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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編集

こだわり老父の美術館

作者: みなみ 陽

私の待ち人はようやく現れた。ちょうど曲がり角にある建物には、人が、曲がり角を曲がる前と曲がった後の様子が見える。それらの窓から、その待ち人が現れるのを今か今かと待って、時計の針が何周したかは、分からない。

男は、暗闇の中、霏々と雪が降り積もる道を、歩いている。曲がり角を曲がった後、ちらちらと腕時計を気にしながら歩く男のスピードは増し、一応時間は気にする男であるようだ。男が急いでいるのは、私が密かに運営する美術館に用があるからだ。

(また閉館時間ギリギリですか…困ったものですなぁ…。)

男は、いつもギリギリに現れて、私を困らせる。だが、他のどの客よりも一つ一つじっくりと鑑賞する。毎日一つずつ作品を鑑賞し、私がその作品を解説し、彼が感想を述べ、この美術館から去る。彼は、それぞれの作品をよく愛している。だから、私は彼が嫌いではない。むしろ、楽しみだ。

コンコンコン、コーンコーン、コンコン、ドン

開ける合図だ、何度も来ているだけあって、リズムにも間違いが無い。私は、入り口を開けた。

「お待ちしておりましたよ。ダドリー様、今日は、雪がいつにも増して酷いですなぁ。」

「いやぁ、本当に、参りましたよ。朝はあんなにも晴れていたのに、夜になった途端これだ。」

ダドリーは頭を掻いて、困ったような笑みを浮かべた。実際、彼の服は雪が大量に付着している。

「さてさて、それでは地下にご案内しましょうか。」

本当は、彼にコーヒーでも出してあげたかったが、そうもいかない。今日は、私の至極お気に入りの作品を紹介する日が、ついに来たからだ。時間が惜しい。

「いやぁ、楽しみですね。今日は、あの少年の絵の次にあった作品だったかなぁ…。」

我々は、ゆっくりと地下へと続く階段を下って行った。


地下へと着くと、男は真っ先に今日の作品の元へと駆け出した。

「ダドリー様、落ち着いて下さい。」

彼は、その作品の前で立ち止まり、頭を掻いた。

「やぁ~、すいませんね、お爺さん、ずっと前から気になっていた絵でしてね、今か今かと、やっとその日が来たもんですから、つい。」

(まさか、彼と同じ気持ちだったとは…、これはまた…。)

「でしたら、この絵から見たら良かったのでは?」

「いやーそうもいきません。私的に順番があったもので。」

「そうでしたか、こだわりがあるのですね。」

私は改めて、その絵を見た。その絵は、他の絵と比べて、小さい。その割りには、対象となる一人の女性のが、体操座りで目を押さえている様子が、ギリギリ全身が入りきるくらいまで、大きく描かれている。その絵をよく知った人物でなければ、この絵が伝えたい事は、分かりにくいだろう。

「それでは、この絵について、説明させていただきます。まず、作者はジョニーという男性です。彼は、

他の芸術家からは、変人と言われておりました。変人が多い世界で、変人と呼ばれるのですから、それはもう相当だったのでしょう。その証拠に彼の作品には、どちらかと言えばマイナスの方面の絵が多いようで…これ以外の絵に、血と死体が描かれています。ですが、この絵はそうではない。描かれているのは、暗闇に、体操座りで何かに怯えるように目を押さえる、生きている健康的な若い女性らしき人物だけ、至ってシンプル、そうでしょう?」

私は、ダドリーに返答を求める。

「確かに、ですがこの絵には、そんな血なんかの表現よりもずっと、恐ろしいものがあるのでは…。」

(素晴らしい、彼は鋭い…。)

「ふふふ、中々良い所を見てらっしゃるようで…。それでは、今度は、その描かれている女性についてです。」

「ほぉ、珍しい、そこまで知っておられるんですか。」

ダドリーは、感心したように、私を見て笑った。

確かに、私が描かれている対象に説明した事は、あまり無い。その対象について、その作者がどう思って描いたのか、それは作者が一番理解している所であり、作者がその説明を残していないのであれば、私の勝手な推測で説明するのは、その作品に対する侮辱であり、価値観の押し付けになってしまうと思っているからだ。

「えぇ、まぁ。この女性、目を押さえていますね。何か見たくないものでもあるように見えます。あと、小さな絵ですから、気付いておられるかどうか…。見えますかね?これ?」

私は、女性の足元を示した。

ダドリーは、絵に近付き、そして、ようやく気付いたようだ。気付かないのは、無理も無い。よく見なければ、誰だって気付かない。

「これは…足枷…この女性は、罪人なのですか?」

「違いますよ。この小さい空間から出られないように…足枷をつけられているんですよ。この絵が描かれた場所は、非常に狭い部屋でしてね…。人二人で定員オーバーだったようです。だからこそ此処を選んだんですよ。」

ダドリーの表情は、先程と比べると、かなり険しくなっているのが伺えた。

(さっきまで、あんなにウキウキしていたじゃないか。全く)

「では、選んだ理由を述べるとしましょうか。彼女はね、閉所恐怖症だったんです。極度の。だから、彼女は、定まった場所に居られなかった。開放された空間に居なければ、ずっと恐怖に怯える事になる。そう、この絵のように。だから、ジョニーは目をつけた。目に見えない恐怖を、見えるように出来るかもしれない、その人にしかわからない恐怖をようやく、わざわざ、血なんかを使わずとも、恐ろしく伝える事が出来るかも知れないと。彼の目的、目標、願いが、ようやく叶えられると希望に満ち溢れた絵なんですよ。」

(だが…残念な事に、この絵の目的が伝わる事は無く…絶望した彼は、絵を描くのを止めた…。)

私は、ある程度説明が終わったので、彼に感想を求める事にした。

「どうでしたかな?ダドリー様、今宵の作品の感想は。」

すると、ダドリーはこう答えた。

「感想ですか…。私が最初、この絵を見た時は、他の絵とは何かが違って、魅力的に思えました。ですが、それは、この絵をしっかりと見てはいなかったからです。何かの作品を見る前、見た後、その絵の前を通り過ぎた時だけだけしか、この絵を表面的に触るようにしか見ていなかった。だから、この作品の本質を見抜けなかった。女性の絶望、怯え、苦しみ…。この絵は確かに、よく出来ている。ジョニーの最高傑作であるのかもしれない。だがそれは、作品を理解した人に、説明を聞かなければ伝わらなかった。もし、この作品を理解している人がいるのならば、恐らく作者以外には居ないでしょう。」

それから、私とダドリーは、先程下った階段を上り、出口の前に戻ってきた。

窓を見ると、雪は吹雪となっていた。

(あの時の天気とよく似ている。あの希望で満たされた日もまた、こんな天気だった。)

「吹雪いていますが、大丈夫ですか?」

ダドリーは、出口を向いたまま答えた。

「ええ、今日は、どうも。それでは。」

そして、ゆっくりと出口のドアを開き、言った。

「それでは、お元気で。」

ダドリーが私の目の前から消え、すぐに曲がり角を曲がる前の窓に姿を現した。

(そんなに急いで、もう時間など追われていないだろうに。)

そして、曲がり角を曲がった後の窓に走って、去っていく彼の姿が見えた。

楽しい時間は、泡沫だ。あっと言う間に過ぎ去り、残酷な時間を長引かせる。

(さて…。)

私は、再び一人で階段を下り、地下へと向かった。

そして、あのダドリーもたどり着けなかった、奥の奥まで私は歩みを進める。

そこには、ぽつんと、とってつけられた様なドアがあった。

そのドアをゆっくりと開けると、そこには恐怖を失った作品があった。



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