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魔人殺しと人殺し  作者: remono
第一章 魔人狩りの集団
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査問会

 二台の雪車(そり)は道中何事もなく寺院までたどり着いた。私の肩の傷もそれまでに消えて無くなった。厚い防寒服に穴が空いてそこから吹き出した血の乾いた痕跡が残っている以外は、何もかも。

 一行は雪車(そり)うまや係の者に預けると、私を取り囲んだ。そうして私も含めてハドロフ司教の指示を待つ。



「……」

 司教はただ無言で頷いた。了解した随員達の手によって私は取り囲まれるとその上背中にライフルを突きつけられ、押されるように寺院の中に入って行かされる。これから報告があり、そして査問が始まるのだ。

 おそらく帰りを待ちわびていたのだろう。外に出ていたソーニャが物々しい様子に驚いて口に手を当てる。

「どうなされたのですかリューシカ? それにみなさんも」

「なんでもないよソーニャ。ただ……。

 わたしは努めて明るい声を出す。それを後ろの男が遮った。

「あとでじっくり話してやるよ」

 私にライフルを突きつけている男がにやにや笑ってソーニャに言う。私はどこかその言葉に嫌悪感を覚えた。



「お前たち、ソーニャに何をした」

「テメエは知らなくていーことだ」

 コツンとライフルを背中にぶつけられる。私は軽くよろめいた。

「リューシカ!」

「ほら、お前もどっか行っちまえ。魔人の血を引いた奴と仲良くしているとろくな目に遭わねーぞ!」

 そういって今度はライフルをソーニャに向けようとする。よろめいていた私は怒りで反射的に動こうとしたその時。



「遊ぶな」

 ヴィザリオ師が静かな声で言い、慌てて男はライフルを私の背中に構え直す。別にライフルなど怖くはないが、ヴィザリオ師の声は怖かった。事実彼の手にかかれば私や男はあっという間に五体バラバラにされてしまうだろう。皆それを知っているから、一様に沈黙した。私も姿勢を正し大人しくする。それを確認してヴィザリオ師は肩の力を抜いた。一行も同様に肩の力を抜く。



 そうして口に手を当てたままのソーニャを置き去りにして私達は寺院の中へと入っていった。


「さて、まずは報告じゃの。ヴィザリオ、リューシカは個室に閉じ込めておけ」

 ハドロフ司教がそう言い、もう一つの雪車(そり)のリーダーと一緒にクリエムヒルト大僧正のいる部屋へと向かった。

 残された私は言われたとおりに寺院の小さな個室に閉じ込められ、見張りとして当のヴィザリオ師が志願した。私は壁越しにヴィザリオ師に言う。


「さっきはありがとうございます」

 そう言って私が感謝の気持ちをヴィザリオにつたえるとしばらくの沈黙の後に返事が返ってきた。


「オレにできるのはこれくらいだ」

 裏を返せば査問会で庇うつもりはないのだろう。私はそれを承知した。ヴィザリオ師は無口で口下手だ。長いつきあいで私はそれをよく知っている。これが彼の出来る精一杯の擁護なのだろう。


「感謝を。ヴィザリオ師」

 今度は返事はなかった。査問まではまだ時間があるようだった。私は部屋にあるソファに座り、目を閉じ何かを考えようとしたのだが、いつの間にか眠りに落ちてしまっていた。


 唐突に部屋の扉が開く。眠っていた私は目を覚まし、私を起こした人物を見る。

「おうおう、緊張で震えておると思えばぐっすり眠っておるとはリューシカは大した大物じゃの」


 笑顔のハドロフ司教だった。そして司教は笑顔を消すと私に言った。

「リューシカ。査問会の始まりじゃ」

「はい……」

「しっかり立てるか? 起きておるか? 何か飲むか?」

「いりません……。大丈夫です」

 私は自分の二本の足で立ち上がり、ハドロフ司教を睨むように相対する。

「それでは、ゆこうか」

 ハドロフ司教はそんな私のことを気にした様子もなくいつもの笑顔で言った。

「……」

 私は無言でうなずきハドロフ司教の後について行く。私の後を護衛の随員が固める。


 そして控え室で手と足を縛られ、私は査問会が行われる部屋に二人の男の手によって運ばれてゆく。その間私は一言も口を聞かなかった。運ばれるとき薄い胸の部分を持たれても何も声も上げなかった。上げる必要などないことだ。



 査問会の場所は円卓の部屋だった。普段は会議などに使われる場所だ。部屋に入らされるとすでに部屋から入って真っ正面にクリエムヒルト大僧正が座っている。そうして後ろには護衛の男達。ハドロフ司教は大僧正の隣に座っていた。他にもにもザイチェフ師とヴィザリオ師の姿もあった。私の席はなく、円卓のちょうど対面、大僧正の真っ正面に立たされる。

「では、査問会を始めます」

 クリエムヒルト大僧正の老いても凛とした言葉で私の査問会は始まった。

「まず罪状を」


 クリエムヒルト大僧正の言葉でハドロフ司教と大僧正を挟んで対に座っている男(たしかイーゴル司祭という男だ)が立ち上がり、紙に書かれた文章を読み上げる。

「はい。クリエムヒルト寺院の一員であるリューシカは目的の村に着くと命令を無視して発狂、ついにはハドロフ司教、ザイチェフ、ヴィザリオ両師に銃を向けるに至りました。これは重大な反抗であり、ハドロフ司教の命令でザイチェフ師がこれを処理いたしました。リューシカは生還。これらの行為は彼女が魔人の血を引いているためのものと思われます。……以上」

「リューシカ。これは事実ですか」

 大僧正が私に尋ねる。

「……はい」

 僅かの逡巡のあと私は肯定した。ざわざわと周囲が騒がしくなる。ハドロフ司教がその雑音を遮るように大声で言った。

「リューシカは初陣だったんじゃ。戦場であのようになる兵士は珍しいことではない」

「本当にそう思いますか」

 大僧正はハドロフ司教の方を向いて言う。

「可能性を言ったまでです。大僧正」

 どこかおどけた様子でハドロフ司教は答えた。対する大僧正の言葉は真剣で辛辣だった。


「血を恐れても、血に酔うことはない……、と私は考えますが」

「彼女には魔人の血が流れております。それを考慮しないと。……その特性も、欠点も」

 大僧正の言葉にハドロフ司教がこんどは重々しく口を開く。

「ハドロフ司教、あなたは彼女の血を餌に魔人を呼び寄せようとしましたね」

 今度は私達と一緒に村に行ったもう一台の馬雪車うまぞりの隊長が問いかけた。

「それがどうかしたかね? ダヴィード司教」

「ずいぶんと悪辣な手段を取る割に彼女のことを庇うのですね」

「良い質問ですな」

「質問ではありません!」

 ハドロフ司教の言葉にダヴィード司教は机を叩く。

「使えるものは使う。それがわしの信条です。そしてリューシカは役に立つ。それだけのこと」

「道具……と言うことですか」

 唖然とするダヴィード司教。私はと言えば特に感慨はなかった。

「そう取っていただいてもかまいませんな」

 ハドロフ司教はそう言うと今度は大僧正に向き直り発言した。

「大僧正。そしてわしはリューシカを庇います。なにしろ彼女は重要な武器であり、道具ですからな」

「そうですか」

 聞き流すように大僧正。そして言った。

「たとえあなたたちがリューシカを庇ったとしても他の随員(ずいいん)たちから全て聞いています。過剰な庇い立ては不幸を招くことになりますよ」


「……」

 ハドロフ司教は押し黙った。代わりにザイチェフ師が口を開く。

「俺がリューシカが撃ったのはあいつが構える前だ。実際に撃つつもりだったかは誰にもわからねえ」

「それで、庇ったつもりとでも」

 横から口を挟むダヴィード司教。

「いや、別に……。ただ、本気だったかは誰にもわからねえってことだよ」

 ザイチェフ師は最後は口ごもるように答えた。クリエムヒルト大僧正がそれらの問答を聞いて私に向き直る。

「リューシカなら知っているでしょう。リューシカ。あなたに尋ねます。あなたはあの三人を撃つつもりでしたか」


「……」

 私は沈黙する。いや考える。あの時、私は本当に三人を撃つつもりだったかどうかを考える。

「答えなさい」

 大僧正は問いかける。私は考える。考える。……そして答えは案外すぐに出た。


「はい。おそらくは」

 私はクリエムヒルト大僧正の瞳を真っ直ぐに見てそう答えた。

「おい!」

 悲鳴のようなザイチェフ師の叫び。大僧正が叱責する。

「お黙りなさい」

「ちっ……」

 大僧正の言葉に下を向くザイチェフ師。

「本人が認めた以上、殺意があったものと認定します。……他に何か意見のあるものはおりますか?」

 クリエムヒルト大僧正の言葉に場が静まりかえる。大僧正は周囲を見渡し、これ以上意見がないことを確認すると私に言った。

「リューシカ。反逆の罪であなたを地下牢送りとします」

「……期限は」

 ハドロフ司教が問う。

「いまのところ決めていません」

「なんですと!」

 司教は彼には珍しく大声を出した。

「何か私の決定に不服があるのですか」

「リューシカ。あなたには期待していたのですが。所詮魔人の血を引く忌み子にしか過ぎなかったようですね」

「まってくだせえ。あそこは霊所に近けえ。封じてある魔人から悪い影響を受けちまいますぜ」

 大僧正の言葉にザイチェフ師が必死に食い下がる。

「それも承知」

「承知って……大僧正様……」

 呆然とするザイチェフ師。

「これは試練でもあります」

 クリエムヒルト大僧正は高らかに言った。

「彼女が人でいられるか、それともただの魔人の眷属でしかないのか、の」

 私はその言葉をはっきりと聞いた。そうだ。試練だ。私の人生とは生まれ落ちた、いや受胎したときからの試練の連続なのだと思い返しつつ。



 やってやろうじゃないか。私は思う。そして自分が人であることを証明する。

 ――だが何のために?

 一瞬心に開いた黒い穴が私の心を深みに引き込もうとする。私は目を閉じその黒い穴を消し去った。

 けれどもきっとこれからも何度も何度も現れるだろうその問いに、私は返す言葉を見つけなければならない。これから向かう地下牢でそれが見つかるだろうか。

 それとも――。

 私の心は不安に揺れて、倒れそうになる。目の前が真っ暗になって――

「リューシカ!」

 ザイチェフ師の言葉に気がつくと一人尻餅をついていた。そして不安そうに私のことを側で見つめるザイチェフ師の顔。口を開き小声で私に言う。

「……地下牢でも銃の鍛錬を怠るなよ」

「そんな銃もないのにどうやって」

 私も小声で答える。

「どうやってでもいい。なんだっていい。とにかく鍛錬を怠るな。俺が言えることはここまでだ」

「ザイチェフ師。リューシカから離れなさい」

 クリエムヒルト大僧正の声。

「わかったな」

 最後にそう言ってザイチェフは渋々といった様子で私から離れていった。

 私は警護のものに起き上がらせられて、入ってきたときのように持ち上げられて部屋を出る。

 部屋を出て行くときにクリエムヒルト大僧正の声が聞こえた。

「では、次にハドロフ司教の査問に移ります」

 ああ、まだ査問会は続くのだ。そんなことを思いながら私は地下室へと運ばれていった。

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