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昼下がりのまだ日も高いうちに、ティアは国立図書館へと来ていた。
「ねえ、ティアちゃんー。うちここ来なくて良かった感じー?」
備え付けのテーブルに突っ伏しながらぐちぐち文句を言っているのはメグである。
本を読むのが苦手ですぐに寝てしまうと申告している彼女は、正直戦力になるとは思えなかったがいないよりはましだろうと思って誘ったのであった。
「大声を出すな。ここは図書館だぞ。お前にも、仕事があるから手伝え」
「うちの頼み聞いてくれたから断る訳にもいかないけどさー、何するつもり?」
「ちょっと手伝え」
そういうと、ティアはすぐそばの本棚から何冊かの本を取り出す。
平均的な分厚さのその本たちを目の前に積まれ、メグはげんなりだという風に眉を顰めた。
「まあ、大したことは頼まないさ。取り敢えず、この辺りの本の題名と作者名。章の初めの3行くらいを写して欲しい」
「何に使うのー」
「何にも。敢えて言うならば、捜索、かな」
メグは首を傾げさらなる説明をティアに求めたが、彼女は知らんぷりで、新たな本を求め、本の山へと向かっていった。
完全に無言で二人は席を隣り合って書き続けていた。
もともと平日の昼間はあまり人がいないのだが、いつの間にやら人が一人もいなくなっていたので彼女たちが黙ると静寂に包まれている。
メグは、途中で飽きたようで半ばヤケクソになっていたのだったが。
「で、王様には何て言われたのさー」
2人で20冊を越えた辺りだった。
メグは、本に目を向けながら、ティアにそう問うた。
小声であったが、彼女の声は真剣みを帯びていた。
思わずティアがボソッと呟く。
「あのクソか」
「女の子がそんなこと言わないの。クソ親父からランクダウンしてるじゃんー」
「もう、20だから女の子という年でもないと思うが」
「そういう問題じゃないし。
で、結婚承諾したんでしょー?一応父親なんだし、なんか言ってた?」
ティアは、目線を一度遠くを見つめるように上げると、再び本に戻す。
「ああ、『此方からは一切持参金を出さん。勝手に嫁げ』と言われたな。彼奴相手を立てるという言葉を知らんのか」
「そんなこと言ったの?!いくらうちがいるって言ったって、限度があるよー。てか、うちいなかったら上手く収まらなかったのによくそこまで強気になれるもんだね」
「わたしが絡むと途端に子供っぽくなるからな、あのアホ。幾ら、ババアがアレだったからって子供にあたることないだろ」
机に頬杖を突いて、はあ、と一つ溜息をついた。
彼女のついた溜息はかなり深く、その苦労は計り知れないだろうことがわかる。
実際、彼との溝は深まるばかりで一向に縮まる気配を見せないのであったが。
「そのフォローするにも、臣下の人たちは大変だろうねえ。どうなったの結局」
「わたしだけ先行くことになったな。アホを説得するのに時間がかかると兄上が言っていた。あまり荷物を持たないつもりなのだが、それじゃあ不味いだろ?」
「ああ、だからこれ持ってくんのねー」
「ご理解頂けて何よりだよ、我が友よ」
「ふふん」
「で、お前はわたしに着いていくことを言ったのか?アホに」
ティアの何気なしに発したその声に、メグは石化されたように固まった。
予想外の反応に、思わず目を見張る。
が、良く考えれば、本日の彼女が質問していることは、王に許可されていれば知っているはずの、確実に王に関係する事項である。
要するに、彼女は謁見すらしていないのだ。
「メグ。」
肩を震わせたメグは、机に大仰に顔を伏せてからそろりとティアを見る。
「だって、拒否するじゃんアイツ絶対」
「だから、わたしと共に国を出るんだろう?アイツはそんなに気にしないと思うぞ。寧ろ、代替えが出来ていいかもしれないと思ってるかもしれんな」
「でも、この役って、死なないと受け継がれないのじゃなかった?」
「それを知ってるやつは一握りだ。言ったろ。わたしは、図書館から物を借りて塔でなくすのは趣味なんだ」
「それは趣味じゃないと思う。つーか、閲覧不可能な本を持ち帰ってるの」
メグは、頭痛を抑えるように頭を抱えた。
その行為に不思議に思うも、ティアは先を続ける。
「『勇者』に関する本は大体回収した。塔に収められた本は、誰にも見られないからな。まさにわたしの大大勝利という奴さ」
鼻歌が聞こえてきそうなほどに得意げな顔をしているティアは、太陽が沈み始めるのを見て、本を閉じた。
閉館の時間である。司書が閉館処理を進めているのを横目に、本を元に戻し筆記用具などを粗方まとめる。
「ま、過ぎたことは仕方ないだろう。それに、わたしだって、ヤツからは逃げたんだ。非難なんて出来る訳がない。このまま、誰に知られず行くのもいいかもな。あんまりあってないんだろ?」
「確かに前回にあったのは1年前くらいだけどでもほんとに会わんけどいいの?」
「呼ばれたら呼ばれたらだろ。君には魔法という素晴らしい力があるじゃないか」
司書たちに胡乱な目を向けられていた二人であったが、そんな目線には動じず、彼女たちは会話しながら図書館を出た。
すっかり日は暮れており、魔電燈と呼ばれるものがあちこちに点在し地面を照らしているが、それでも心もとないくらいの明かりである。月は、三日月で、星ひとつない空には良く映えた。
「・・・・・・まあ、ここに来たのもアイツの都合だし、別にいっか。マサにも言わないとねえ。ああでも面倒だし、別にいいか」
「どこから突っ込んでいいのかわからんが、あのキザ野郎にはせめて旅行に行くとは伝えておけよ。あとで迷惑を被るのは何故かわたしだからな」
「了解了解っと。で、いつ出発するの?」
「明日」
「はああああああ!?明日!?」
メグが大声で叫んだため、道を歩いていたネコが走り去り、間近でその声を聞かされることになったティアは両手で耳をふさぎ冷ややかな目で彼女を見る。
こういう反応するのは当たり前だろうが、ティアは全く考えていなかったようだ。
流石に、明日というのは唐突過ぎる。
「今決めた。わたしは明日出発するから荷物をまとめておけよ」
「どうして明日なのさあ。荷造りはしてあるけど」
「面倒になった。兄上たちがクソ親父を抑えているうちにさっさと出るのが、一番いいと考え着いた結果だ」
「ああもうこの面倒くさがりっ」
メグはため息をつきながらも、口元には笑みが浮かんでいた。
どちらも、この国に未練はないのだ。