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一章・謎の少女との出会いと始まり


「お兄ちゃん!早く起きないと学校に遅刻するよ!」

――ガスッ

「はぎぁぁ⁉」

突然腹部に激痛がはしり、目が覚める。何かが腹の上に落ちてきた。俺は寝ぼけた眼をこすりながら枕元の目覚まし時計を見た。

「……おい、我が妹よ。この時間でなぜ遅刻になるのだ? それともこの時計が止まっているか?」

妹は満面の笑みで答えた。

「ううん、時計は合っているよ?」

俺は不思議に思い妹に尋ねる。

「なら、なんで俺は目覚ましが三十分前にお前に起こされたんだ?」

「ん~とね、なんとなく?」

「なんとなくかよ……せめてもっと平和的に起こしてくれ。」

このちょっとふざけたことを言っているのは俺の実の妹である龍ヶ峰心葉。心の葉って書いて「このは」と読む。

明るく、天真爛漫で、少し成績が悪いが全く気にするそぶりはなし。俺とは五つ違いで今は中学一年生、二つに結んだツインテールが印象的だ。

ああ、自己紹介がまだだったな。俺の名前は龍ヶ峰煋雅。少し難しい字なんだが、「せいが」って読む。父さんが「かっこいいから」という理由でこの字にしたらしい。ま、俺も結構気に入っているからいいんだけどな。

「お兄ちゃん?何ぼーっとしているの?」

「ん、ああ、ごめん。なんでもない」

しかし、今ので完全に目が覚めてしまったので起きることにする。

「仕方ないな、起きるよ。」

「やった~!」

人の安眠を妨害しておいて何が「やった~!」なんだか……

着替えて(もちろん心葉は追い出した)下に起きていくと母さんが朝ごはんを作っていた。

「あら、煋雅おはよう。今日は随分と早いのね?」

「心葉に起こされたんだよ。それで目がさめちまったから仕方なく起きてきた。」

「早起きは三文の徳って言うでしょ? 何かいいことあるわよ、きっと。」

母さんは朝ごはんの準備から手を止めることなく言う。

「だといいけどな。」

俺はそう言いながら食卓の椅子へと腰を下ろす。

「あれ、父さんはもういないんだ?」

「そうよ、あなたが起きてくる十分ぐらい前に仕事にいったわよ。」

「ふ~ん、そうなんだ。早いんだな。」

ちなみに、俺は父さんが勤めている会社を知らない。なんでも企業秘密だとか。危ないことじゃなければいいんだけど。

「お兄ちゃん、早起きした気分はどう?」

心葉がそんなことを聞いてくる。

「ん?ああ、気分がいいよ。起こしてくれてありがとな。」

心葉は満足そうに笑って席に着いた。

そんなこんなで朝ごはんになった。

「なんか、今日はご飯がおいしく感じる…」

「そうかしら、いつもとおんなじよ?」

「お兄ちゃんは早起きしたから頭がさえているんだよ!」

「そうなのか。まあいっか。」

朝ごはんを食べ終わったので準備をしてそろそろ学校に行くことにする。

「んじゃ、母さん行ってくるわ。」

洗い物をしている母さんに声をかける。

「いってらっしゃい。」

いつも通りの返事だ。玄関のドアを開けたところで心葉が走ってくる。

「まって、お兄ちゃん。私も一緒に行く。」

「ああ、わかった。」

心葉と並んで歩き始める。いつも歩いている道は、十分ほどで学校へと到着した。

俺たちが通っているのはクラスル学園。中高一貫性の学校で、かなり大きいと思う。生徒も全校で三千五百人もいるらしい。一人の大金持ちが、孫が大きくなったときに通うための学校として八年ほど前にこの学校を設立したらしく、今は俺と同じ学年にその学園長の孫がいる。

そいつの名前は――

「あら、煋雅さんではありませんか。おはようございます。いつになったらわたくしのパートナーになってくださるんですの?。」

校門をくぐってすぐに突然横から声がかけられる。

…………こいつの名前はアルセリア・クラスル。さっき説明していた学園長の孫だ。俺よりもめちゃくちゃ頭がいいし、運動もできる。

そして、特徴的なのがグリーンの瞳にプラチナブロンドの髪の毛。腰まである長い髪はいつ見てもきれいだ。

俺がなぜ学園長の娘と面識があるのかというと、俺が入学してまだ間もないころに、アルセリアが階段から足を踏み外し、落下してきたところをたまたま居合わせた俺が助けた(実際は受け止めることができなくて下敷きになっただけ)ことがあった。

そのあとから、アルセリアが俺に親しく声をかけるようになって今みたいにふざけ合えるような仲にまでなった。

「おはよう、アルセリア。その件は毎回断っているが、今回で何回目だ……?」

「十三回目ですわ。」

数えてんのかよ!

そして、なぜか気取ってこたえる彼女にため息をつく俺……。

「アルセリア、いい加減俺みたいな凡人をからかうのはやめて、もっと能力の高いやつを相手に選べよ。」

呆れながら言う。

「ですから、あなたですわ。」

あくまでもやめないつもりらしい。

「はいはい、冗談はほどほどにね~。」

「そうです。お兄ちゃんは私の未来の旦那さんなんですから!」

うん、なんなんだろうね? 俺、遊ばれている?

「いつになったら俺を真面目に受け止めてくれる女性に巡り合えるのか……」

遠い目になって空を仰ぎ見ながら呟く。

「……うう、わたくしは本気ですのに煋雅さんはどうして毎回わたくしの気持ちに気付いてくれないんですの……」

「アルセリア……何か言いたいことがあるなら聞こえる大きさで言ってくれよ。小声で気付かれないように悪口とか言われるのマジ傷つくから……」

「な、なんでもありませんわ。煋雅さんと付き合ってくれるような女性はきっとどこにもいませんわね。」

「う、痛いところを……。すこしずつ女の子の気持ちが理解できるように頑張るよ……」

軽くショックを受けながら答えた

「せいぜい頑張ることですのね。婿の貰い手がいなかったらクラスル家が執事としてもらってあげますから御安心なさい。

では、わたくしはこのあたりで失礼いたしますわ。また後程。」

そして、嵐は去って行った。

「よし、俺たちも教室に行くか。」

「ねえ、おにいちゃん。本当にわかってないの?」

わけのわからないことを心葉が聞いてくる。

「ん、何がだ?」

「ううん、なんでもない。じゃ、私は校舎が違うからじゃあね。」

「おう、今日も一日頑張れよ。」

走っていく妹を見送る。

「さてっと、俺も教室に行きますか。」

教室に向かおうと高等部の校舎の方角を向いて歩きだした。すると、視界の端のほうになにか黒や紫のような色をした禍々しい(もや)のようなものが見えた。

「……あれはなんだ?」

とても気になったのでHRまで時間もあることだし、少し様子を見に行く。

 靄が出ていたのは体育倉庫の辺りか?

 体育館方面に向けて歩きながら周りを見回してみる。

こうやって、いつもと違う時間に学校に来ると景色が違って見える。全体的に生徒が少ないし、音も少ないというか静かだ。そう考えていたら先ほど(もや)のようなものが出た体育倉庫のわきについた。

靄が見えたあたりをのぞいてみると、

「な、な、なんだこれ!?」

そこには小さな黒い穴があり、そこから靄が立ち昇っていた。

「なんでこんなものがここにあるんだ?。」

恐る恐るその黒い靄に触れる。

――ゾク

何とも言えない感覚が全身を走り抜けた。これはとにかくあまりよくないものだと自分の本能が告げていた。俺は即座にその靄から離れ、少し頭をひねった。

「い、一体これは……なんなんだ?」

他に何か似たようなものが無いか辺りを見回してみるがここにある一つだけのようだった。

「これが危険なものならまだみんなが来ないうちになくなったほうがいいんだけど……」

少し考えているとと穴に異変が起きた。黒い靄が赤く光を発し何やらうごめく。

「な、なんだ?」

突然視界がなくなった。その後、後頭部に強烈な痛みが走る。

「あだっ⁉」

そこで初めて顔に何かがぶちあたったことに気付く。

「なんなんだよ、おい……ん、なんだかとてもやわらかいものが。」

自分の上に乗っている“それ”に触れてみる。

なんだこれ? めっちゃやわらかい。何度か指を動かし、その感触を堪能する。

「ん、あ、あぅ。」

「……!?」

声が聞こえ、驚いて上に乗っているものを確認する。そこに“あった”のは小さな一人の少女だった。そして、俺は少女の胸をガッチリ揉んでいた。

少女を上からおろし、飛び上がってそこから離れた。もう少し触っていたかったとは全く思っていないからな? …………本当だぞ?

その少女は先ほどの衝撃か何かで気を失っているらしかった。

きれいな銀色の髪を持ち、長さは胸ぐらいまで。背はそこまで高くない。

俺が一七五だから一五五ぐらいかな。

胸は大きくなかったな……

いや、なんでもない。外国の人形みたいにきれいで可愛いな。

そんなことを考えていると少女がうめいた。

「う、うぅぁ。」

「お、おい大丈夫か?」

目を覚ました少女は手をついて上体を起こすと、しばし辺りを見回してからこっちを向いた。

「……あなたは誰ですか? ここで意識を失っている私を襲おうとしていたのですか?」

少女は無表情にただ淡々と俺に問いかけてきた。

「い、いや、違うぞ?

ここに黒い靄みたいなのが見えたから、来てみたらこの穴から君が……あれ?」

いつの間にかさっきの穴が消えていた。

どういうことだ? おかしいな。さっきまではあったから、この少女が出てきた後に消えたということなのか?

「もう一度問います。あなたは誰ですか?」

……いきなりあの穴から出て来たんだから、こっちが聞きたいぐらいなんだけどな。

「俺の名前は龍ヶ峰煋雅だ。」

「なっ⁉」

少女は突然驚いたように顔を上げ、目を大きく見開いた。

「あなたが龍ヶ峰煋雅ですか!」

「ええと、そうだけど……」

俺、いつの間に有名になったんだろう?

「本当に、ですか?」

……だよな。第一印象が最悪だったからそんなやつの言葉は信じにくいよな。まあ、俺に偽名を名乗るメリットなんてないけど。

「嘘じゃねぇよ。このクラスル学園二年一組龍ヶ峰煋雅だ。」

「……そうでしたか、あなたが。」

「どうした?」 

「私と<双剣の誓い(デュアルレゼリション)>を結んでください。」

……?

今なんて言ったんだ?

「ええと、でゅあるれぜ……、その、なんだ?」

「デュアルレゼリションです。」

「それはなんなんだ?」

聞くと少女は説明を始める。

「<(グレス)>を召喚するための契約です。<剣>は、契約する相手によって能力が異なります。

<剣>の召喚以外にも身体能力の向上などがあり、自分の契約を結ぶ相手と相性が合わなければ一割の力も発揮できず、逆に相性がとても良いと場合によっては限界を超えた力を引き出すこともできるのです。」

「ちょっと待て。」

やばい、話についていけなくなってきた。

「まず、グレスってなんだ? 召喚ってことはモンスターかなんかか?」

「<(グレス)>というのはいわゆる(つるぎ)のことです。契約を結ぶ相手により、それぞれ形が違います。そして、<双剣の誓い(デュアルレゼリション)>を結ぶことにより、召喚できるようになります。」

「で、そのグレスを手に入れるために俺と契約するのか?」

「それだけではありません。私とあなたの相性は最高です。」

どういう意味なんだ?

こいつ、さては厨二病か……。俺も元患者だが。しかし、めんどくさいな。

「うん、わかった。」

「では、早速私と<双剣の誓い>を結んでください。」

「申し訳ないがこのクラスル学園にはそのような面白い行事はないんだ。」

「な……⁉」

 少女はついに表情を崩し、驚きを表した。

「悪いけど俺はもう行くな。」

「え、あの、待ってください!」

そう言い、俺は校舎に向けて歩き出す。少女が何か言っていたが、あえて聞かなかったことにした。

       ***

教室に入ったときは、精神的に疲れ切っていた。席について鞄の中身を机に入れる。

「煋雅、いつもより遅いけど。何かあったの?」

前方から声が飛んでくる。

小学校からの親友である彼の名前は仁科(にしな)秀樹(ひでき)。顔が整っていて、頭もよく、誰にでも優しいため、常に女の子からあこがれの眼差しで見られている。

「ああ、三十分も早く家を出たのに変な女の子に絡まれてさ。」

「おお、煋雅にもついに春が訪れたみたいだね!」

待て、俺、今変な女の子って言ったよな⁉

「違う、厨二病の設定に巻き込まれた。」

「ははは、さすが煋雅だねぇ。」

「くそ、他人事だと思いやがって。お前はいいよな、愛の告白が絶えないんだろ?」

「僕は、煋雅の顔はいいと思うけどな~。もしかしたら憧れている子とかいるかもよ?」

す、すんげぇ希望的観測。

「そうだといいけどな」

まあ、どうせ居ないけど。

       ***

四限目が終わり、待ちに待った昼休み。

母さんに作ってもらった弁当を食べながら秀樹と会話する。

「なあ、秀樹。お前さ、俺との相性ってどう思う?」

 先ほどの少女が言っていた相性がどうの、ということが気になって、秀樹に問いかけてみた。

「どうしたの、突然。」

唐突すぎる問いかけに心底不思議そうな顔をする秀樹。

「いや、なんとなく。」

「そうだねぇ、う~ん生涯の友、かな? 煋雅、君の最高のパートナーは僕以外にいる気がするよ。」

「なんでだ?」

他に最高のパートナーがいるのか? さっきの少女のことか? …………まさかな。

「さぁ? どうだろうね?」

わざとらしく言葉を濁した。

「まぁ、いっか。」

 その後、いつも通り世間話をして昼食を終えた。

       ***

そうして今日もいつも通り何事もなく、眠い六限目の授業が終わり下校となった。

秀樹は部活に入っているから帰りは基本的に一人だ。下駄箱を出たところでなんとなく気になって、先ほどの体育倉庫に行ってみることにした。ふと顔を上げると、白い(もや)が、というか、何かが燃えているようなものが見えた。

「今度はなんなんだよ!」

さっきの場所まで全力で走って駆け付けてみると一本の木が燃え、倒れてきた。持ち前の瞬発力で何とか飛んでよけた。

「なっ!」

起き上がってみると一人の少女と、大剣を持った大柄な男とナイフを構えた小柄な男の二人が対峙していた。

あの二人組の男、明らかに生徒とは違うよな。かといって教師でもない。つか、どこから入ってきたんだよ! しかも、刃物を持ってるって、どういうことだよ⁉

不思議に思いながらも、もう一人の少女へと視線を送る。

 って、さっきの女の子じゃねぇか! ってことはあいつら二人もあの穴から……。仲間なのか……? でも、なんか敵同士みたいな空気が出ているし。むやみに出るのは得策じゃねぇか。

まだ燃えていなかった茂みに隠れて耳を澄ませ、話を聞く。

「もう諦めてはどうだ?」

大剣を持った大きな男が聞いた。

「諦めるわけにはいきません。」

「お前はまだ契約すら結んでいない。こっちは契約をして<剣>を持っていて、さらに二人もいるんだ。勝敗は見えているぜ?。」

 慢心なのか、それとも勝てると確信しているのか、ナイフの男は余裕だ。

「私は、龍ヶ峰煋雅と<双剣の誓い(デュアルレゼリション)>を結び、<剣の世界(グレイシス)>を救います。それまでは、死ぬわけには行きません!」

「こちらも仕事だからな。

だがしかし、お前は珍しいな、一人の契約相手にこだわるなんて。」

大剣の男が笑うように問いかけた。

「私は夢を見ました。ある男の人と契約を結ぶ夢です。その夢の中でわかったのが、その人との相性が誰よりも良いこと、その人と契約を結べば<剣の世界(グレイシス)>を救えること、それと名前だけです。」

「その少年とここで出会ったから、そいつと<双剣の誓い(デュアルレゼリション)>を結びたいと。」

「そうです。」

 少女の眼差しは真剣そのものだった。

「はは、笑わせてくれるな。」

「そうだ、とっとと終わらせるぜ!」

言うと、ナイフの男がその場で手に握ったナイフを振った。すると、そのナイフの先端から炎がほとばしり少女を襲った。

「……な、なんだそりゃ⁉」

思わず大きな声を出してしまった。

「そこにいるのは誰だ? 出てこないと潰すぞ?」

やはり気づかれた。

「ま、待った今出る。」

仕方なく茂みから出る。

「龍ヶ峰煋雅! なぜここへ。」

少女は驚いていた。

「いや、なんとなく気になってさ……。」

「下がっていてください、危険です。」

少女が言った直後、敵が動き出した。

「そいつを殺せばお前も諦めがつくだろう。」

大剣を持った男が剣を振り下ろしてきた。少女が俺の腕をつかみ、跳ねてよけたが強力な風に吹き飛ばされた。

「俺のグレスは衝撃波を何倍にも増幅させて相手にぶつけることができるのだ。こんなふうにな。」

再び大男は大きく薙ぐ。

「危ない!」

少女がこっちに走ってきて、俺を突き飛ばした。

 刹那、

――ブワン

さっきまで俺が立っていた場所を何かがものすごい速さで通り抜け、直後顔に生暖かい液体が降りかかった。

顔に着いた液体をぬぐった直後、その液体を見て俺は恐怖した。

「あ、あ、ち、血だ!」

ふと横を見ると、その少女の右腕が大きく裂け、鮮血があたりに飛び散っていた。

「おい、大丈夫か⁉」

「はい、だい、じょうぶ、です。」

そういいながらも苦痛に顔をゆがめている。よく見ると、その切り傷だけでなく服はそこらじゅうが焼け、傷も腕、肩、太もも、頬にまであった。立っているのもやっとのようだ。

俺がここにくるまでの間もずっと戦えずに逃げ回っていたのか?

「あんたらなんでこんな、小さな女の子を襲っているんだ! 武器も持っていないのに男二人がかりで卑怯だぞ!」

少女をかばうように前へ出る。俺の言葉に大剣の男が答えた。

「卑怯で何が悪い。これが仕事なんだ。俺たちはこいつを殺さねばならない。それに、お前はこいつの契約の申し出を断ったそうじゃないか? それなのになぜ、まだこいつに関わろうとする?」

「……っ。」

何も言い返せない。

「お前は引っ込んでなぁ!」

ナイフの男がこっちに火を放った。

「うわっ」

当てるつもりは無かったようだが条件反射で後ろに下がってしまう。

「お前はこいつが殺されるのを見ていればいいだけだ。俺たちはお前を殺す必要はない。すべて忘れて普通の生活に戻ってこちらの世界には二度と関わるな。」

俺は今の大剣の男が言った言葉に引っ掛かりを覚えた。

……ん、今こいつ、“こちらの世界”って言ったよな?

「おい、こちらの世界っつうのはどういう意味だ?」

俺の問いかけにまたしても答える大剣の男。

「そのままの意味だ。この世界とは別の世界だ。

(つるぎ)世界(せかい)<剣の世界(グレイシス)>

この世界から見たら“異世界”といったところだな。そこの女は<剣の世界>の人間で、俺たちの依頼主にとって邪魔な存在だから、殺されるということだ。」

「そうそう、お前のような“異世界”人には全く関係ないんだよ。」

ナイフの男は今にも襲ってきそうだ。

俺の理解を大きく超えたが頭の中を整理して考え直す。

ってことは、こいつらは俺の住んでいる世界とは、全く別の“異世界”のやつで、この女の子がこの世界に逃げ込んできたってことなのか?あの穴は<剣の世界>とかいう異世界につながっていたのか。そんで、女の子を追って殺し屋が来たってわけか。

「って、そんな嘘みたいな話、すんなり信じられるか!」

「信じなくてもいい、だが、これは現実だということを覚えておくんだな。」

大剣の男に剣の腹で頭を殴られ、激痛がはしり、頭から血が流れる。意識がもうろうとし、視界が霞む(かすむ)。

目の前では、満身創痍の少女があの大剣で潰されようとしている。

少女はすでに力も尽きて動けず、敵の刃に怯えている。

俺は、この時初めて大剣の男が言ったことが本当のことだと悟った。

違う、これは遊びなんかじゃない……こいつら本気でこの女の子を殺そうとしているんだ……

そう思っても体は動かない。

何が正義のヒーローだ、俺は女の子一人助けられないじゃないか。所詮妄想に過ぎなかったんだ。俺はできもしないことに憧れていたんだ。現に今は痛みに全身が震えている。

はは、こんなことならもっと体を鍛えときゃ良かったな……

突然、小さいころに父さんに言われた言葉が頭の中に浮かんでくる。

『煋雅、女の子は強気に見えても心の奥底では怖がりなんだ。目の前に泣きそうな子がいたらどんな子でも助けてあげなさい。たとえ自分に力がなくとも、全力で守ってあげるんだ。』

刹那、俺の体は勝手に動いていた。大剣の男に全体重で体当たりを食らわした。

「っぐ!?」

大剣を構えていた男が不意を突かれ体制を崩す。

「こいつは俺のパートナーだ。これ以上手、出すんじゃねえ!」

額から血を流しながら、自分でもなんでこんなことを言っているのか驚きだった。

「龍ヶ峰、煋雅? 私との契約は、断ったはずでは、ないのですか?」

驚きと困惑が入り混じったような声音で少女が問う。

「そんなことはもういい。俺と<双剣の誓い(デュアルレゼリション)>を結んでくれ。俺はお前を助けたい。どうすれば誓いを結べるんだ?」

「口づけです」

「はぁ⁉」

こいつ今なんといった?

「わかりませんか? キスです。」

「いや、意味はわかっているよ! その、キスしないと契約が絶対結べないのか?」

「契約の結び方はそれぞれです。共鳴(ハウリング)握手(クロサー)、拳をぶつけあったり、キスよりも高位な契約方もあります。」

「握手じゃ、だめなのか?」

「私と龍ヶ峰煋雅、あなたとの契約はキスでないと契約できません。」

ノオオォォォォォ…………ってこんなことしている場合じゃなかった。

「あーもう、わかったよ! やればいいんだろ。

あと、俺のことは煋雅、って呼んでくれよ。で、お前の名前は?」

「シャロンです。シャロン・フェリエンスです。私もシャロンと呼んで下さい。」

「契約は具体的にどうすればいいんだ?」

キスするだけならそこらじゅうの人が契約できてしまう。

「相手のことを心の底から思って口づけをしてください。」

「う……わかった。」

今は構っている場合じゃねぇ……早くしないととこの子が殺されちまう。

契約のためにお互いに向き合う。瞳が透き通った綺麗なブルーだった。

「何をするんだ。女の子を助けて恰好でもつけたいのか?

 生かしておこうと思ったがお前を先に殺してやる……」

敵は既に立ち直り、剣をかまえている。

「煋雅、急いでください。」

「わかった。

シャロン、これからよろしくな。」

「はい、よろしくお願いします。煋雅。」

そこでシャロンが初めて微笑んだ。シャロンのあどけなく、可愛い顔がとても近くにあり少しばかり胸が高鳴った。

 俺、この子に惚れちまったみたいだな……これが一目惚れか。

シャロンにキスをすると同時に敵の大剣が振り下ろされた。

――――――――――

しかし、

――ギィン

何かに敵の剣が弾かれていた。

「なんだ⁉」

突然のことに思わず声を上げた。

「煋雅、あなたの<(グレス)>が召喚されたのです。煋雅の心がそのまま形になったような<剣>ですね。」

そこには一本の剣が浮いていた。

真一文字の刀身に、刃は両端で銀色に鈍く光り、刃の根元には微かに文字が刻まれている。鍔には紋様が走り中央には爛々(らんらん)と光を放つエメラルドグリーンの宝玉。柄はどんな暗闇も切り裂くであろう金色の光を放っていた。

さらに、体のほうにも変化が起きた。先ほど受けた傷が完全にではないが癒え、体の奥底から力がみなぎってきた。

俺は目の前に浮かぶ剣を手に取る。ずしりと重さがあるが、しっかりと持って振ることができる。

「なに? <双剣の誓い>……だと?」

「俺は、お前を倒して、シャロンを守る!」

気合十分、敵に対峙する。

「口先だけなら何とでも言える。剣を握りたて、契約したてのお前に何ができる?」

大剣の男の問いかけに返事をせずに飛び出す。

「はあぁぁぁぁ!」

敵の懐に入り、剣を薙ぐ。後ろにかわされたが相手の腹を軽く切った。

「速い……が、それだけではな!」

大剣の男が体制を立て直し、今度は相手から突っ込んでくる。とっさのことで反応が遅れてしまい、思わず剣で受ける。

「うう、お、重い。」

「当たり前だ。お前とは経験と剣を握った時間が違う。諦めろ。お前は勝てない。」

そう言ってさらに大剣に力を込めてくる。

「甘く見るなよ。こっちだって剣は握っていたんだ!」

相手の剣をはじき、切り上げる。

――ザッ

大剣の男の頬を切り裂いた。

「……なるほど、契約したてでこの強さか……やはり危険だ。」

その直後、男が何やらつぶやきを漏らした。

「俺の攻撃はまだ終わってねぇぞ!」

剣道で鍛えた剣捌(さば)きで相手を攻撃する。

 ――ガン、ガン、ギン、

「はあぁぁ!」

――カァン

ひときわ大きな音が鳴り響き、相手の構えていた大剣が大きく弾かれ、前ががら空きとなり、隙ができた。

――ザンッ、ザンッ

連続で相手の右肩と左ももを切り裂く。

「ぐあぁぁ!」

相手がバランスを崩し、腰を着く。

「これで終わりだ、はあぁぁぁぁぁ!」

そして、とどめというところで手が止まる。

俺が、人を殺すのか? そんなこと、できない……でも、こいつはシャロンを……

「やはり甘いな。」

再び敵が立ち上がり、大剣を振り回す。思考が働いてなくて回避が遅れたため、肩を切り裂かれた。

「うがっ⁉」

慣れない痛みに思わず膝をつく。そして、顔を上げたその時に初めて気づいた。ナイフの男がシャロンの所へ向かっていた。

そうだ、敵は二人だった!

傷が俺のように治癒しているなら動けるはずのシャロンだが、俺と大剣の男の戦いを先ほどの座り込んだ状態のまま心配そうに見ている。

敵の接近に気付いてない⁉

ナイフの男は今にも刃を振り下ろそうとしている。

俺はいったい何をやっているんだ! シャロンを守るために戦っているのに、これじゃ全く意味がないじゃないか……くそっ、このままじゃシャロンが!

「や、やめろぉぉぉぉ!」

自分の手の中にある剣を握りしめ、叫んだ。

突如、手の中の剣が光だし、光の矢が短剣の男へと降り注いだ。

「な、なんだこれは⁉ ぐわああぁぁぁぁ――」

突然のまばゆい光にナイフの男が焦りの声を上げた。そして、その男は跡形もなく消え去った。

「これが、お前の<剣>の力……」

「い、今のは⁉」

この出来事に相手は言葉を失っていたが、俺はそれどころではなかった。人が一人、自分の力のせいで消えたかもしれないのだ。落ち着いていられない。

「さ、さっきの男はどうなったんだ?」

「詳しくはわかりませんが、まるで蒸発するようでした。」

やはり無表情に淡々と述べた。

「やはり契約を結ばせるわけにはいかなかったな。

 お前は力をつける前に俺が潰してやる。」

大剣の男はそう言って先ほど俺が見た靄を生み出し、その中に入って消えた。

そして、あたりには静寂が訪れた。

「終わった……のか……」

「そのようですね。」

 俺の無意識の独り言にシャロンが反応した。

「シャロン、大丈夫か?」

「はい、煋雅が、私のことを守ってくれたので。」

屈託のない笑顔で言われた。心臓が高鳴っている。こんな経験は初めてだ。

「はあぁ、俺、生きている。とりあえず保健室に行くぞ。歩けるか?シャロン。」

「はい、ですが先ほど足も切られてしまって痛いので、肩を貸していただけますか?」

シャロンが少し甘えたような声で聴いてきた。

「いいよ。」

実際はさっき切られた肩が痛いけど、ここはシャロンのためにも我慢我慢。

シャロンはとても軽くてやわらかくて、女の子なんだと改めて思った。さっきはあんな奴らと戦っていたのに今はこんなに甘えて、まるでさっきの出来事が嘘のようだ。

保健室に着いたときは、幸いに保健の先生がいなかった。

優しい先生なんだが、傷は浅くてもこんな血だらけでで教室に入ったら怪我の原因を尋問される。とりあえず傷薬と絆創膏を手に取る。

「傷をこっちに向けてくれ。」

シャロンが素直に傷を出す。

「あれ、傷が浅いね?」

「はい、恐らく、煋雅と<双剣の誓い(デュアルレゼリション)>を結んだことにより、自己治癒能力が上昇したようです。」

俺の傷が浅くなっていたのも恐らくその影響だ。

「そうか、ちょっとしみるけど我慢してくれよ?」

消毒液をシャロンの足の傷へと垂らす。

「ひゃう!」

かなりしみるようだが我慢している。

こうやって見ると、本当にただの可愛い女の子なんだけどな。

傷の手当てを終え、俺たちは帰ることにする。

「シャロン、これからどうするんだ?」

「私は一度<剣の世界(グレイシス)>に戻ります。ですが、必ず煋雅の元へ戻ります。」

「そうか、んじゃ、またな」

シャロンは笑顔で先ほどの靄を敵と同じように生み出し、中に消えていった。

「さて、これでひと段落かな。」

こうしていつも通りの帰り道を歩いていると、さっきまでのことが悪い夢のように思えてきた。

「夢、なのかな……」

さっきのシャロンが見せた笑顔が頭に残っているが、今はもう考える気力が残ってなかった。

「帰ったら寝よ。」

歩きながら一言こぼした。

家につき、玄関で靴を脱ぎすて、俺はそのままベッドに飛び込み、数分もしないうちに深い眠りに落ちていった。


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