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魔人殺しと人殺し  作者: remono
第一章 魔人狩りの集団
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魔人殺し

 昼食のパンを食べ、鍛錬にいそしむ。いい加減疲れてきた。一休みと思ったら、またイナンナがどこからともなく現れた。生霊には昼も夜もないらしい。よくよく考えれば当たり前のことだったけれど、私はちょっぴり動揺した。そんな私の様子を見てイナンナは可笑しそうに話す。


「うふ、うふ、うふ、名無しさん。面白い提案をしたものね」

「提案?」

 鍛錬の疲れで頭がいっぱいになっていた私は何のことだと思う。

「ほら、ほら、ほら。魔人同士で子供を産ませるって言う話」

「ああ……」

 そんなことも話してたっけ、老人に一喝されたけど。あれはちょっと考えればわかることだった。私も同じ立場なのだから。魔人ドラコフを滅ぼすために生かされている半魔人。


「ねえ、ねえ、ねえ。それってすごくいいわ。あなたはそう思わない?」

「いいや、もう思わない」

 私はきっぱりと言った。イナンナは私の周りをぐるぐる回りながら不思議そうに声を出す。


「あら、あら、あら。あの老人に怒られたからって気にすること無いのよ。生霊達はその提案をみんな喜んでいるわ。大はしゃぎよ」

「そう……だけど無理」

「ふふ、ふふ、ふふ。無理じゃないのよ」

「それはどういう?」

「ほら、ほら、ほら。つまりぃ、あなたが産めばいいのよ」

 少しもじもじしながらイナンナ。

「私?」

「そう、そう、そう。そうすればいいのよ。提案をしたあなたが産めばいいのよ。それが筋というものでしょう?」

「その提案ならもう撤回した!」

 私は叫び、詰問するように言葉を続ける。

「それにどうやって霊所に入るのさ!」

「あら、あら、あら。霊所になんか入らなくても子供は産めるわ」

「それってどういう……」

「うふ、うふ、うふ。秘密よ。今夜が楽しみね」

 それだけ言うとイナンナは消えてしまった。

 私は得体の知れない恐怖にさらされる。

 魔人の子を産まされるだって? ……過去の自分の浅はかな提案を恨む。けれどそれで彼等が救えるのなら……。いや老人の言うとおり生まれた子はどうなる。この手で殺すのか。また思考がぐるぐる巡り、気づけば夕食の時間になっていた。老人が小窓から皿を下げパンを載せて戻す。

「おじいさん」

 そんな老人に私は呼びかける。

「なんじゃかしこまって。昼の威勢はどうしたんじゃ」

 私はイナンナが話したことを老人に告げる。

「ふむ……。生霊は人間に触れられないはずじゃがな。物も持てん。そのイナンナがおぬしをからかったのではないのかの」

「でも!」

 そう叫んで私は食い下がる。老人は本気にした様子もなく私に向かって笑みを浮かべて言った。

「まあ口は災いの元と言うからの。阿呆なことを言ったお前さん自身を呪うがいい」

「そんな……」

「もし万が一孕んだら儂がお前さんごと介錯してやるでな。安心するがええ」

 はっはっはっと笑いながら老人は姿を消した。私は一人になる。急に不安感と腹痛に(さいな)まれる。夕食のパンも食べる気にならなかった。眠る気にもなれない。ただひたすらにベッドの上で縮こまっていた。

「……」

 昼の鍛錬で疲れていたのだろう。意識が落ちかける。なんとかして維持する。生霊達はまだ現れない。けれどどうしても眠気が――。



 気がつくと私はベッドに仰向けに横になっていた。手足を動かそうとしたが動けない。金縛り? と思ってなんとか視線だけでも動かして左手の方を見る。そこには生霊の顔が。

「!」

 私は叫び声を上げようとしたが声が出ない。よく見ると口を生霊の手で塞がれている。つまりこれは金縛りではなく。

「つかまった……」

 心の中で呟く。そんな視線の中にイナンナの嬉しそうな姿が浮かんでくる。

「うふ、うふ、うふ。どう? 生霊に捕まった気分は」

「どうしてこんなことが……」

「あは、あは、あは。それは簡単。簡単な答え。あなたが魔人の血を引いているからよ」

 事実は単純であっけない物だった。

「だから子供も作れる」

 広げられた股と股の間に立った男の生霊がそんなことを口走る。これはまずい。何とかしなくては。うん? 捕まっている? 触れられていると言うことは逆に触れることも出来るというわけで。



「なら」

 心の中で思い、力を込める。触れるならば私の魔人の人並み外れた腕力で外せるはず。けれど。

「外れない?」

 驚愕の表情を見たのだろう。イナンナが私を見て笑う。

「ふふ、ふふ、ふふ。無理よ。だって掴んでいるのも魔人ですもの。あなたと同じ、いやそれ以上の力を一人一人が持っているわ」

「く……」

「こんなことはしたくはないが、死ぬためなんだ許しておくれ」

 股の間にいた男がずるずると私に近づく。

「やめろ!」

 私は必死に暴れる。それでもやっぱり外れない。逆にますます強く締め上げられる。手足の先の感覚がなくなって痺れて行くのを感じる。

「ゆるしておくれ、ゆるしておくれ」

 そうはいわれても暴れる。必死になって。ますます拘束は強くなるばかりだ。


 すると。

 左手の拘束がすっぽり解けた。左足の拘束も。私が半魔人だからだろうか。おそらくあまり強く捕まれていたのでうっ血して血が薄くなっていたのだろうか。


――それならば。

 浮いた左足で私の股の間に立つ生霊を蹴り飛ばし、左手で口の拘束をほどく。そして大声で叫んだ。

「おじいさん! おじいさん!」

 わずかの間があり、老人が顔を出した。この状況にわずかに驚愕の表情を浮かべたが、迷わず私を拘束している生霊に聖餅(せいべい)を投げつける。聖餅(せいべい)は生霊に当たるとじゅわじゅわと生霊と自分とを溶かして行く。生霊は悶え苦しみ、拘束が弱まった。

 私は生霊がひるんでいるうちに残りの拘束を外し脱兎の如く老人に駆け寄ってその身を庇う。老人は私に言った。

「お前さんの話を思い返してピンと来てな。扉の外で待ち構えていたのじゃよ。まあ少し眠ってしまったがの。お前さんが暴れてたおかげで目が覚めたわい」

「ありがとう……おじいさん」

 私は感謝の言葉を老人に伝える。老人は私を庇うようにして立つと言った。


「さて、ここにいる生霊、どうしてくれようか」

「触れられる私なら、生霊を退治できます」

「そうか。ならそうしてやれ。それがたむけじゃ」

 近づいてきた生霊の腕を掴み背後に回ると右腕で首を締め上げる。ヴィザリオ師に習った格闘術だ。そして魔人の血が濃い右の腕でそのまま頸骨を折る。そうすると生霊はさらさらと粒のようになって下に落ち、かき消えた。


「死んだ」

「死んだわ」

「死んでしまった」

 生霊達は口々に言う。私は答えた。少し殺人――いや殺魔人に酔って。


「あなたたち死にたいんでしょ。今すぐ殺してあげる」

 そうすると生霊のほとんどはわたしに近づいてくる。これには私も老人も驚く。けれどもそれは敵対行動ではなかった。


「はやく、はやく、殺してくれ……」

「わたし、わたしが先よ!」

「はやく苦しみから逃がしてくれぇぇぇぇぇ!」

 押し寄せる苦しみに満ちた生霊の波。

「お前さん、どうする?」

 老人は慌てていったが私は冷静だった。いや酔っていたのかも知れない。老人に向かって答える。

「全員殺します」

 そしてその通りにした。一晩掛けて生霊の首の骨を折って折って折りまくった。

 最後の一体が消えるころにはすでに夜明けが近くなっていた。私はひどく疲れ、ベッドに倒れ込む。少し離れていたところで見ていた老人が近づいて私に言う。

「たいしたもんじゃ」

「もう右腕が動かない……」

 私は本音を言った。

「それじゃあ儂は霊所の様子を見てくるからの。お前さんは大活躍じゃったんだから、そのままゆっくり休むとええ」

「はい……」

 呟くと同時に私は眠りに落ちていった。



 目が覚めると老人が(かたわ)らにいた。

「ずいぶん疲れていたようじゃな。儂が話しかけても微動すらせんかった」

 老人は愉快そうに言う。

「霊所の様子はどうでしたか……?」

 私が尋ねると老人は呵々大笑(かかたいしょう)した。

「まったくもって静かなものじゃよ」

「ではあの生霊達は死ねたのですね」

 私が言うと老人は少し考えた後言った。

「まあ肉体的には生きてはおるが、魂的、精神的には死んでいると言ったところかの」


「……」

 これで良かったのだろうか。一抹の疑念もあったが、老人に背中を強く叩かれ、私は我に返る。

「よくやったぞお前さん。あれだけ悲惨だった霊所が見違えるようになった。まあ見た目はあまり変らんがの」

「そうですか」

 なぜだかあまり嬉しくない。なぜだかわからないけれど。けれど多分これが私にできる精一杯なのだと思う。思うことにする。


「もう一つ良いことがあってな」

 老人はそんな私の気持ちも知らないで言葉を続ける。

「……なんですか」

「ここから出ても良いとの大僧正のお言葉じゃ」

「え、それじゃあ……」

「うむ。今回の功績を高く評価しておる。ということじゃな。おそらく大僧正もあの状況には心を痛めていたのではあるまいか? それをおまえさんが解決した。誇って良いことじゃと思うよ」

「そうですか……」

 大僧正が『無期限』と言ったのはこういう目論見があったのだろうか。私が考え込んでいると老人は不思議そうな顔をして私に言う。

「なんじゃ、あまり嬉しそうじゃないのう」

「まだ残っている生霊もいるから……」

 私が言うと諭すように老人が言う。

「奴らはそれでも生きることを選んだんじゃ。お前さんが気に病むことはない。そうではないか?」

「はい……」

「それではさっさとここから出て行くがええ。もうおぬしは自由じゃ」

「あの……本当に……?」

 疑い深く私は聞く。

「ああ、本当じゃよ」

 老人ははっきりとした口ぶりで答えた。

「自分の足で歩いて?」

「当たり前じゃ」

 どうやら本当らしい。見れば牢屋の扉も開いたままだ。

「……わかりました。さようなら。おじいさん」

「おうおう、もう二度と会わないことを願っておるよ」

「はい……」

 私は立ち上がる。そうして牢屋から出て地上に向かう道を真っ直ぐに進んでいった。見張りの人も何も言わずに通してくれた。最後にもう一度振り返る。にこやかな老人の姿とそして白い生霊の姿。

「イナンナ!」

 私は叫ぶ。けれどイナンナは何も言わずただ寂しそうな顔をして消えていった。


「……」

 イナンナはずっとあの霊所で生きるつもりなのだろうか。それを思うと哀れで今すぐ戻ってイナンナを殺してあげたいという気持ちが湧き上がる。けれど、それは、私にはできない。魔人とはいえ死にたくないという者を殺すなんて出来ない。私にはできない。

「リューシカ!」

 そんなことを考え込んでいるとなつかしいソーニャの声が聞こえてきた。

「ただいま。ソーニャ」

 私はそれだけ言ってソーニャに体を寄せる。きっと私はひどい臭いだったろうけど、ソーニャは我慢してくれた。

「お帰りなさい、リューシカ」

 そればかりか私に笑顔をくれる。それだけで涙が出そうになり、私はこっそり、いやソーニャにわかるぐらいの声で嗚咽した。


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