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魔人殺しと人殺し  作者: remono
第三章 魔人と少女
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激突-結末

 森に入る。右手の籠手に細身の短剣を装備する。予想通り父は追ってきた。ここで私達を倒す方針には変わりがないようだ。それこそ望むところである。狙うはザイチェフ師の罠――それがどんなものまではわからないが――に父を引っかけること。私は森を迂回して進み、父は先回りしようと直線的に動く、いい感触だ。私は走り、動き、無言で父を挑発する。


「ふふふ、まだここには命の芽吹きが残っている。そこを決戦場にしたきさまらは愚か者よ」

「……」

 父が言う。そうかも知れない。けれどザイチェフ師を信じて私は走った。

「ふん、ちょこまかと、むっ?」

 父が罠にはまった。ロープが父の足に絡まりしなった枝が父をあらぬ場所へと吹き飛ばす。その途中で父はロープを切断して言った。

「罠か!」

「そうよ。だから?」

 私は父に向かって言った。


「卑怯な奴らめ、一対多でも卑怯だというのにこんな罠まで使うとはな!」

「何とでも言うがいいわ」

 そうして鉈の切っ先でぐるっと森を指してまわってから言葉を続ける。

「もうここは私達の領域。貴方は絶対に逃げられない」

 私は実際にはどうだかわからないけれどもあえて誇張して言った。

「ふん、では皆殺しにして帰るしかないな」

「もとよりそのつもりだったんでしょ」

「ああ、そうともさ!」

 真っ直ぐに父が進んでくる。と、右足に痛みを感じた。

「え?」

「死ね!」

 父の持つ右手の鉈が迫る。私はかろうじて左手の鉈で受け止めた。そうして痛みの走った右足を見る。なにか指弾を撃ち込まれたようだ。しかし、この痛み、尋常ではない。


 死が迫るような痛み。

「ふはは。どうだ、俺の血をまとわりつかせた指弾だ」

 鉈を押し込みながら父。なるほどそう言う攻撃もあるのか。しかし古くさい。でも効率的。私は右手の籠手に装備した短剣で父の目を狙う。

 父は大きく後退しまた指弾を発射しようとする。

 私は森の木々の合間に隠れる。


 そして鉈を置きヴィザリオ師の二連式散弾銃を取り出す。これが私の今の切り札だ。弾丸に私の血は込められないが威力はすでに証明済み。

 

 父が近づいてきたら発砲する。父は指弾を当てようと距離を取りながら位置を動かし私を狙う。あまり左手では距離が出ないようだ。私は銃を隠しながら木の周りを回って身を隠す。


 どっちが焦れるか。そんな勝負はどれくらい続いただろう。先に焦れたのは私の方だった。右足の痛みが限界だったせいもある。私は木の側から飛びでると父に向かって銃を構え突撃する。一発は貰う覚悟。もしくは右手の籠手ではじき飛ばす! 

 ――それがいけなかった。

 父の放った指弾が私の左肩に食い込む。激しい痛みの中、私は銃を取り出し父の側で発射。しかし。

「でない?」

「ふはは。運は俺に味方したようだな」

 昨日杖代わりにして酷使したせいか、ヴィザリオ師の散弾銃は壊れてしまっていたようだった。

「そんな死人の武器に頼っているから!」

 父が渾身の力で鉈を振るう。右手の籠手で受け止めたが、私はそのまま吹っ飛んだ。さっきまで自分がいた樹に叩き付けられる。なんとかさっき置いた鉈を拾うが。左腕と右足に力が入らない。反対に父は無傷。逃げた方が良さそうだ。私は父から距離を取る。

 父はまた先回りで私の逃げ道を塞ごうとする。ザイチェフ師の罠が怖くないのだろうか。それともどんな罠でも自分にとってはたいしたことないものだとでも思っているのだろうか。 左手と右足はずんずん痛む。これでは勝負になりそうもない。

 私は鉈を何とかしまい軽い銃に持ち替えて父と応対する。これが今の精一杯。近づく父に銃を連射する。しかし弾は掠っただけ。弾丸も尽きた。再装填。しかしその前に父の手が私の銃を掴んでいた。そのまま奪い取り遠くへ投げ捨てる。そして乱杭歯を見せて笑った。

「馬鹿め、なぶり殺しにしてやる」

 父が私の体を蹴り飛ばす。また遠くへ吹き飛ばされる。私は何とか立ち上がり逃げようとする。その左足に指弾が命中。体勢を崩して倒れ込む。私は這って逃げようとする。そんな私の背中に父の声。


「いいぞいいぞ! その滑稽な姿!」

 そうして父は鉈を懐から出した。絶体絶命。私は樹にすがりつくと立ち上がり、何とか父の方を向く。そうして気づく。この樹、ザイチェフ師が罠を仕掛けた樹だ。


 ザイチェフ師。何をしているのだろう。そんな考えが一瞬頭をよぎったが、くだらないと一蹴する。ザイチェフ師はここにいる。この罠がザイチェフ師だと思え。私も魔人の端くれだ。少しは傷も癒えている。あと一振りは鉈を振れそうだ。そうして右手。戒められた籠手には短剣が付いている。これだけあれば。

 ――せめて一太刀でも。

 さあ踏むんだ。罠を。それに賭けるしかない。……何が出るか。

 そして父が罠を踏む。降ってきたのは聖餅だった。


「聖餅か。陳腐なっ!」

 罠にはまった父が言う。

「もらった!」

 私は聖餅に気を取られた父に大ぶりに鉈を振るう。これが渾身、最後の一撃。

「甘い!」

 しかし軽く躱されそのまま肩を掴まれた。持っていた鉈が手から滑り落ちる。

「その聖餅、自分で喰らえ!」

 そうして聖餅が落ちてくる方に投げ出された。私は思わず身をすくめ、父はせせら笑う。

「やはりお前も、これが怖いか」

 そうだ。私はこれに肌を焼かれる。だから戒めてある右手でしか触れないようにしていた。それが上から私めがけて降ってくる。そのうち一個は避けられない!

「くっ」 

 私は右手を差し出す。そうして小手から出た細い刃で聖餅の中心を貫いた。

 そうして父に向かって投げつける。焼き立ての種なしパンを投げるように。


「ふん」

 聖餅は父の上着のあたりに付いた。これではせっかくの聖餅の効果もない。そのままころころと父の服をころげ落ちる。そうして父はそれを足で踏みつぶした。

 万策尽きた。私は倒れ込む。父は笑った。


「くだらん罠だ」

「そうだな」

 応答の声があった。ザイチェフ師だ。それを知らない父が誰何(すいか)する。

「誰だ!」

「その罠をはったくだらん奴だよ」

「そうか。ではお前から殺してやる」

 そう言ったものの突然父の体が動かなくなる。苦しそうに足を付き、体を掻きむしり、父の顔が崩れ始め父は慌てて左手で自分の顔を押さえた。そしてザイチャフ師を見上げ言う。

「貴様! 何をした?」

「聖餅を粉にしてばらまいている」

 小さく呟くザイチェフ師。


「くっ」

 お返しとばかりに右手を突き出す父。あれは赤槍(せきそう)を発射するサイン。

「おっと」

 ザイチェフ師はその前に木に身を寄せて姿を隠す。そうして粉状になった聖餅を風上から飛ばし続けた。

「おのれ、卑怯だぞ!」

 右手を差し出したまま左手で顔を押さえながら父。ザイチェフ師はそれには答えなかった。ただ聖餅の粉を風に飛ばし続ける。

「ぐぉおおおおおお!」

 父が悶え苦しむ。そうして右手を天に掲げる。

 いまこそこれを使うとき。私は鍵を取り出し右手の縛めを解いた。そして父と同じように天に掲げる。太陽よりも高く。

赤蛇アカシャ!」

 そして私は高らかに宣言する。

アカ……、何ぃ?」

 今こそその言葉を言おうとしていた父が驚いて私を見る。私の右手から赤い蛇が伸び……天で弾けうねる赤蛇となり、この辺りにいる全ての生きとし生けるものめがけて突き刺さった。動植物に至るまで、全ての命を奪う。命の息吹を感じる。膨大なほどの。私は目を閉じた。僅かな冥福。そんなものはないか。彼等は私の命の糧となったのだ。目を開いた。力が心の底からみなぎってくる。

「これでこの辺りの生き物は全ていなくなったわよ。父さん」

 生き物から奪った力を感じながら全身に感じながら私は言った。

「リューシカ……おまえ……」

 頭に被った魔人の皮で無事だったザイチェフ師が呟く。

「さあ、それじゃあ最後の時。覚悟しなさい」

 私はそれには答えず私は立ち上がり鉈を持つ。そしてその刃をを自らの血で染め上げ、聖餅の粉が吹き止んだ風に吹かれ、父の元へと歩いて行く。父を見る。聖餅の粉で灼かれた父はまるでひ弱な幼児のように見えた。両手で鉈を構える。両手を使うのは生まれて初めてのことだ。父が私を見る。怯えている。父でも死ぬ前には怯えるのか。そんな感慨を抱いた。だから。


「何か言うことはある?」

 尋ねた。最後の別れだ。聞いておくのも悪くないと思いながら。

「殺さないでくれ」  

「何故?」

「……死にたくない」

「そう」

 父から目を離さずに言う。

「……なあ、このまま二人、それぞれ別の場所で暮らさないか?」

 父はそう懇願した。

「別の場所?」

「そうだ。そうすればお前も私もいつまでも生きていられる。楽しいと思うぞ。人の暮らしに溶け込んで生きるというのは。俺には無理だがお前ならば出来るはず」

「人との暮らし……?」

「そうだ。ずっと生きていられる。人びとに寄り添うようにして、ずっと」

「そうね。それもいいかもね」

「そ、そうだろう?」

「でもね。そんな生き方あいにく教わってこなかったの」

 私は淡々と言う。父はそれでも言葉を途切れさせない。まるで生きる時間を一秒でも延ばしたいかのように。

「これから学べばいい。時間はゆっくりある。場所も。失敗したら逃げればいい。この国は広い。だから……」

「もう、いいの。それに」

「それに?」

「あなたを生かす意味にはならない」


「父殺しだぞ! 大罪だぞ!」

 急に狂ったように叫び出す父。私はせせら笑った。

「貴方の口から大罪なんて言葉が出るなんて思わなかった」

「これでも昔は信者でね」

「そう。だから?」

「どうしてそんな顔で殺せる?」

「魔人だからじゃない?」

 そう言うと私は鉈を横に振った。父の首はあっけなく落ちた。終わった。これで。


 ……。


 特に感慨はない。

 特に感慨はないはずなのに、なぜか少し寂しかった。

 それはきっと私にはやるべきことがまだ一つ残ってるから。……それを成し遂げなくては。

「ザイチェフ師」

 私は父とのやりとりを物陰からじっと見守っていた師の名前を呼んだ。そして言った。

「どうか私を殺してください」



「……」

 言ってしまった。私の最後の願い。

「私は自殺は出来ませんから。今のうちにお願いできませんか?」

 重ねてザイチェフ師に乞う。

「そんなに早急に決めるようなことか? 寺院に帰ってよく考えてから決めてもいいんじゃないか?」

 ザイチェフ師はようやく言葉を掛けてくれた。けれども私は首を横に振る。

「寺院にはもう帰りたくありません」

「なぜだ?」

「もう、帰りを待ってくれている人もいないから」

 私はソーニャのことを思い出しながら言った。

「そんなことはないと思う……ぞ」

「そうかもしれません。でもソーニャが死んだときからずっと決めていました。父を倒したら自分も死のうと」

「結局自殺には変わりないんじゃないか」

「そうかも知れません」

「俺が殺すのか?」

「お願いできますか?」

「……」

 少しの沈黙。それを破ったのは横からの声だった。

「死にたきゃ、死ねよ」

「ユージン! 無事だったのですね」

「ああ、何とかな。あとお前には言われたくない」

 私の言葉に足を引きづりながらユージン。

「ようやく魔人の恐ろしさに気づいていただけたようで」

「ああ、そうだよ。オレが甘かったんだ。魔人は滅すべき存在だ」

 そう言うとユージンはザイチェフ師に向き直る。

「ザイチェフのおっさん。コイツ死にたいと言っているからオレが殺してもいいですか」

「ま、待て」

「何を待つんだよ。コイツは死にたがっている。今のうちに殺さないと考えを(ひるがえ)すかも知れないんだぞ!」

「リューシカはそんなことしない」

「はん、どうだか」

 ザイチェフ師の言葉を鼻で笑うユージン。

「ユージン。お前だいぶ変わったな」

「そりゃ変わりますよ。村の人達を沢山殺されて自分もこんな目に遭えば」

「いいことです」

 二人のやりとりを眺めて私は言った。

「おい!」

「はん魔人に褒められても嬉しくねーっつの」

 二人それぞれの答えが返ってくる。それが少し可笑しくて笑ってしまった。

「笑ってるんじゃねーよ」

「そうですね。……ではお願いがあるのですが」

 ユージンが言うので私も少し覚悟を決めた。

「お願いだと?」

「少し眠っていて貰えませんか」

 言うとユージンの腹を私は殴って気絶させた。

「おい」

 ザイチェフ師が声を掛ける。私はザイチェフ師に向き直ると言った。

「いいんです。よけいな邪魔はされたくなかったし」

「……そうか。お前がそう言うなら……」

「ザイチェフ師」

 言葉の途中で私はザイチェフ師に近づく。

「なんだ?」

「一つ勝負をしませんか?」

「勝負だと?」

「私が赤蛇(アカシャ)で貴方の頭を打ち貫いたら私の勝ち。その前に首を落としたら私の負け」

 そう言って私はザイチェフ師の帽子を打ち捨てた。ザイチェフ師の老いた頭が丸見えになる。それが少し可笑しかった。

「やめろ……」

「やめません」

「まだ話し合う余地はあるはずだ」

「未練しか残りませんよ」

「それでも」

「それでも?」

「まだ俺はお前と何も話していない!」

 叫ぶようなザイチェフ師の声。私はなだめるように言った。

「いいえ、そんなことはありませんよ。ザイチェフ師はずっと私の側にいてくれた。それだけで十分です」

「俺に殺せと言うのか。お前の母親を殺した俺に、その娘まで殺せと言うのか」

「なんならユージンを起こしましょうか」

 少しじれったくなったので私は言う。

「それは待て」

「はい」


 少しの沈黙。やがてザイチェフ師は静かに言った。

「わかった、俺がやる」

「……嬉しいです」

 そう言うと私は父の血が付いた自分の鉈をザイチェフ師に手渡した。

「さあ、早く」

 首を伸ばし私は言う。

「せかすな」

「けれど」

「……最後に何か言い残すことはないか」

 そのことばに少し考える。心のどこかに言葉が入り込んでくるのを感じた。私は言う。


「そうですね……私は特にないですけれど、父が……言いたいことがあるそうです」

「父って……どういうことだ?」

 ザイチェフ師が尋ねる。

「なにか流れ込んでくるのを感じます。これも魔人の不思議な力なのかも知れませんそれとも親子だからでしょうか?」

 自分でもうまく説明できない。案外父は自分の体を乗っ取ろうとしているのかも知れない。

「何が言いたいんだ、その魔人は?」

「生きたかった。自由に、孤独に」

「そうか、そうだろうな」

「けれど、ここの気候が厳し過ぎるから……命を奪わずには生きていかれなかった」

 歌うように。

「本当は誰の命も奪いたくなかった。自分をあざけった人以外は」

 祈るように。

「だから夏はじっとしていた」

 懇願するように。

「でも冬は動かざるをえなかった。生きるために。ただ自由に生きるために」

 叫ぶように。

「そうして戦い、出会う敵は皆殺しにした」

 私は言葉を紡ぐ。

「そこに罪悪感はなかった」

「なぜ?」

 ザイチェフ師が言葉を挟む。私は笑って答えた。けれどもそれは本当に私、だろうか?

「なぜなら彼が生きた時代は命は軽い物だった。本当に本当に軽いものだった。今では信じられないくらいに」

「……今だって軽い」

「そう……かも、知れませんね」

 

 父の思い出は消えていった。いや一体となったというべきか。私はザイチェフ師に向き直る。

「さあ、早く私を殺してください。だいぶ私の中に父が入ってきてしまいました。このままでは私も父のようになりはてるでしょう。だから、これが当然の帰結です」

「そうか」

「ええ……もう犠牲者はいりません。……誰も。何も」

「……わかった。行くぞ」

 

 師匠はようやく決断してくれた。これで私は安心した。ザイチェフ師は決断したら、迷わない人だ。私はそれを知っている。知っているだけでなぜだか心が温かくなれた。ゆっくりと目を閉じる。口には笑みを。心には幸せを。師匠の仕事は完璧だった。鉈が風を切る音がして。


 私の意識は空へと溶けた。

今まで読んでくださって本当にありがとうございました。

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