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魔人殺しと人殺し  作者: remono
第三章 魔人と少女
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混乱

「ドラコフ!」

 村人の誰かが叫ぶ。禁じられた言葉を。信じられないくらいの大量の鮮血が飛ぶ。老いた司教の体から。少し遅れて信じられないほどの絶望の叫びが上がる。司教を取り囲んでいた人達の間から。そうして私に見えるのはただ司教の体を二つにしながらその乱杭歯を見せて不敵に笑う男の姿。私はその姿に見覚えがあった。夢の中で何度も何度も目にした魔人。


「……」

 魔人ドラコフ。あれが私の父か。ハドロフ司教を真っ二つにしたにも関わらず、私は呆けたようにそんなことを思っていた。ドラコフ、いや父はあっけにとられる群衆を嬉しそうに見回すと鉈を左手に持ち替える。

 そしてゆっくりとゆっくりと恐怖を楽しむかのように右手を上に掲げる父。


「まずい! 赤蛇が来るぞ!」

 どこか遠くでザイチェフ師の声。同時に起こる混乱。そして悲鳴と怒号。私は赤蛇を止めようと父に向かって走るが、逃げ回る人が邪魔で前には一歩たりとも進めない。


「くっ……」

 焦る私。そしてその側を走る黒い影。

「えっ?」

 私の脇を滑るように通り抜け無秩序に流れる人混みを巧みにかわし、父の所までたどり着き、今まさに赤蛇が放たれようとした右手にとりつき押さえ込む。

「貴様! 何をするか!」


「ヴィザリオ師!」

 私は叫ぶ。黒い人影はヴィザリオ師だった。

 そんなヴィザリオ師の首に左手に持っていた鉈を冷徹に叩き込む父。

「ヴィザリオ!」

 また遠くでザイチェフ師の声がした。その言葉に応えるようにヴィザリオ師が言う。

「ここは俺が……! みんな一旦退避しろ!」

「!」

 その言葉に固まる私。

「今は逃げろ! 体勢を立て直せ! いいな……。くっ……」

 珍しく饒舌なヴィザリオ師。けれどもわたしはそんな師に向かって叫ぶ。

「私は残ります!」

「……駄目だ」

「どうして! 二対一なら!」

「……」

 ヴィザリオ師は私を見る。その顔は珍しく、というより私に初めて見せる嬉しそうな顔だった。口元が笑みを作り……そして返事の代わりに口から血を流すヴィザリオ師。

 ……あれはきっと致命傷だ。


「……わかりました。……ここは、任せます」

 コクリ。微笑んだ顔のまま小さく頷くヴィザリオ師。

 私は心の中で一礼すると、他の仲間を捜す。けれども誰の姿も見えない。ザイチェフ師は声だけした。ボロジノフとユージンは姿が見えない。

「ザイチェフ師! ユージン! ボロジノフ!」

 叫ぶが返事もない。父は右腕にしがみつくヴィザリオ師の体に鉈を何度も叩き付ける。止めたい。何とかして止めたい。けれども今は、戦力を合わせるのが先だ。

「くっ……」

 私は惨劇に背を向ける。そうして後ろ髪を引かれる思いで無言で人混みの中を走り出した。


 

 走り出すと何人かが私に付いてくる。どうやらわたしをクリエムヒルトの人間だと理解したようだ。魔人の力を見せて置き去りにしてもいいが、村人を守るのも私の使命ではある。私は少し歩を緩め、村人達に速度を合わせる。


 丘を越え、森の中へと入る。村人が一息ついたところで私も走るのを止めた。ぜいぜいと息荒く私に付いてきた村人達は地面に座り込む。私は立ったまま周囲の安全を確認する。そんな私に村人の一人が声を掛けた。


「あんた、大した体力だねぇ。息一つ乱してない」

「……鍛えてますから」

「そうかい、たいしたもんだ」

「……」

 どうやら魔人の子だとは気づかれなかったようだ。それに鍛えているというのは嘘ではない。しかしどう思うだろうか、私があの魔人と同類、いや親子の関係にあると彼等が知ったら。……あまり考えたくなかったので警戒に集中する。


 一通り休憩が終わった後、村人達が私に尋ねてきた。

「これからわしらはどうすればいい?」

 私は答えた。とはいえ去年ハドロフ司教やクリエムヒルトの人達がここで何を教えてきたのかはよく知らない。それでも信じて口にする。

「とりあえずハドロフ司教やクリエムヒルトの人達が言ったようにしてください」

「わかった。あんたはどうする? 一緒に行くかい。護衛がいると大歓迎なんだがね」

「いいえ、はぐれた仲間を捜します」

 実際には私の方がはぐれているかも知れないのだが。

「そうかい、気をつけてな」

「ええ、貴方たちも」

 私は言い、彼等と別れた。他の人達も無事だろうか。一人になって私は僅かに視線を落とす。


 ハドロフ司教……。もうこの世にいなくても教えは伝わっているはず。今はそれを信じよう。


 ヴィザリオ師……。あの人の勇気のおかげで私達の周りに集まってきた人達は赤蛇にやられずに済んだ。もうおそらくこの世にいないだろうが、いくら感謝しても足りることはない。


 ……。

 短くも深い追悼は終わった。仲間を捜さなくては。けれどもどこに行けばいいのか私にはわからない。と視界の先に一匹の獣の姿。いつのまにいたのだろうか?


「おおかみ……?」

 呟く。狼はこちらに近づいてきて口を開く。

「こっちへ付いてきなさい。魔人の子。仲間が待っています」

「……はい」

 私は答えた。

「……。驚かないのですか?」

 僅かに首をかしげるような動きを見せて狼。私は言った。

「夢の中で貴方たちがしゃべるのを聞きました」

「……そう」

 納得したのか納得しないのか。獣の微妙な表情までは私には読み取れない。逆に尋ねる。

「それでどちらに行けば?」

「こちらへ……」

 狼が背を向ける。私はそっちの方角へ歩いて行った。しばらく歩くと小さな森があり、そこから人のざわめき声が風に乗って聞こえてくる。そこで狼は立ち止まった。どうやら案内してくれるのはここまでらしい。私は狼に向かって言う。

「ありがとう」

「いいえ、わたしにできるのはこれぐらいのこと。あとはまかせましたよ」

「はい」

 狼は去っていった。何だろう。以前、どこかで出会っていたような気がする。

 頭を振る。きっと気のせいだろう。私はざわめき声がする方へ歩いて行った。

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