プロローグ-車中の会話
季節は移ろい、また雪の季節が訪れた。ハドロフ司教が言った通り、今年のザリコフツカヤへの駐屯は小規模な物になった。村々の要請と寺院の情勢を鑑みた結果である。
そして今年は私も遠征隊に参加することになった。
「わしにできるのはできるかぎりで最高の戦力を整えて行くことだからの」
ハドロフ司教はそう言い、私はそれが嬉しかった。
遠征隊は六名。ハドロフ司教にザイチェフ師、ヴィザリオ師に今年入ったばかりの新人が二人、そして私である。新人と言ってもいままで銃で狩猟をしてきた人達である。射撃、単独行動、索敵などの能力は寺院の人間よりも高いかも知れない。そしてもしかしたら信仰心も。まだ雪が降る前、以前乗った雪車よりも大きめの馬車に乗って移動する。
「お前、魔人の娘なんだって?」
新人のうちの一人で中年の元狩人、ボロジノフが私に言った。
「そうですが、なにか」
ボロジノフは私の顔をまじまじと見て不思議そうに言った。
「なぜ俺達のために戦う」
「最初はそれしか生きる道がなかったからです。でも今は違います。寺院の一員として魔人倒滅の為に働いています」
「でもよ。その魔人を殺したら、アンタは殺されてしまうんだろ」
もう一人の新人、年の若いユージンが口を挟む。彼はザリコフツカヤの出身である。地理に詳しいと言うことで今回の遠征に選ばれた。銃の腕も中々である。
「そうですね」
「笑顔で言うことかよ」
「それが私の運命ですから」
「マジかよ」
「死ねない、よりはマシですよ」
「信じられないぜ」
そういうユージンに私は言って聞かせた。
「私はさまざまな魔人を見てきました。人を殺す魔人。人に捕らえられた魔人。死ねない魔人。死にたい魔人。見てきて思ったのは、ああいう風にはなりたくないなと言うことでした」
「じゃあそういう風にならなきゃいいじゃねーか」
「そうかもしれませんね」
私は微笑み見戒められたままの右手を見つめ、言った。
「でも魔人の血が騒ぐんです。人を殺せ、命を奪えと」
「……」
沈黙したユージンに私はもう一度微笑んだ。
「魔人って何のために生まれたんでしょうね」
「おしゃべりはそこまでじゃ」
ハドロフ司教が言った。
「我々の目的は魔人の倒滅であって生態調査ではないからの」
「でも気になるじゃねーか。なんで人を襲うのかとか赤蛇をどうやって出すのとか。どうして死なないのかとか!」
ユージンがハドロフ司教に言う。
「猛獣と同じと思えばいい。ただ人と同じ姿をしているだけだ」
さっきとは反対にボロジノフが口を挟む。
「じゃあなんで人と同じ姿をしてるのかとか!」
「そんな考えだと答えを出す前に死んでしまいますよ、ユージンさん」
私も口を挟んだ。
「でもよう」
それでも納得できない様子のユージン。私は彼が納得できるように言葉を選んで説得する。
「魔人は命を喰らい、命を糧とします」
「人間だってそうじゃねーか」
「そうですね。おかげで今まで人と同じものを食べ、人を殺さずに生きて行くことが出来ました」
「だったら!」
「でもそれは私が半魔人だから出来たことなのです。純粋な魔人はそれでは足りないのです。心と体が満たせないのです」
「でもアンタは生きてゆけるんだろ」
「はい、まあ」
「じゃあ、別に死ぬことねーじゃねーか」
「……ユージンさんは死ぬのが怖いのですね」
「あたりまえじゃねーか!」
「私は死ねないことの方が怖いです」
「でも死のうと思えば死ねるんだろ」
ユージンが言う。
「子供、あるいは類縁を作ってそれを代理、あるいは犠牲にすれば」
「人間だって親から子に命を繋いで行く。別におかしいことじゃないじゃないか」
「それは……そうかもしれませんね」
「だろ?」
言葉に詰まる私と勝ち誇ったようなユージン。
「おしゃべりはそこまで、といったじゃろう」
ハドロフ司教がもう一度言った。
「リューシカもユージンもその程度にしておけ。とにかく今は奴を倒すことだけを考えるのじゃ」
「はい、すみません」
「わかったよ。でもいつか答えは出して貰うからな」
ユージンが私に言う。
「ええ、いずれ、答えは出るでしょう」
私はそう返してその後は皆無言になった。ザリコフツカヤまではあと少し。ザイチェフ師とヴィザリオ師は最初から最後まで無言のままだった。