日帰り温泉施設での執筆のススメ
日帰り温泉の魅力に憑かれて、五年にはなるだろうか。なにもないわが町に日帰り温泉ができて、とりあえず行ってみたのだ。そして、はまってしまった。近隣の行きつけは二軒。回数券を買って、通っている。
最初に断っておくが、私は真の意味での温泉好きではない。真の温泉好きから見れば、私は偽者にすぎない。泉質がどうとか効能がどうとか、気にも留めていないからだ。
では、私にとってなにが重要か? それは休憩スペースの充実である。キャパシティと快適さを求めている。休憩スペースにそれらを求めるのは、なぜか? 執筆のためである。
日帰り温泉に行ったなら、開店から閉店までいることにしている。最低でも十二時間以上はすごす。一軒の行きつけは二十三時間営業なので、午前零時以降の深夜料金を払って二十三時間いたことも一度や二度ではない。十二時間二十三時間いて、温泉に浸かるのは二回。多くても三回だ。ここが私の、偽者たるゆえんである。
日帰り温泉での執筆を、なぜに推奨するのか? 執筆をするのに、これ以上に最適な空間と時間がほかにないからだ。『ドラゴンボール』の神様のところに、「精神と時の部屋」というのがあった。下界よりも緩慢に流れる時間のなかで修行して、悟空も悟飯もべジータもトランクスも強くなった。日帰り温泉とは「精神と時の部屋」から苦役を抜いた、快適な空間である。時間がゆったりと流れる。その時空のなかで、執筆する。集中ができ、筆が進む。
第一の前提として、まわりの眼を気にしないこと。私の執筆は、ノートへの下書きである。だからまわりの眼からは、そうとう奇異に映っていることだろう。だが、私は気にも留めない。旅の恥はかきすてる。ノートパソコンへの直接入力であれば、こちらは人眼を気に病む必要はないだろう。ノートパソコンをつかっているひとは、何人かいるので。
集中できるといっても、十二時間二十三時間をずっと執筆にあてられるわけではない。飽きも来る。だからノートのほかに、読みさしの本を持ってゆく。執筆に飽きたら、それを読む。読んでいるうちに、眠くなったりする。眠くなったら眠る。ぜんぜんかまわない。時間はたっぷりある、もったいないことはない。起きて意欲が湧いてきたら、また書きだせばよい。
長時間滞在における最大の障壁はなにか? それは飢えである。日帰り温泉にはだいたい、飯屋が併設されている。だから問題はない。問題なのは、金銭だ。経済の問題で、来訪を自重しなければならない。だからその一日を大事にしたい。
一軒の行きつけには、ビュッフェがある。朝に腹に溜めこんでおいて、午後三時くらいにビュッフェで食べれば問題はない。こちらでの一日の出費は、二千円で済む。問題はもう一軒のほうだ。飯が高いうえに、なかなか満たせない。だから出費が嵩む。ほんとうに通いたいのはこちらのほうなのであるが、経済的に自重を余儀なくされる。
どんな日帰り温泉がお勧めか? 前述したように、休憩スペースが充実したところに限る。入館料六百円から七百円の、タオルのつかない温泉の休憩処(スペースではない。まさしく「処」である)はせまいと考えたほうがいい。休憩処がせまくとも人がいなければよいが、そうもいかない。場所の争奪になるのは必至である。入館料千円以上のタオル館内着つきのところであれば、休憩スペースの充実に期待ができる。リクライニングシートにテレビがついたリラックスルームというのもあって、そこを獲れたなら勝ち組である。料金体系については、都内は除外する。都内は相場がちがう。
低温の岩盤浴があるところも、お勧めする。低温岩盤浴場のスペースそのものが、巨大な休憩スペースであるからだ。だいたいの温泉の岩盤浴は、別料金となっている。岩盤浴場で本が読めるかどうかを、まづフロントで確認するべきである。サウナ方式でやっている岩盤浴もあるからだ。
漫画や本を置いている温泉もある。私のもう一軒の行きつけにも置いてある。『鋼の錬金術師』を読破するために、二十三時間コースを二回やった。お風呂カフェなんていうオサレな施設もあって、そこの蔵書は充実していた。ちょっと遠いので、行きつけにはしていないけれど。
そんなこんなで、日帰り温泉での執筆をお勧めする。スランプに陥っているかたもあるだろう。騙されたと思って、ノートを持って日帰り温泉に行ってみるといい。ネタが浮かんでくるのだ、ふしぎと。私の連載小説も、とある日帰り温泉で着想したものである。だから、スランプのときほどよいのかもしれない。
ただし、スランプが解消されなかったというクレームには対応しかねる。あくまで個人の感想です。