1話 すでに逃げ腰です
「うわぁ……」
目の前の建物に、思わず感嘆の声が漏れる。
ドーンとそびえる、巨大な白い建物。そう、お城です。
「何まぬけな顔してんだよ。魔王城もこんなもんだったろ」
隣で雷翔が笑い声をあげる。
「むしろ、魔王城の方が魔法とか仕掛けとか色々あって凄い建物だったろ」
「そ、それはそうだけど……でも、お城だよ! わたし場違いだし!!」
「魔王候補が何言ってんだ」
ジェイクさんがしれっとした声で言う。
それもそうだけど!
でも、やっぱり「場違い」感は拭えないわけで。
眉が下がるのを感じながら、もう一度目の前の建物を見上げ、その中にいるまだ見ぬ人物に不安が広がる。
ギルドニア国の国王、コウガ・サーベント様。
――なんで、わたしが国王様に会わなくちゃいけないの!?
逃げたい気持ちを見透かしたかのように、わたしの手をがっしり握っているジェイクさんの手。
遠い目になりながら、どうしてこうなったのか、数日前の出来事に思いを馳せた。
それは、ザイアの宿屋でわたしの正体が露見したすぐ後。
『ジュジュを魔王にしようの会』――鈴さん命名。を結成後の飲み会での事だ。
「ジュジュを魔王にするのに協力するって言ってくれたのはありがたいけど、具体的にどうするんだ?」
そう雷翔が切り出したのが始まりだ。
すっかり食事やお酒の方に夢中になっていたみんなは、ぴたりと動きを止めた。
雷翔は、片手に飲みかけのお酒が入ったグラスを持ちながら、ウィナードさんに尋ねる。
「勇者のことはあまり分かんねぇけど、国毎に勇者がいるって言うんならそれぞれ行動範囲みたいなものが決められてんじゃねぇのか? 勇者同士揉めたら大惨事だろ?」
「その通りだ。勇者の活動は国内だけと決められているよ。まあ、たまにお披露目や行事なんかで行き来することはあるけれど、勇者が国外に行くにはまず国王から許可をもらう事が必要になってる」
「だとしたら、協力するなんて無理だろ。勝手に国外に出て他の勇者に喧嘩吹っ掛けるなんて、どう考えてもマズ過ぎるじゃねぇか。身分剥奪どころか処刑されてもおかしくねぇぞ」
「しょ、処刑!」
恐ろしい話に青くなって、思わずジェイクさんを見た。目が合うなり、ジェイクさんはにやりと笑う。
さも、面白いと言わんばかりの表情だ。
こ、この人、絶対、楽しんでる! 危険な事するの楽しんでる!!
直感的に悟った私は、がしっと彼の腕を掴んだ。
「ジェイクさん、駄目です! 国王様に黙って国外で暴れるのとか、本当に止めて下さい!! お願いですから!」
「なんでお前が止めるんだ。協力してやるって言ってるのに」
「それはそうですけど! それで迷惑かけられません!!」
「ジェイク! 俺も反対だ。これはお前一人の問題じゃない。国を揺るがすことにもなりかねない内容だ」
ウィナードさんが厳しい声で援護に回ってくれる。
介入してきたウィナードさんに、ジェイクさんは不満げな顔になった。
「それなら、どうするんだ? 国を出ない限り、協力ができないだろ」
「……まずは、国王に報告する事が先だ。国王からの許可さえ下りれば、俺は何も言わない」
「そうか」
ジェイクさんは一つうなずいて、手元にあったグラスに口をつけた。
……って、え? それで話し合い終わり? それでいいの?
国王様から許可をもらうって、「魔王候補を手伝うので、他の国の勇者を倒しに行っていいですか?」って聞くってことだよね?
どう考えても無理じゃないですか!! というか、そんなこと言ったら裏切り者ー! とか言われちゃうんじゃないの!?
青くなったわたしに、ウィナードさんはにこっと微笑みかけてきた。
「大丈夫。もし国王からの許可が下りなかったら、俺が手伝うから。まあ、ジェイクほど強くはないけど、鈴がいればなんとか他国の勇者とも戦えると思うし」
「え? いや! そうじゃなくて、それ以前の問題と言うか! 国王様に魔王候補を手伝いますなんて報告なんてしたら怒られちゃうじゃないですか!!」
焦るわたしの発言に、鈴さんが噴出した。
「怒られるってさ、あはは!」
「笑い事じゃないですよ! 魔族に味方して国を裏切ったとか言われちゃいますよ!!」
「あはは、まあ、確かに普通なら処刑されてもおかしくないかもね」
「でしょう!? ですよね!!」
「でもま、大丈夫よ。なんとかなるって」
「は、はいぃ!?」
「んだ、何とかなるべ。ほらジュジュ、これ食べてみろ。うめぇだ」
「え、えええー!?」
――結局、あの後わたしを連れて国王様に説明するという話でまとまってしまった。
どう考えても、危険極まりない状況。なのに、不安がっているのはわたしだけ。
なんで!? おかしいでしょ! 当人達が平然としてるって、なんで!?
「じゃあ、行こうか」
爽やかな微笑みを浮かべてウィナードさんが歩き出す。
「ここに来るの久しぶりね~」
軽い口調でウィナードさんの後に続く鈴さん。肩にクーファを乗せたルークさん、雷翔、と次々に歩き出す。
「さっさと行くぞ」
わたしの手を掴んだままジェイクさんがスタスタと歩き出した。
巨大な扉の前に立っていた兵士の人が、先頭のウィナードさんを見るなり、ぴしっと佇まいを直した。
「勇者レイン様! よくぞお戻りくださいました」
「お話は伺っております。コウガ様への謁見ですね。コウガ様は謁見の間で待っておられます」
「分かった。ありがとう」
にこやかに対応して、城の中へと足を踏み入れるウィナードさん。
お城の兵士ですら、ウィナードさんの方を勇者だと思っているんだ。そんな事を頭の片隅で考えながら、ウィナードさん達の後に続く。頭の中の残り全部は、国王様への恐怖ですよ!
脳内に、立派な椅子に腰を下ろした白い髭の眼光鋭いおじいさんの姿が浮かぶ。
『こやつが魔王候補?』
『ええ、それで、わたし達で彼女を魔王にしたいと思うのです』
『魔王にだと!? ふざけるな! ええい、この女がお前らを惑わしているのだな!! 衛兵、この女を縛り上げて八つ裂きにしろ!! 今すぐに勇者一行の目を覚まさせてやる!!』
……あ、あり得る……!!
むしろそっちの方が可能性高くない!?
絶望で頭が真っ白になっているわたしだけど、ジェイクさんの手を振り払って逃げる選択は選べませんでした。
臆病者です、はい……。