事に慣れているようだ。


その側でゴートがこん棒を素手で受け止めーー砕いてしまっていた。

踏み出した拍子に、彼の足元の床がばきりと割れる。


「ゴート。危ないのであんまり物を壊さないでくださいね。」

「……。」


兄さんに注意され、仕方なく彼はならず者達を外へと運び出す役目にまわることにした。


そこへ加勢したキットは、素早い身のこなしで相手に飛び込んでいく。


「うわぁ?!」

「おい、お前邪魔ーーあぁっ?!」


少年が駆け回った後では、混乱が起きていた。


両足を滅茶苦茶に紐で縛ったり、目くらましの砂子を投げつけたり。戦っているというよりも、超高速で悪戯をしているというところか。


与えるダメージはほとんどないが、戦いにくくさせている。


ーーうわぁ……


ラスカは、翻弄される彼等を情けないと思いつつ、少しだけ不憫に感じた。


「こんな……こんな、たった四人に何してるの?!」


女性が仲間を叱咤する。


『相手は四人しかいない』


彼女のその認識は、確かだった。

外を確認しても、彼等以外に誰一人としていなかったから。


「一体、どうしてっ!!」


そう、()()()()()()()

敵の姿も、仲間の姿も。

誰一人として、いなかったのだ。


「こっちには人質だっているのよ!」


喚く女性に、兄さんは頷いてみせた。


「子供達がいたようですね。皆無事なようで、何よりでございました。」

「!まさか……」


大きく目を見開いた彼女の手をとり、兄さんは静かに微笑む。


「ーーご明察。外にいた方はもちろん、中にいた貴女の仲間も。捕らえていた子供達も。皆ーーとうに、いませんよ?」


くるりと、驚くほどあっけなく手首を捻られてーー

気がつけば、女性は拘束されていた。

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