来訪者は二人
前衛部隊が旅立ってから一週間。雪が舞い降り始めた。ゆっくり時間を掛けて雪は積もり重なり、やがて凍って白い雪原ができあがる。ここまででやく一ヶ月。こうなればもう馬車は使えなくなるので車輪を外し雪車に履き替える。
「また長い冬が来たね。ソーニャ」
「ええ、そうですね。リューシカ」
「先遣隊は無事だろうか」
「多分ここよりも良いものを食べていますよ」
「そんなことない、ソーニャの料理はおいしいもの」
「うふふ、ありがとう。リューシカ」
寺院の二階から二人で雪を眺めながらそんな話をする。つまり言えば退屈だった。ソーニャは人が減って料理や雑用の手間が減り、私は師がいないので鍛錬にも身が入らなくなってときおり勝手に休んだり早めに切り上げたりした。二人とも手持ちぶさただった。と、遠くに白い人影が見える。人影は真っ直ぐこちらに向かっていた。
「おや、誰だろう。来客かな?」
私が言うがソーニャは目を凝らし残念そうに言った。
「私の目ではまだ見えません」
その時、カンカンカンと寺院の鐘が鳴り響き、高台の上から大きな声がした。
「総員戦闘準備! 魔人が来ます!」
「なんだって?」
突然のことに私とソーニャ、二人で顔を見合わせる。と、留守を預かっているイーゴル司祭の声がする。
「狼達から知らせがあり。ここに魔人が向かっていると」
「まさか、ドラコフ?」
私が言うと、クリエムヒルト大僧正の声が後ろからした。
「いいえ、違います。リューシカ。あなたは寺院から出て外の魔人を迎え撃ってください。ソーニャ、あなたは安全な地下壕へ」
大僧正の言葉にソーニャが反論する。
「そんな! リューシカだけを戦わせるなんて!」
「いいんだ。そのために私はここにいるんだから」
私は諭すようにソーニャに言う。
「けど!」
「大丈夫。ソーニャ。きっと戻ってくるよ」
私は優しく言った。
「はい……約束してくださいね、リューシカ」
「気をつけてくださいね。魔人は二体います」
「そんな魔人同士が連携するなんて!」
大僧正の言葉に私は驚愕の声を出す。
「とにかくリューシカは外の魔人を。足止めだけでもお願いします。後一体は私達で何とかしますから」
クリエムヒルト大僧正の言葉。口調はいつものだったが、緊張が走っているのがわかる。
「……わかりました!」
絶望感に駆られながら、私は右手の籠手に細身の短刀をはめて外に駆け出す。左手にはリボルバー。すでに装填してある。寺院を囲う外壁を上り外に着地する。顔を上げると白い衣装を身にまとった魔人はまた遠くにいる。
「陽動?」
呟く。だとしても倒さなくては。なるべく早く。私は走りリボルバーの射的距離まで近づく。魔人は手を上げ拳を握りしめる。赤蛇のポーズだ。どうやら敵か味方か判別する手間は省けたようだ。そして。
「女?」
近づくと容姿がよくわかる。華奢な体にやや着ぶくれした服。それでもわかる凹凸のある体。
「だとしても!」
容赦はしない。向こうは赤蛇が発動しなかったことで焦っているようだ。勝機はこちらにある。射程距離まで到達。停止。そして構えて脳天を狙撃する。しかし。
「はずした?」
銃弾は女の顔をかすめて飛んでいった。私は頭めがけて銃弾を何度も何度も発射する。けれど全弾はずれた。こんなことなら狙いやすい体を撃てば良かった。魔人が二人と言うことで焦りすぎた。自分の愚かさを後悔する。リロード。今度は体を狙う。しかしリローダーが空っぽなのに気がつく。練習の時から補充してなかったのだ。自分のうかつさを呪う。不自由な手でリロードするのは手間がかかる。私は銃を口に噛み、左手で弾を装填して行く。一発、二発、三発……。
(まにあわない!)
赤蛇が通用しないと知った魔人は走ってこちらに近づいてくる。手には鎌。ぎらりと光って私を狙う。私はリロードを止め手に持った残りの弾薬を雪の上に撒き、銃を構え狙い撃つ。せいぜい撃てるのは一発。どこを狙うか。
「体!」
発射する。今度は確かに命中。しかし。
(致命傷じゃない!)
私は頭を下げて、魔人の鎌の一撃を回避する。暴風のような風が私の髪をなぶっていった。
私は屈んだ位置から魔人の顎を狙って銃を構える。ここからなら外さない。けれど縦に振り下ろした鎌がわたしの頭に迫る。私は慌てて銃口の向きを変えた。
「くっ」
銃と鎌がぶつかり合う嫌な音。そのままじりじりと力比べをする。しかしこの体勢なら圧倒的に上にいる魔人の方が有利。
(なら!)
わたしは力を抜き尻餅をつくとそのまま前へ滑って魔人の足を蹴り飛ばす。倒れ込むところを右腕の籠手に填めた針のような短刀で脇腹を刺し貫く。そしてその反動で横に滑って鎌の射程外へ。素早く立ち上がり銃の状態を確認する。これは駄目っぽい。銃口に亀裂が入っていた。暴発する危険性がある。私は銃をしまうと、女の魔人に言った。
「あなた、戦闘慣れしてないみたいね」
「そんな……赤蛇が効かないなんて……あなた何者?」
脇腹の傷を押さえながら女の魔人。
「……さあね」
私は答え、銃の代わりに護身用の鉈を抜いた。そのまま女の魔人に襲いかかる。が、魔人は鎌をメチャクチャに振り回し、容易に私を近づけさせない。私は右手の籠手を突き出し鎌の動きを止める。ギンと嫌な音を立てて相手の動きが止まった。そうしてから私は左手の鉈を魔人の頭部に向かって投げる。
トン。という軽い音と共に鉈は女の魔人の頭蓋骨をかち割った。魔人はそのままどうと倒れる。私は頭蓋骨に刺さった鉈を抜こうとし、そして盛大に転んだ。自分の撒いた弾丸で足を滑らせたらしい。
「いたた……」
今度こそ本当の尻餅をつく私。なんて失敗だ。しかも前を向くとが私が投げた鉈を抜いた魔人が鎌を持って私の前に立ちはだかっていた。そして私の脳天めがけて鎌を振り下ろす。……避けようがない。だけど。
私はその鎌の一撃をそのまま受けた。ひどく痛い。しかし左手でその鎌の付け根を掴み、そのまま立ち上がる。
「まさか、あなたも魔人?」
驚愕の声を上げる女の魔人。
「そうよ、あなたと同じね」
私は鎌が頭に刺さったまま答える。
「何故寺院の味方をする?」
「なぜだろうね、私にもわからないや、あはは」
「くそっ死ね!」
女の魔人が私の頭から鎌を抜こうとする。
「魔人は死なない」
私はそう言うと左手で鎌の付け根を掴み、てこの原理で女の魔人から鎌を奪う。これはとっても痛い。支点は私の頭蓋骨。力点は私の左腕で作用点は女の魔人の右腕。鎌の先端がずぶずぶと私の脳髄に入って行くのを感じながら私は鎌の末端を女の魔人が鎌を抜こうをするのに合わせて跳ね上げると女魔人の手から鎌を奪う。そして鎌を私の頭からひっこ抜くと、そのまま左手で女の魔人の首を刎ねた。糸の切れたように魔人の体が崩れ落ちる。
「はぁ、はぁ。はぁ……」
やっと終わった。ずいぶん手間取ってしまった。頭がガンガンする。体が血を求めている。もう一人の魔人はどうしているだろうか。そのとき大きな音がした。寺院の裏手の方だ。壁が崩れるような嫌な音。
「急いで行かなくっちゃ」
私は駆け出そうとし、ふらりと倒れる。そういえばこの魔人も縛り付けておかないと。いつ復活するかわからない。誰か来てくれないかなと思ったが来そうにない。
全部一人でやらないといけない。私は焦燥感と寂寥感に駆られながら作業をなるべく急いで、かつ正確に行った。……と思う。
全ての作業が終わる頃には流血も止まり、なんとか動ける体になる。
私は今度こそ駆け出し、寺院の方へと向かった。