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二章・新たなクラスメイト


翌朝、俺はいつも通りの自分のベッドで目が覚め、しばらく考え事をしていた。

あれは、夢だったのかな?

昨日殴られたはずの頭をなでる。肩の傷にも触れる。傷の後は全くないし、体の疲れもみられない。

本当に俺は、昨日あの子に出会ったのだろうか? まさか俺の妄想な訳はないよな?

しかし、確認のしようがない。あの時少女は<剣の世界(グレイシス)>へと帰ってしまった。

「ま、別にいいか。」

ひとり呟く。

「お兄ちゃん?何がいいの?」

「うわ、心葉(このは)、お前いつからいたんだ。」

「さっきから呼んでたんだけど……。朝ごはんできたし、早く起きないと遅刻するよ?」

「ふふふ、我が妹よ、二度も同じ手には引っかからんぞ?」

 ここは同じ失敗は繰り返さない俺だ。

「……お兄ちゃん。時計見て。」

右向け右。

「…………ノオオおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

俺の絶叫がこの辺一帯に響き渡った、と思う。はい、申し訳ないです。

「心葉、なぜ起こしてくれなかった!」

「え~、起こしたのに起きなかったのはお兄ちゃんでしょ?」

どこかすねた様子の心葉。

「な、なにぃ⁉」

「じゃ、そういうことだから私はちゃんと起こしたから、先行くね。」

心葉が部屋を出て先に行ってしまう。

「……はっ、そんなことより早く着替えてご飯食べていかないと。」

いつもの倍のペースで制服に着替え、朝ご飯を食べるため下へ降りる。

「母さんおはよう。朝ごはんできてる?」

「おはよう、煋雅。できているから早く食べて学校に行きなさい。」

「お、おう」

朝ごはんを5分ですませる。

「い、いってきます!」

「いってらっしゃ~い。」

家を出た後、身に着けている腕時計を確認する。

「やべぇ、遅刻しちまう!」

走り出して少し違和感を覚えた。

「やば、そんなこと気にしている場合じゃねぇ、いそがねぇと。」

その後もなぜだかいつもより早い気がしたのは本当に気のせいか?

「ふぅ、間に合ったぁ。」

中距離マラソンぐらいの距離を走ったがなぜか疲れていない。いつもより時間もかからなかった。

とりあえず、教室に入り席に着く。

「今日も遅いね。今度はどうしたの?」

「ただ単に寝坊だよ……」

「煋雅が寝坊なんて珍しいね。」

秀樹はそう言いながらも笑っている。

「ちょっと考え事をしていてな」

「そうなんだ。遅刻しなくてよかったね。」

「だな。」

時計を見るとホームルームの二分前だった。

しばらくすると担任の先生が入ってくる。

「はい、みなさんおはようございます。本日は不思議な転校生を紹介します。」

ん? 不思議な?

「フェリエンスさん、入ってください。」

フェリエンス……フェリエンス……。どっかで聞いた気がするな……

「はい。」

扉を引いて入ってきたのは小柄な女の子だった。

胸のあたりまで伸びた銀色の髪にブルーの瞳。そして、何より可愛い。クラスの男子の半分以上の視線が集中している。

「今日から2年1組に転入します。シャロン・フェリエンスです。どうぞ、よろしくお願いします。」

転入生は無表情で自己紹介を……

「……って、ああぁぁぁ、シャロンじゃねぇか⁉」

思わず立ち上がって叫んでいた。クラスのみんなが怪訝(けげん)な目で見てくる。シャロンは俺の姿を見つけた途端に無表情を崩し、(わず)かにはにかむような表情を作りこちらに向かってくる。

「煋雅、会いたかったです。」

そういって俺に抱き着いてくる。

――ピトッ

おお、腹部にかすかな柔らかい感触が⁉

「お、おいシャロン! こんなところで何てことするんだよ⁉」

 平静を保ちながらシャロンに呼びかける。

シャロンが俺の胸にうずめていた顔を上げて、上目づかいで聞いてくる。

「煋雅、私は今までずっと一人で寂しかったです。しかし、昨日やっとパートナーができて、私は一人ではなくなりました。煋雅は私のことが嫌いですか?」

「い、いや、嫌いじゃない。」

ここでそんな質問は卑怯だろ⁉

「なら、ギュッてしてください。」

「なっ⁉ そんなこ……」

シャロンがとても悲しそうな、例えるなら捨てられた子犬のような。

 そんな目、しないでくれよ! 本当に卑怯だろ……

「わ、わかったよ!」

クラスのみんなの前だということを頭の中から消して、シャロンを抱きしめてやる。

おお、俺やっちまった……。やわらかい……やっぱり女の子だな。

そんなことを思う十七歳の高校生であった。

「龍ヶ峰君、知り合いだか何だか知らないけど、ホームルーム中にイチャコラしないでくれるかしら?」

先生が注意してきた。というか、たぶん怒っていると思う。

「は、はい。」

シャロンが離れようとしなかったが、無理やり離し、先生に聞く。

「……シャロンの席はどうしますか?」

「私は煋雅の隣がいいです。」

なぜかシャロンが答える。

「いや、お前には聞いてないからな? シャロン。」

「じゃあ、龍ヶ峰君の隣の松原さん、フェリエンスさんと席を替わってくれるかしら? 松原さんにはあとで新しい席を用意してもらうわ。」

「は~い、わかりました~。新しい机が来てからでいいですか~?」

「そうね。そうしたら机が来るまではフェリエンスさんどうしようかしら。立っててもらってもいいかしら? 荷物もないようだし。」

「先生、私はここでいいです。」

シャロンが振り向き、俺を席に座らせ、俺の膝の上にシャロン座った。

「おい、シャロン⁉ それはまずいだろ。」

「龍ヶ峰君、机が来るまで知り合いとして、フェリエンスさんの面倒をしっかり見てあげてくださいね?」

先生もスルーかよ!

「それでは、ホームルームを終わります。委員長と副委員長は、フェリエンスさんの机といすを運んであげてね。」

「「はい。」」

ホームルームが終わり、地獄の幕開けの瞬間だった。

     ***

「ねえ、煋雅。こんな可愛い彼女、なんで今まで隠していたのさ?」

秀樹が、隠すことでもないだろう、とでも言いたそうに俺に聞いてくる。気付いたらクラスの半分近くが俺の机に集まってきていた。視線で人が殺せるなら俺はすでにクラスメイトの憎しみの視線で死んでいるだろう。

「いや、隠していたわけじゃないんだ。俺もこのことは今朝まで夢だと――

「夢ではありません! 昨日のことはすべて現実にあったことです。」

――……シャロン、ちょっといいか⁉」

シャロンの手を取って居心地の悪い教室を抜け出す。

「あ、龍ヶ峰がフェリエンスさんを連れて逃げたぞ!」

「追えぇ!」

「「「おうよ」」」

なんでこうなるのかな……

「ごめんシャロン、少し我慢してくれ」

仕方なく、周りに誰もいないのを確認してシャロンを抱える。

「ひゃっ!」

シャロンの悲鳴に少しドキッとするが今はとりあえず逃げる。

廊下を走ってはいけないが今は許してほしいな。

「よし、行くぞ。」

足に力を込め、一歩目を踏み出した直後、不思議なことが起きた。

周りの景色が後ろに飛んで行った。

そして、気付くと俺はいつの間にか壁際にたどり着いていた。後ろを向くとクラスメイトがかなり後方にいる。

「あれ、俺まだ十秒ぐらいしか走ってないんだけど……?」

教室から三百メートル離れている校舎の端に今、俺は立っていた。

「今のは、恐らく契約の影響だと思われます。」

「ああ、<双剣の誓い(デュアルレゼリション)>のことか。」

いったんシャロンを降ろし、説明を受ける。

「はい、双剣の誓いには<(グレス)>の召喚の他にも作用があり、身体能力の上昇も含まれます。お互いの相性が良いほど能力の上昇値は大きいです。

なので私と契約を結んだ煋雅は通常に比べ上昇した値が大きいため、今のようなことが起こりました。」

むむむ、またしても難しい話だ。

「それは、どういうことだ?」

「今までと同じように力を出すと、その何倍もの力が出てしまうということです。要するに、まだ制御がうまくできていない状態です。」

「じゃあ、今のはいつも通り全力で走ろうとしたから俺の元々の速度じゃなくて、パワーアップした後の全力の速度が出たわけだ。」

これは、なかなかきつい。早く制御せねば。

「はい。この速度だと煋雅は元々足が速かったみたいですね。」

「じゃあ、この力を制御できるように頑張りますか。」

軽い決意を口に出す。

「それよりも煋雅、クラスの方たちがこちらに向かってきますが? 撃退しますか?」

「やめろよ⁉ クラスメイト撃退すんな!

とりあえず、シャロンと昨日のことを詳しく話したいから……人がいない体育館裏がいいかな……」

ふと、横についている窓に目が行く。

「あ、そうだ。シャロン。俺こっから飛び降りても着地できる?」

「肉体強化が施されているので全く問題ないです。」

それなら大丈夫かな。

「んじゃ、こっから外出るぞ?」

「煋雅の望むとおりにどうぞ。」

そして、シャロンを再び抱え、開け放った窓から飛び降りる。

「よっこらせっ、と。」

シャロンの言うとおり、何の問題もなく三階から着地することに成功した。

「みんなが来ないうちに移動するか、行くぞシャロン。俺についてきてくれ。」

「どこに行くのですか?」

シャロンが首をかしげて聞いてくる。

 知的な女の子がこういう動作すると可愛いな……

「と、とりあえず人が来ない体育館裏に行こうかと。」

その後シャロンは静かについてきた。目的の場所に到着すると早速切り出す。

「じゃあいいか?」

「はい、私のわかる範囲であれば何でも聞いてください。」

聞かれる準備はバッチリみたいだ。

「んじゃあ、まずはじめにあの二人組はなんなんだ?」

 一番気になっていていたことを問いかける。

「あの二人は、殺し屋だと思われます。そして、あの二人の主とっては、私は恐らく何らかの形で邪魔になる存在だったのでしょう。」

「そうか……」

こんな小さな女の子を邪魔だから消そうっていうのか……

「じゃあ、次はシャロンの住んでいる世界について教えてくれ。

俺がシャロンを守るんだ。そっちのことを詳しく知っておかないと。」

「そ、そうですね。」

シャロンが頬を染めていた。

俺、なんかおかしなこと言ったのかな?

「私たちの住んでいる剣の世界、<グレイシス>は約二〇〇年前に<(グレス)>といわれる武器を発見しました。その<剣>はとても強力なもので、扱う者によって能力と形が大きく異なることもわかっていました。

しかし、他人にわたすことはできず、持ち主以外の手に渡った途端消えてしまいます。

研究者たちは、<剣>の出現条件と能力を徹底的に解析しました。その結果<剣>の出現条件に二人の人間による一定の動作によって出現することがわかりました。その後、研究結果が発表されて<剣の世界(グレイシス)>全域に知れ渡りました。

そして、<(グレス)>の扱いの才能の有無も差が現れはじめ、<剣>を使いこなせる者は力を振りかざし、<剣>を扱えない者を抑えつけられました。。

中には<剣>の力を使って人を殺す、物を壊す、盗むなどの悪事を働く者も次々に出てきました。

ですが、しばらくすると、正しい心の持ち主が各地域で上に立ち、<剣の世界>は安定しました。

しかし、一〇年ほど前に『スルト』と名乗る強力な火炎使いがある組織を作り、仲間を集めました。その組織の名は

『フレイム・ファランクス』

リーダーであるスルトと同じように火炎のグレスを使うものが中心として作られています。今ではフレイム・ファランクスが<剣の世界>を脅かしています。

なぜ、どのような目的で組織を組んだのかはわかりませんが、フレイム・ファランクスに敵対するであろう組織や指揮力を持つ者は力をつける前にスルトに殺されるか、捕えられてしまいました。

私もその[フレイム・ファランクスに敵対し、組織の脅威になるであろう人物]とみなされ、まだ<双剣の誓い(デュアルレゼリション)>を結ぶ前に殺してしまおう、という判断をスルトがしたため、殺し屋に追われることになったのだと思います。

しかし、<剣の世界>にも<領域(テリトリー)>があって、そこから出なければ見つかることはありませんでした。」

「じゃあ、なんでシャロンは殺し屋に見つかったんだ?」

「それは、あなたに会うためです。煋雅。」

…………⁉

言葉が出なかった。俺に会いに来たがために見つかり、危うく殺されかけたのだ。

「な、なんでそんな無茶したんだよ!」

「私は自分の身を犠牲にしてでも<剣の世界>を救いたいんです! <リミニ>の力を悪用するスルトを、私の力で倒したいんです。」

シャロンは出会ってから初めて瞳に怒りのような感情を映した。

「そう、だったのか……悪かった。でも、これからは俺もいる。シャロン一人で無理しないで俺のことも頼ってくれよ? もう無関係じゃないんだ。」

「煋雅……ありがとうございます。」

その時、体育館の表のほうから草を踏む音がした。

「せ、せ、煋雅さん、こんなところで何をしているんですの?」

おおう、アルセリアさんなんか怒っている。

「い、いや、シャロンと話をだな……」

「わたくし、心配したんですのよ! おじい様に書類を渡しに行く途中にふと外を見ると煋雅さんが窓から飛び降りるところが見えたんですもの!」

怒っていながら涙目である。

「い、いや~まさか見られているとは……」

「煋雅さんはいつも危なっかしいんですから気を付けてください!」

なぜか叱られてしまった。

 俺は小学生かよ……

「お、おう、気を付けるよ。」

「………煋雅さんはどうせわたくしの気持ちなんてわかっていないのでしょうね……」

アルセリアが下を向いて小声で何かつぶやいた。

「アルセリア、ほんとにごめん。これからはあんまり心配かけないようにするよ。」

「も、もういいですわ……はぁ……」

アルセリアに謝ったところで(すそ)を後ろから引っ張られた。

「……煋雅、この人は誰ですか?」

シャロンが不機嫌な顔をして聞いてきた。

「あ、ごめん忘れてた。」

「煋雅、それは私の存在を忘れていたということですか?」

思いっきりむくれている。

「ごめんって。今から紹介するよ。

ええと、この人はこの学校の学園長の孫娘でアルセリア・クラスルだ。」

アルセリアを紹介すると、

「アルセリア・クラスルですわ。以後、お見知りおきを。

それと煋雅さん、今のその説明ではまだ一つ足りませんわ。わたくしは煋雅さんんの婚約者ですわ!」

無駄な自己紹介を加えてきやがった。

しかし、優雅だ。さすがお嬢様。

「私はシャロン・フェリエンスです。よろしくお願いします。

 昨日煋雅の永遠(・・)のパートナーになりました。」

間違ってはいないけどその表現はどうかな……

「あなたがおじい様の言っていた転入生ですわね?

 で、煋雅さんの永遠(・・)のパートナーとはどういう意味ですの?」

「言葉通りの意味です。」

ん? なんかこの二人ヒートアップしてきたぞ?

「私のほうが先ですわよ!」

「前後の問題ではありません。実力の問題です。」

何の話か俺にはもうさっぱりだ……

「もういいですわ……ッ煋雅さん、今に見ているといいですわ!」

捨てゼリフを吐いてアルセリアは帰って行った。

「なんだったんだろう?」

「煋雅、あの人は危険です。」

シャロンがなぜか敵意まる出しでつぶやいた。

「いや、アルセリアはこっちの世界の人間だぞ?」

「そういう意味ではありません。」

「???」

全くわからんぞ?

「いいです。質問は終わりですか?教室に戻らなくても大丈夫ですか?」

「ああ、そうだな。」

俺はシャロンに腕をつかまれながら教室へと戻った。

       ***

教室に入った瞬間クラスの視線が痛かった。

はぁ、シャロンに離れてもらっといてよかった……

というか、なんで追われたの? 俺のクラスの男子はそんなに飢えてるの?

「煋雅、お昼の時でいいから説明してもらってもいい? 話せないことだったら僕は追及しないから話せる範囲でいいよ。」

「わかった、。後でちゃんと説明するよ。」

新しい机は運ばれており、隣の松原さんはすでに移動していた。俺たちはそれぞれ席について、授業の準備を始めた。

「煋雅、これでずっと一緒に過ごすことができますね。」

「あ、ああ、よかったな。」

クラスの男子が嫉妬で殴り掛かってきそうだからうかつな発言は控えよう。

しばらくするとチャイムが鳴った。

「おはよう、授業を始めるぞ。」

そして今日の授業がスタートした。転入生であるシャロンは教科書を当然ながら持っていないため、毎授業の初めに教科担任の先生からもらっていた。

今日の授業日程は日本史、数学、体育、生物学、LHRだった。

異世界とは勉強することが同じなのだろうか?

休み時間にシャロンに聞いてみたところ、

「このぐらいの勉強ならすぐに理解することが可能です。」

「そ、そうなのか、理解できてよかった。」

人の心配している場合じゃなかった……

体育の時間は底上げされた力を制御するのが大変だった。

その日は男女混合の野球(うちの学園は学園長の方針で男女混合の授業となっている)で、キャッチボールの段階からボロが出そうになった。軽く相手に投げたボールが相手のはるか頭上を越えて学園の校舎まで飛んで行った。

校舎までの距離は俺がいる位置からかなりあった気がするが正確な距離はグランドが大きすぎるためわからない。

クラスで2チームに分かれて試合形式でやるときは細心の注意を払っていたつもりだがかなりやらかした。

取ったボールを内野に帰そうとしたらものすごい速さでキャッチャーまでブッ飛んでいし、バッティングでは打ったボールが学園の外に飛んで行った。

そんなことをやるたびに皆は驚きを示していた。走りに関しては一度目があったため、うまく加減することができた。

時々シャロンのほうをうかがってみたが、俺ほどではないが力を制御しきれていない部分があって、同じチームの女子に驚かれていた。

しかし、授業後半になると体の扱いにも慣れ、大きな注目をあびることはなくなった。

それにしても、全く面白くなかった。せっかくの体を動かす機会なのに手を抜かなければならないからだ。

「よし、ちょっとだけ本気出しますか!」

クラスメイトに頼んで同じチームだったシャロンをキャッチャーにしてもらい、俺はピッチャーをやる。

「初めての共同作業ですね。」

シャロンは表情こそ変わってないが、なんだか嬉しそうに見える。

「シャロン、一発だけ本気でやらせてくれないか? なんか物足りなくてさ。」

「わかりました。煋雅の球は、私が全て受け止めます!」

んん? 気合十分なのはいいが……

「んじゃ、よろしくな“相棒”。」

「は、はい。」

シャロンが嬉しそうにうなずいた。

そして、守備に付き、構える。

「よし、一発だけ全力でいくぜ。打てるもんなら打ってみな!」

大きく腕を振って投げた。ド真ん中に。

――ブンッ

もはや常人が目で追える速度ではなく、はたから見れば俺は腕を振っただけだった。

 しかし、

――ズドン

音の直後、シャロンが衝撃を殺し切れず、後ろに倒れた。

「シャロン!」

シャロンの元へ真っ先に駆け寄った。

「大丈夫か⁉」

「はい、さすが煋雅です。私でも飛ばされてしまいました。

……ですが、ちゃんと煋雅の球は受け止めました。」

グローブに収まったボールを見せてきた。

「ああ、ありがとな。」

手を服でぬぐい、頭を撫でてあげると、嬉しそうに笑った。

「じゃ、次からは力を抜いていくからまたよろしく頼む。」

「はい、わかりました。」

マウンドに戻ろうとしたらチームのメンバーが数人やってきた。

「おい、龍ヶ峰! フェリエンスさんは小柄な女の子なんだからちゃんととれるような球を投げてあげなきゃかわいそうだろ!」

「そうだよ、めちゃくちゃ痛そうな顔していたぞ!」

う……これだけは何も言い返せない。

「わかったよ、次からは軽く投げるよ。」

その次からは言った通りに力を抜いて投げた。

「よっと。」

――スパン

小気味よい音を立ててボールがグローブに収まる。

こんな感じでいいかな。

その後は、特に問題がなく体育の授業の終わりを告げるチャイムがなった。

       ***

そして、待ちに待った昼食の時間である。

「シャロン、なんか食べるもの持ってきているか?」

「何もありませんが問題ありません。」

「そうなのか? 腹減らないのか?」

「大丈夫です。」

――クルゥ

「……⁉」

シャロンが恥ずかしそうに顔を赤くしてこちらを見てきた。

「購買に行くか。シャロン、ちょっと昼ごはん買いに行こう。」

「お、お金がありません。」

顔を赤くして、首をプルプル振る仕草がまた小動物のようで可愛い。

「いいよ、お金ぐらい俺が出すよ。」

「い、いえ、申し訳ないです。」

「いいだろ、これくらい。いいからついてこいって。」

「……はい。」

シャロンを納得させ、秀樹の一声かける。

「秀樹、シャロンと購買行ってくるから少し待っていてくれるか?」

「了解。遅かったら先食べているからね。」

「ありがとな、じゃ、行ってくる。」

購買に向かって歩き出すと、何やら男子どもがコソコソついてきたが気にしない。

「購買部についたんだけど、シャロンは何が食べたい?」

「あの、煋雅、この白いパンはなんでしょうか?」

あるパンを指さし、シャロンが聞いてくる。

「ああ、それは今人気のもちもちホイップパンだ。その名の通り生地がおもちみたいにもちもちしていて、中にホイップクリームが入っている。」

「おいしそうです。煋雅、私はこのパンが一つ食べたいです。」

「了解。人が少ないところで待っていてくれないか、俺は買ってくるよ。」

「わかりました。ありがとうございます!」

俺はパンを買うために列に並ぶ。

「おばちゃん! もちもちホイップパン一つ、いや、ふた、三つくれ。」

「あいよ。あら、煋雅君じゃない。甘いパンなんて珍しいわね。」

「食べたいって子がいってな。」

「そうかい、そりゃよかった。」

パンを三つ買い、シャロンのいる場所へと向かう。

シャロンが数人のクラスの男子と何か話していたので少し待つことにした。

       ***

 煋雅が見ていることを知らない当事者たち。

 シャロンを取り囲むように五人の男子生徒が群がってきた。

「あのさ、龍ヶ峰とフェリエンスさんの関係ってなんなの?」

「煋雅は私の命を救ってくれた大切な人なんです。」

「へぇ、龍ヶ峰がフェリエンスさんを助けたのか。あいつなかなかやるな。」

「なあなあ、どんな状況だったのさ?」

「詳しくはお話しできませんが、私が襲われて、満身創痍で動けない状態の時に、煋雅が来て、相手を撃退くれました。」

「そうなんだ。で、龍ヶ峰に惚れたと?」

「……はい、私の気持ちは届いているかわかりませんが。」

シャロンは頬を少しばかり染めながら小さくつぶやく。

「龍ヶ峰め、こんなかわいい子を。」

「うらやましい、殺したい。」

「じゃあ、俺たちはこの辺で失礼するよ。また機会があったらよろしく。」

「はい。では、私は煋雅を待っているので。」

       ***

何を話していたかは聞き取れなかったが、男子共が去って行った。

お、話が終わったみたいだな。そろそろ戻るとするか。

「シャロン、お待たせ。」

「煋雅、遅かったですね。」

「え、ああ、ちょっと混んでててな、早く戻ろうか。」

内容は聞こえていなくても、盗み聞きしていた、とは言えない。

「そうですね。仁科さんが待っています。」

特に会話もなく、教室に戻る。

「待たせたな、秀樹。そういえば、お前の分もパン買ってきたから三人で食べようぜ。」

「ありがとう。でも、すこし待ったよ。じゃあ、早速食べながら説明を聞こうかな。」

「ちょっと待ってくれないか?」

 そう言って少し離れ、小声でシャロンに問いかけた。

「……なあ、シャロン。昨日のことを全部話しても問題ないか?」

シャロンの耳元に顔を寄せ、周りに聞かれないようにする。

「……そうですね、煋雅が本当に信頼できる人だったら問題ないと思います。」

「……なら、場所を移したほうがいいんだよな?」

「……はい、そのほうが周りに人に聞かれなくていいかと。」

「……わかった。

秀樹、場所を移していいか?」

「うん、わかったよ。どこに移動する?」

俺は迷ったが答えた。

「う~ん……屋上がいいかな?」

       ***

「お、やっぱり誰もいない。」

「本当に誰にも聞かれたくない話なんだよね?」

「順を追って説明するよ。わからないことは最後に聞いてくれ。

それと、これは絶対に他言無用で頼む。」

俺の横でシャロンが買ってきたパンを小動物のごとくモシャモシャと食べていた。

       ***

 俺は秀樹に昨日の出来事を話した。

「へぇ、そんなことがあったんだ。僕知らなかったよ。」

「そして、俺はその時にシャロンとある契約を結んだ。

その契約の名は――


<双剣(そうけん)(ちか)い>デュアルレゼリション


二人の人物が一定の行動をすることにより成立する契約で、(つるぎ)である<(グレス)>、という名の特殊な武器を召喚するための誓いだ。相性が人それぞれ違い、二人の相性が最高であれば<(グレス)>の最大の力を出すことができるらしい。

そして、<双剣の誓い(デュアルレゼリション)>には他にも作用があり、身体能力、耐久力、自己治癒能力なども剣と同様に相性によって大きく上がる。

ついでだから言っておくが、シャロンの言うことが正しければ、俺とシャロンの相性は最高らしいぞ。」

全てを話し終え、秀樹に聞く。

「俺の知っていることはこのくらいだ、何か質問があったら聞いてくれ。」

「うん、まずはフェリエンスさんと煋雅が出会ったところなんだけれど、煋雅は朝の段階ではその、二人組の男とは出会ってないんだよね?」

「ああ、シャロン一人だ。

追われていたのならシャロンの後すぐに出てきてもおかしくはない。その時シャロンは傷をどこにも負っていなかった……どうしてだ?」

「それは、私が力の源である<リミニ>を使い切ってしまったからです。

人にはみんなこの<リミニ>が微量あり、契約を結ぶことで微量なものが、かなり増幅するそうです。

この世界と<剣の世界(グレイシス)>を行き来するためには<リミニ>を使い、あの黒い靄、煋雅の話に出てきたものですが、名前は<ナザレータ>と言います。それを生み出さなくてはなりません。

<リミニ>は消費しても自然回復しますが、普段は使わないものなので回復速度はとても遅いです。

私が毎日こちらの世界に来ることを繰り返したら、回復が追い付かなくなり、<リミニ>がなくなりました。

なので、あの時私は何度目かの来訪で<リミニ>が尽きていた状態でした。」

シャロンは少し残念そうな顔をして言葉を切った。

「じゃあ、シャロンはそんな状態で動いていたのか。ごめんな、気付いてやれなくて。」

「い、いえ、大丈夫です。

そして、なぜ今まであの二人に追いかけられていなかったかというと、恐らく煋雅が見つからなかったら毎回、<領域(テリトリー)>に戻っていたからでしょう。<領域>にいれば敵に見つかる可能性はゼロです。

しかし、煋雅と出会ったときは<リミニ>が尽きていましたし、煋雅を発見したので契約を結ぶためにもこの世界にしばらとどまらなくてはなりませんでした。この世界はテリトリー外ですので、敵は私を見つけることができ、追いかけ、殺すことも可能です。

そして、煋雅が来る十分ほど前に殺し屋に見つかり、逃げ回っていました。あの時は煋雅が来てくれてよかったです……

煋雅と契約を結んだあとは、<リミニ>がかなり増幅しているので、<剣の世界>とは何度でも行き来できるようになりました。

これが、仁科さんの質問の答えです。」

「ありがとう。」

聞き終わると、秀樹は何やら考え込んでいる。

「無理に信じなくてもいいぜ?」

「いや、僕は自分の親友を疑ったりしないよ。嘘を言っているようには見えないし、信じることにするよ。」

「ありがとう、秀樹。お前なら信じてくれると思った。」

「これで、シャロンのことに関する説明は終わりだ。俺とシャロンがなぜ出会って、どういう関係かわかっただろ?」

「うん、わかったよ。君たちはかけがえのないパートナーなんでしょ? でも、クラスではどうするの? これを話すわけにはいかないでしょ?」

「そうだな……

あ、そういえばシャロン。どうやってこの学園に入ったんだ?」

「入学方法ですか? 学園長先生に煋雅のいる2年1組に入れてください!、と頼んだところ、『ハッハッハッハッ。実に面白い子だ。気に入った! いいだろう!』と言われましたが?」

「なんか、さすが学園長って感じだね。」

「そうだな。つか、なんで生徒の名前なんてあんまし覚えない学園長が俺のことわかったんだ?」

珍しいこともあるもんだな。

「まぁ、なんにしても、この学園に入れてよかったな、シャロン。」

「はい、煋雅と一緒にいられて、私はうれしいです。」

「ねえ煋雅、僕もその<双剣の誓い(デュアルレゼリション)>を結べないのかな?」

「え?何言ってんだ、秀樹。そんなのできるわ――

「できますよ?」

――できるんだ……」

「はい、重複契約は可能です。ただし、主契約の相手のみの<(グレス)>となりますので、副契約となる仁科さんとの契約では、仁科さんにしか<剣>が出現しません。

さらに補足をさせてもらいますが、この世界の人は基本的に<双剣の誓い>を結ぶことができません。」

あれ、俺はシャロンと契約できたよな? 

「俺はなんでできたんだ?」

「相手である私が<剣の世界(グレイシス)>の人間だからです。片方の相手が<リミニ>を感じ、扱うことができれば契約は可能となります。<剣の世界>の人たちは日常で<リミニ>を使う特訓をしたりするので、扱うことが可能です。

今回は、煋雅が私と契約し<リミニ>を使ったので、今の煋雅となら契約をすることができます。」

「そうなんだ。じゃあ煋雅、早速契約してみよう!」

「ちょ、ちょっと待て。

「……なあシャロン、秀樹ともあれ、やんなきゃいけないのか?」

ここは重要なのでしっかり確認する。

「いいえ、あれは異性同士の契約なので違います。仁科さんとは恐らく共鳴<ハウリング>で契約可能です。

二人の息を合わせて<双剣の誓い(デュアルレゼリション)>、と唱えてください。」

「了解。ありがとう、フェリエンスさん。じゃあ行くよ、煋雅。」

「お、おう。」

「「<双剣の誓い(デュアルレゼリション)>」」

すると、俺たちを中心に風が起こる。

風が収まるころには、空中に二本の同じ形の短刀が浮いていた。

「これが、<剣(グレス」)>なんだよね?」

「ああ、恐らく。でも、なんで二本なんだ?」

「仁科さんの<(グレス)>はとても面白いですね。

これは恐らく、<ツインダガー>です。仁科さん、持ってみてください。」

「うん、わかったよ。」

秀樹が手を伸ばし、その<(グレス)>に触れる。

――ズシッ

つかんだ瞬間二刀が落下し、地面に食い込んだ。

「お、重いぃぃ。」

「秀樹どうした? そんな短刀が持てないのかよ。いや、そんなに重いのか?」

「煋雅、仁科さんの体が慣れるまで少し時間を置きましょう。契約を結んですぐに、力が現れるわけではありません。」

「なあシャロン。俺はすぐに使えたぞ?」

「はい、それは煋雅が特別だからです。」

ふーん。そうなんだ。

「う~ん、よくわからんが、まあそうするか。」

「ふう、重かった。」

つかんでいた<ツインダガー>から手を離し、こちらに来た。

「では、その間に煋雅と私も<(グレス)>を召喚してみましょう。」

「どうやって召喚するんだ?」

「煋雅の好きなようにどうぞ。」

「よし!」

なんとなく思い浮かんだことをそのまま唱える。

「わが身に眠りし聖なる光の(つるぎ)よ、今、我が声にこたえ顕現せよ!」

直後、目を開けていられないほどの光が降り注ぎ、目の前に剣が現れていた。

「これが、俺の<剣>……」

光り輝くその剣をつかみ、手にする。ずしりとした重さがある。

そして、体に力がみなぎってくる気がする。

「へぇ、これが煋雅の<剣>。きれいだな。」

興味深そうに秀樹が眺めている。

「それでは、私も煋雅にならって。

永きにわたる時を超え、私に聖なる力を、いでよ私の<剣>」

シャロンが唱え終わり、シャロンの前には煋雅より一回り小さいが同じ形をした剣が現れた。

 俺の<剣>と少し異なり、はめ込まれた宝玉は金色に輝き、(つか)は水色だった。

そして、シャロンはその(つるぎ)の柄を握りしめ、一振り。まるで重さがないかのように軽やかな動きだった。

 しかし、シャロンは自分の<剣>と俺の<剣>を見比べると驚いたような顔をした。

「しゃ、シャロン? どうしたんだ?」

「こ、これは……せ、煋雅。私たちはあの伝説の<二振りの(デュアルセイバー)>を手にしています!」

「なんだ? そのデュアルセイバーって。」

聞くとシャロンは興奮した様子で話してくれた。

「二振り(ふたふり)の(つるぎ)、デュアルセイバーとは<双剣の誓い(デュアルレゼリション)>の名前の元となったものです。

 二百年前、<剣の世界(グレイシス)>はまだその名前で呼ばれていませんが、<剣の世界>になる場所は少数民族の生活場所でした。

しかし、生活していた場所の周りは危険であふれていました。

 ドラゴン、ゴーレム、グールにデーモンまでいたといわれています。そこで誕生したのが二人の勇者です。男女の二人組で、同じ形の剣を振って魔物を退治し、その少数民族を救ったといわれています。その二人の勇者はお互いに誓いを結び、常に二人で戦っていました。その二人が結んでいた契約は『我らの魂は最後まで共にあり』という意味があったそうです。

 そして、二人の勇者は<剣の世界>となる場所を聖なる光で満たし、二度と魔物が来ないようにしました。伝説はここまでです。

 察しがついたかもしれませんが、その勇者が使っていた剣が<二振りの(デュアルセイバー)>です。

 その後、<剣の世界>の研究者達はその剣について研究を重ね、そしてある条件下で出現したのが<剣>であり、その契約が<双剣の誓い>というわけです。

<二振りの剣>に関しての情報は少なく、残っている情報は二振りが同じ形をしていること、光の属性を帯びていること、そして、異性同士の契約ということだけです。」

長々とシャロンの説明を聞いてなんとなくだが、その伝説が理解できた気がする。

「でもさ、シャロン。異性の契約で同じ形の<剣>で光の属性なんて曖昧すぎて、そんなのたくさんあるんじゃないのか?」

「いいえ、異性間の契約で光属性を帯びた<剣>が出現した例や同じ形の<剣>は少なからずありますが、同じ形でどちらも光属性の<剣>が出現した例はありません。

 さらに、今召喚された私たちの<剣>を見ると、歴史書に載っていた<二振りの剣>と全く同じ形をしているんです!」

シャロンが確信に満ちた声音(こわね)で説明した。

「そうか、だったら俺たちはその二人の勇者の生まれ変わりなのかもな? 今は再び<剣の世界>が危険にさらされているわけだし。必ずめぐり合う運命だったんだよ。」

「そ、そのようですね。」

なぜか顔を赤らめるシャロン。

……? またなんか言ったかな?

「そ、それと、<剣>の名前なんですが、私が読んだ歴史書によりますと、男の勇者が使用していた<剣>を<ライトフラグメント>、女の勇者が使用していた<剣>は<ホーリーフラグメント>というそうです。」

「この剣は<ライトフラグメント>って言うのか……」

今手に握っている自分の<剣>を見つめる。

「二百年前に<剣の世界>を救った勇者が使っていた武器か……大きすぎる力は身を滅ぼすって言うけどな。」

「いいえ、ちゃんと鍛えてその<剣>にあった力を身につければ大丈夫です。」

シャロンが俺を安心させるように言ってくれた。

「ねえお二人さん? そろそろ僕の力も引き出されてきたかな?」

「ん、ああ、そうだな。」

秀樹が再び先ほどの剣の前に行き柄を握る。

「ふん、ああぁぁ!」

軽く持ち上がった。

しかし、無駄に勢いをつけて持ち上げたため、秀樹は反動でそのまま後ろにひっくり返った。

「ぐはっ」

「………大丈夫か?」

「う、うん、このぐらいで怪我はしたくないかな。」

今ので打ったらしい背中をさすりながら答える秀樹。

「で、どうだ? お前の<(グレス)>はどんな能力だ?」

「僕にはわからないよ。」

シャロンのほうを見る。

「では、意識を集中し、自分の<(グレス)>の力を高めてください。その後、そのまま<剣>を振ってみてください。」

「うん、やってみるよ。」

秀樹が目をつぶり集中を高めはじめる。

そして、キッと目を見開き、手にした短刀を振った。

すると、剣先から何か白いものが飛び出した。

それは真っ直ぐ進み、屋上の柵の間を抜けて行った。

「シャロン、あれはなんだ?」

「おそらく、水の(やいば)かと思われます。」

「へぇ、今のやっぱり水だったんだ。水しぶきが短刀の先から出ていたから、そうだと思ったんだよ。」

はたして、威力はどれほどのものなんだろうか?

「なあ、ちょっと威力を試してみないか?」

「そうですね。威力は見極めておいたほうがよいですね。」

「じゃあ、ちょっくら木の枝でも探してきますか。」

言いながら屋上を降りた。

       ***

グランドに出て大きくて丈夫そうな枝を数本集め、校舎へと戻る。階段を上り、三階(ちょうど俺の教室がある階だ)へさしかかったとき、

「あら、煋雅さんどこに行ってらしたんですの?」

上からアルセリアが下りてきた。

う、やべぇ、どうしよう。一番面倒な奴に遭遇した。

「ごめん、アルセリア。今急いでんだ。んじゃあ、俺はこれで。」

階段を諦めそのまま廊下をダッシュしていく。

「あ、煋雅さん! どこに行くんですの! お待ちなさい。」

アルセリアが走って追ってきた。

「まじかよ⁉ お嬢様が恥も外聞もなく走るか?」

今は捕まったらやばいし、かといって追い付かれるわけにはいかないし。どうしよう、少し力使っちまうか。

「アルセリア、ごめん。またちゃんと話そうな。」

人間を超えたスピードで廊下を走り、もう一つの階段までたどり着く。

「よし、捲いたか。」

しかし、速度を人並みに落としただけで気は抜かない。そのまま追いつかれずに屋上までたどり着く。

「ふう、お待たせ。こんなんでいいか?」

持ってきた枝を渡す。

「そうですね。腕試しにはちょうどいいかと。それよりも、少し遅くはないですか?」

「ああ、それが、アルセリアと遭遇しちまって」

「……あの人ですか。」

いつも無表情なシャロンが、なぜか敵意を顔に出している。

「どうかしたかシャロン?」

「いえ、なんでもありません。では、始めましょう。」

「そうだな、始めようか。

秀樹、始めるぞ?」

「うん、わかった。」

「俺の肉体は多分強化されているから問題ないかもしれないけど、一応最初は弱くしてくれ。

そのあと徐々に出力を上げる感じで。」

「了解。行くよ?」

秀樹が<剣>を構える。

「おう、言っておくが、お前が当てんのは枝だからな?

俺じゃねぇよ?」

「あ、そうなんだ。了解。」

秀樹から離れ、枝を持ち上げる。

「行くよ。はああぁぁぁ。」

――ザッ

手元を見ると木の枝の上数センチが綺麗に切断され、落ちていた。

「うわ、こんなきれいに切れるのかよ。」

「こんな感じでいいのかな?」

「それでは、次はもっと固いものでやりましょう。」

確かあそこに“あれ”があったな。

俺は屋上の入り口のほうへと歩いていく。

そして、“あれ”を手に取る。

「なあ、この鉄パイプなんてどうよ?」

「いいですね。それでは、次はこれを切ってください。

恐らく最大出力でも問題ない硬さですね。」

「秀樹、全力でこい!」

「うん、全力でいく。」

そして、秀樹が集中し力を短剣へと注ぐ。待つこと数十秒。

いざ、鉄パイプへと強力な水の刃をぶつけようというとき

「煋雅さん、やはりここにいましたのね!」

息を切らしたアルセリアが扉を開けて登場した。

「なあっ⁉」

「うええ⁉」

動揺した秀樹の手元が、つい向いてしまったアルセリアのほうへ向かう。

そして、鋭い水の刃がアルセリアを襲う。

「きゃあああ!」

悲鳴を上げるアルセリアだが、身がすくんで動けないようだ。

「アルセリア、危ない! くそ、間に合え!」

音速で近づいていく刃の先へと力を振り絞って突っ込む。

―――ズシュッ

「ぐっ」

左の脇腹へと激痛がはしり、痛みに耐えられず倒れる。

「あ、アル、セリア。け、怪我は、ないか?」

「わ、わたくしはなんともありませんわ⁉ 煋雅さん、今のはなんですの。なんで煋雅さんがこんな傷を……」

アルセリアが俺を抱きしめながら泣いてる。

「あ、アルセリア、どっか、け、怪我したのか? 血まみれだ、ぞ? 本当に大、丈夫なのか?」

「相変わらず、鈍いですわね!

煋雅さんが、怪我をしたからですわ! 自分の体のほうを、心配したらどうですの!」

「お、俺は普通の人間よりも、肉体が強いから、問題ねぇよ。だから、泣き止んでくれ、アルセリア。」

「無理、ですわ。いつもの、元気な煋雅さんに、戻って下さらないと。」

「はは、そう、だよな。俺が、こんなとこに寝ていたら、らしくないよな。」

本当は傷が大きく、血が多く流れ、力が入らなかった。

顔面蒼白で秀樹が俺の元に来た。

「せ、煋雅、ごめん。僕が集中を切らしたから。」

いや、秀樹、お前のせいじゃねぇから大丈夫だ。

あれ、体が動かねぇ。ちょっと疲れ、た、か……な…………

       ***

見知らぬ街を走っている。

屋根の上を四方八方に目を振りながら走り続ける。

まるで誰かを探しているかのように。

一人きりでひたすら。

俺の意識が宿っているのが誰なのかはわからないが、

体を動かすことは全くできない。あるのは視覚とわずかな聴覚。

そして、何かがかすかに聞こえる。

『一体どこにいるのですか“龍ヶ峰煋雅”』

俺の名前! もしかして、今俺の意識があるのは――

「――シャロン!」

視界が変わり、腹に痛みが走る。

「うぐっ、く。」

起こしかけた体も力が抜け、背中から落ちる。

――ポスッ

なんだ? やわらかい。

「あら、龍ヶ峰君。目が覚めたのね。友達が心配していたわよ?」

カーテンが開かれ、保険の先生が顔を出した。

 ああ、ここは保健室か。

「おれ、どうなったんですか?」

記憶が飛んでいる様な気がしてならない。

「私もよくわからないんだけど、学園長のお孫さんのクラスルちゃんと、あと二人が龍ヶ峰君を連れてきたのよ。で、君はその時意識を失っていたの。でも原因がわからないのよね……お腹に少し切り傷があったんだけど、気を失うほど大きい傷じゃなかったし……」

俺はあの時のことを思い出し、服をまくってみる。着ていたYシャツは赤く染まっていたが傷は包帯でまかれていた。包帯の上から傷を触って確認してみるが、先生の言うとおり傷は大きくなかった。

やっぱり自己治癒能力が上がっているのか……

「もしかしたら立ちくらみかもしれないですね。腹の傷は倒れた時にひっかけたのかもしれません。」

「あら、朝ごはんでも抜いたのかしら?」

このまま立ちくらみで流したほうがめんどくさくないかな。

「急いでいてつまんだだけなんで。」

「そう、気を付けるのよ? じゃ、元気みたいだし、私は職員室に戻るからあと少し休んで気分がよくなったら帰るのよ。」

そう言って保健室から出て行った。

「はぁ、こんなことになるとはな……」

「煋雅さん……? 目を、覚ましたんですの……?」

あれ、先生、アルセリアがいるなんて一言も言ってなかったけどな?

「わたくしのせいで、煋雅さんが、死んでしまったかと思って、すごく不安で、自分がいなければ、こんなことにならなかったのに、って。」

「ごめんなアルセリア。心配かけたな。でも、実はさ、自己治癒能力が上がってるからあんな傷たいしたことないんだよな。」

そう言って腹の包帯をほどいていく。

「せ、煋雅さん⁉ これはど、どういうことですの!」

突然俺が包帯を解き始めたため、顔を隠しそびれたアルセリアは照れて後ろを向いてしまった。

「いや、そうじゃなくて、この腹の傷みてみろ。」

そういうと、アルセリアは恥ずかしそうにしながら振り返り、俺の傷を見た。

「き、傷が……治っていますわ……わたくしが見たときはもっと大きな傷だったのですが気のせい、でしょうか。」

どうしよう、あのこと言ってもいいかな?

「今日は本当に申し訳ありません。ですが、わたくしはもっと煋雅さんのことを知りたいんですの。この傷が治ったわけを教ええていただけませんか?」

「わかった、全部包み隠さず話すよ。」

       ***

 そして俺は<双剣の誓い>に関することや今日の今までのことを説明した。

「そ、そうだったのですか……にわかに信じがたい話ですが、煋雅さんの言葉を疑うわけにもいきませんし、その話が本当であれば先ほどのことも納得がいきますわ。」

アルセリアは自分を納得させるようにうなずいた。

「あと、このことは絶対に人には話さないでくれよ?」

「話す話さない以前に、信じてくれる人なんていませんわ。」

「じゃ、そういうことでお願いするぞ?」

アルセリアを信用してないわけではないが念には念だ。

「わかりましたわ。わたくしはそろそろ帰りますわ。

 その前に一つよろしいですか?」

「なんだ? 俺ができることなら頼まれてやるぞ?」

「そ、それでは、め、目をつぶっていただいてもよろしいですか?」

いつものアルセリアらしくなく、下からの申し出だった。

「ん、それくらいなら問題ないけど、なんでだ?」

「そ、それは言えませんわ。と、とにかく早く目をつぶってくださいな!」

「お、おう、わ、わかった。」

アルセリアの剣幕に押され、目をつぶる。

「……これでわたくしも仲間入りですわ……」

アルセリアが何かをつぶやいた直後、

「――。」

…………⁉

 驚きのあまりに目を開けるとアルセリアの顔が俺の目の前にあった。

「それでは煋雅さん、また明日学校でお会いしましょうね。」

アルセリアは俺から顔を話すと上機嫌で保健室から出て行った。

 しかし、俺はしばらく放心していて、何が起こったのかわからなかった。

「アルセリアに、キス、されたのか……」

無意識に自分の唇をなでる。まだあの感触が残っている。

「煋雅、目が覚めたんだよね?」

アルセリアが出て行ってすぐ秀樹が声をかけてきた。

「え、ああ、お、おう、バリバリ目がさえてんぞ!」

焦りのあまりに変なことを言ってしまった。

「クラスルさんが上機嫌で出てきたけど何かあったの?」

「い、いいや、な、何もなかったよ?」

「ふーん、まあいいけど。とりあえず、さっきは本当にごめん。僕が気をそらさなければ煋雅が怪我をすることはなかったんだから。」

そう言いながら、秀樹はベッドの横にある椅子に腰かける。

「いや、心配かけて申し訳ないな。でも、結果的には無事だったんだからそんなに気にやまないでくれ。」

秀樹が責任を感じないように言う。

「それでも煋雅、君は危ない状態だったみたいだよ。

<双剣の誓い(デュアルレゼリション)>について詳しく知っているフェリエンスさんでさえ心配していたよ。

もしかしたら自己治癒能力だけじゃ傷がふさがらないかもって。」

「いや、もういいよ。俺は助かったわけだし、これは俺への罰だと思っておく。

これから先もこんなことがあるかもしれない。だから、しっかりと心にこの痛みと共に刻んでおかないと。」

秀樹がフッと笑った。

「そうか、ありがとう煋雅。気が楽になったよ。僕はそろそろ帰るね。 フェリエンスさんが疲れて隣で寝ているから、起きたら安心させてあげて。

じゃあまた明日。」

「おう、また明日。」

秀樹が保健室を出ていき、部屋が静かになる。

はあ、まさかこんなことになるとはな……

今まで平凡な暮らしをしていたのが嘘みたいだ。

人生何があるか分かったもんじゃないな。

窓の外を見ると、夕日が出ていた。

「もう放課後か……夕日がきれいだな。」

今までこんなに落ち着いて空を見ることはなかった気がする。

しばらく夕日を眺めていると、隣のカーテンが開いた。

「せい、が……」

俺の顔を見た途端シャロンが涙を流した。

「大丈夫か⁉」

「はい、だい、丈夫です。煋雅の顔を見たら、ほっとして。」

先ほどの涙は嬉し涙のようだ。

「シャロン、ちょっとこっちに来てくれ。」

不思議そうな顔をしながらベッドの横に来る。

「隣に座ってくれないか?」

「は、はい。」

やはり不思議そうな顔をしながらも従ってくれるシャロン。

―――ギュ

「せ、煋雅?」

俺はシャロンを抱きしめた。この小さな女の子を包み込むように。

「ごめんな、また悲しい思いをさせちまって。俺は、もっと強くなる。誰にも負けないぐらい。

いや、シャロンを誰にも傷つけさせないように。シャロン。無理しなくてもいいぞ。悲しいとき、うれしいときは、泣いたり、笑ったりしていいんだ。

今までは一人絵だったかもしれないが、これからは俺を頼ってくれ。俺だけじゃない、秀樹やアルセリアもいる。泣きたいなら、今ここで泣いてもいいぞ。」

そして、シャロンの顔を覗き込む。

再び一滴の涙が流れた。

「煋雅、私と出会ってくれて、ありがとうございます。私は煋雅と出会えて、とてもうれしいです。煋雅に迷惑はかけたくありませんが、今だけは、甘えさせてください。」

すると、シャロンの瞳から涙があふれてきた。

「煋雅……私……もう、……誰かを頼っても……いいんですね……」

シャロンが心の中身を吐き出すように泣き始めた。

俺はシャロンを優しく頭をなでながらシャロンの悲しみを感じ取った。

――シャロンはずっと感情を押し殺してきたんだな。

きっとどこにも頼れる人がいなくて弱みを見せられなかったんだ――

俺はこの時決意した。

シャロンを絶対に守ると。この腕の中で泣いている小さくてか弱い女の子をそばで支え続ける。

その後、俺はシャロンが泣き疲れて寝るまで抱きしめ、優しく見守っていた。



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