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番外 クレインの昼寝大作戦

最近クレインが主人公ではないかと思い始めました。書いていて楽しい

w。

 クレインの朝はそれほど早くない。とはいえ、騎士団に勤めているので寝過ごすというほどではないが、絶対量睡眠時間が短い。彼の妹は朝早くから起きて中庭で馬と遊んでいたり、サンルームで剣を振るったりしているのに、情けないと侍女たちの目が訴えてくる。


 朝ごはんは、しっかり食べる方だ。騎士団の仕事としては事務方だが、有事の際におくれをとってはいけないので、どうしても午前の仕事の半分は体力づくりになる。


 彼の特技は弓だ。エリアルに最初に弓を教えたのもクレインだ。彼の弓は遠的ではなく、近距離で目や額を割る動きながら放つものだ。元々馬に乗って、馬上から獲物を撃つためのものだからだ。だから本当の戦いでないとその技は発揮されない。

 それに実践では矢がつきればそれで終わりになってしまうから、近距離はもっぱらナイフだ。もちろん騎士として、国王陛下に剣をささげた身としては、剣も腰に刷いてるし、槍も嗜むが、特技とはいい難かった。


 来週にある国王陛下の午前試合は、半期に一度の剣の試合になるので、騎士団および、その下にある軍では激しい練習が繰り広げられている。上層部はもちろん発破をかけてくるし、クレインとしても西方騎士団の長のアルフォードから直々に稽古をつけてもらうのは嬉しかったが、そろそろ限界が来ていた。


 頭を振らなくてもグラグラまわっているのだ。


「お兄様、もうそろそろ出たほうが・・・」


 エリアルは、クレインの出勤を見送ろうと食堂にやってきて、声をかけたが、とぎらせてしまった。


「顔色わるいわよ。お休みしたほうがいいんじゃ」

「いや、今休んだら何いわれるかわからん」


 男の世界は厳しそうだった。


「そうだエリアル、悪いんだが、今日は差し入れ沢山作ってきてくれるか?今は祭りの前で練習厳しいからな。皆お腹すかせてるんだ」

「そうなの?じゃあ多めにもっていくわね。リリスも一緒にいくけどいいかしら」


 騎士団の訓練はあらかじめ許可さえあれば見学できるようになっている。何度か観にいったことをリリスに言ったら自分も観にいきたいというので、今日は二人でいくつもりだったのだ。


「わかった、いっとくよ」

「気をつけてね。いってらっしゃいませ」


 妹の見送りを受けながら、マリエルに跨り、クレインは手を振った。


 =====

「あ! ああっ・・・ああ~~」


 エリアルは声が抑ええられなかった。

 残念だ、兄が負けてしまった。兄は弱くないとは思うのだが、身幅が倍以上ある同僚に簡単に飛ばされてしまった。そういえば、朝は死にそうな顔をしていたなとおもう。


「残念ね、クレイン兄様まけてしまったわ」


 練習だというが、その剣戟の激しさにリリスは少し怯えていた。


「大丈夫だよ。刃の先はつぶしてるから切れたりはしない」

 

打ち身はあるけどね、とエリアルは心の中で呟く。あれは結構痛そうだ。

 

 何気にリリスの横に陣取り、一緒に観覧席で練習をみてるのはハールだ。ハールは本来王宮勤めの官吏をしているので、関係ないのだが、リリスがくることを聞いていたので時間を合わせて抜けてきたのだ。


「やあ、エリアル」 


 低い声が背後からエリアルの名をよぶ声が聞こえた。とっさに3人は立ち上がって、声の主を見上げた。


「アルフォード様・・・」

 

 エリアルは、途端にうれしそうに微笑む。


「ごきげんよう、アルフォード様」


 リリスとハールは黙って静に頭を下げて礼をとった。エリアルにとっては馴染んだ兄の上司かもしれないが、二人にとっては雲の上の人だ。


「友達も一緒だと聞いたけど、おれも一緒に観ていいか?」


 聞きしに勝る人懐っこい笑みで、エリアルの隣に座った。

 後ろに3人ほど控えてるのは兄の先輩たちだろう。会釈すると、皆小さく頭を下げて少し距離を置いた。


「兄貴は調子が悪そうだな」


 アルフォードは訓練場をみてすぐさまそういった。


「折角妹が見に来てるのにいいところをみせれないとは情けないやつだな」

「いえ、兄は剣は苦手ですもの。元々いいところなんてありませんわ」


 とばっさり切るようにいうと、不思議そうに見つめてくる。


「クレインがそういってたのか」


 見てればわかるが、そういうことにしておこうと思って頷く。



 次の相手にもいいようにあしらわれて、クレインはやっと終わったと立ち上がる。

 観覧席の中ほどにいるエリアルの横でアルフォードが何か言っている。馬や弓の稽古場ならかぶりつきでみるだろうが、習っているとはいえあまり熱心でない剣の見学ならそのあたりだろうとおもったが、まさしくそのとおりだった。


 その後ろに立つ先輩たちの目線が怖い。なにやってんだと絶対怒ってる。その対比がたまらない。


 タオルで汗と土を拭きながら、上がっていくと妹達とハールは、相変わらずのほほんとした笑みでクレインを迎えた。エリアルは本来あまり裏表のある性格ではないが、リリスは貴婦人としてそれなりに、ハールだって柊の園から王宮に引き抜かれただけあって、単純なだけの人間ではないのだが、幼馴染3人はそろうとその場を春の陽だまりのような雰囲気にかえてしまう。相乗効果とは凄いなと、いつもクレインは思う。


 そして癒される。


「エリー、来てくれたのか。リリス、ハールお久しぶり。将軍閣下にはご挨拶は? まだか」


 クレインが上がってきて、リリスとハールはホッとした。


「閣下、妹の友人達です。二人とも幼馴染でよくこうして遊んでるんですよ」


 それを受けてリリスとハールも挨拶した。


「舞踏会で、エリアルに手をふっていた子達だね」


 三人は、覚えていたのかと驚いた。一瞬すれ違いざまに指先で手を振っただけなのに。

 

 クレインはアルフォードの横に立ったまま、手を伸ばす。


「エリーお腹すいた」


 エリアルは従者に持ってきてもらって、横においていたバスケットを差し出した。でかいのが3つある。

 中身をみて、一つを取り置いて、2つを後ろの先輩に渡す。


「妹からです」というと嬉しそうに2つをもってどこかへいってしまった。部署の部屋にもっていったのだろう。


 三人は閣下の護衛じゃなかったのか?とハールは疑問に思いつつも、この人は誰よりも強い人だったと思いだした。立場上、剣の御前試合に出ることはないが、彼が今の地位につく前は独壇場だったと聞いている。


「閣下、庭のほうでいただきませんか。ここは埃が舞っております」


 クレインがバスケットを持って促すと、アルフォードは立ち上がり、さりげなくエリアルをエスコートする。アルフォードはゆっくりと歩く。階段は緩やかで、どこにも問題はなさそうだが、大切なものを運ぶようなそんな目で見ている。ここが塔を登るような急な階段でもエリアルは走れるというのに。 


 これでエリアルを妹のように思ってるとかいうんだもんな~とため息が出そうになる。

 妹をそんな目でみてたら、変人ですよ、といってやりたい。


「ここはどうでしょうか」


とクレインがエリアルについてきていた従者と敷布をひいた。毛の長い気持ちのよさそうな敷布だ。クレインはこれをもってくるように家を出る前に指示していた。


「ちょっと隠れ家みたい」

「本当ね。木が周りの視線を隠してくれるわね」


 木陰にもなってるので、気持ちがいい。ここなら日傘を差さなくても平気だろうとクレインはあたりをつけていた。ちゃんとしたテーブルでもよかったが、こういうピクニックのようなほうが、エリアルとリリスは喜ぶ。


「クレイン、お前いつもこんなところで」


 逢引してるんじゃといいかけて、アルフォードはここにいるのが騎士たちでないことを思い出した。


「さぼってるんじゃないだろうな」


 とっさに言い換えれてアルフォードはほっとした。

 何故だろう、騎士団の自分の部隊にいるようにリラックスしている。安心感とか気安さとかそういったものだ。


「さぼってませんよ。閣下じゃないんですから。私はサボった分帰るのが遅れますからね。なんであんなに仕事が山積みなのか教えてほしいですよ・・・」

「クレインは優秀だからな。ついつい頼んでしまうんだろう」


 実際クレインは、事務方の仕事の大半を受け持っている。正直実戦にでることがなければ、剣の稽古と称したガチな体力勝負ややっかみも含んだシゴキなどされることもないのだけれど、本人はアルフォードと一緒に戦うことを好むし、彼の弓は誰よりも敵を倒す。手放したくないというのが本音だ。


「別にいいんですけどね」

 

 エリアルからサンドウィッチを受け取って食べながらいう。

 お茶を入れたり、エリアルは甲斐甲斐しくアルフォードとクレインの世話を焼きながら、嬉しそうだった。リリスも少し頬についたハールのソースをナプキンでぬぐってあげている。


「とても美味しかった。鶏のハムとトマトのサンドウィッチが絶品だった」

「私は海老だな」

「フルーツサンド、女の子向きかとおもってたけど、凄くおいしかったよ」


 口々に好きなサンドウィッチを褒める。


「このケーキも甘くなくて美味しい」


 ケーキはブランデーが効いてるから男性が好むだろうと、エリアルがおとつい焼いたものだ。焼き菓子は少し日にちを置いた方が美味しいものが多い。


「そういってもらえると嬉しいです。ね、リリス」

「ええ。がんばって作ったかいがあるわね、エリアル。ケーキはエリアルが焼いたものなんですよ。洋酒につけたチェリーもエリアルのお手製なの。喜んでもらえてよかったわね」


 二人が嬉しそうに手を握りあう。


「これは二人が作ったのか」


 驚いたようにアルフォードが二人を交互に見る。


「リリスも上手になったね」


「エリアルのお手伝いをしただけよ。私は具を挟んだだけだもの」


 ハールに褒められて、恥ずかしそうにリリスは手を振る。


「うちは母親がお菓子を作るのが好きなんです。だからエリアルも普通に覚えたし、私もクッキーくらいなら作れますよ」


 ほしいですか?と聞くといらないと言われた。まあ、ほしいと言われても作らないけど。


「美味しそうに食べてくれるのをみてると嬉しいんです」

「二人ともほとんど食べてないんじゃないか」


 ハールは気になっていたようだ。


「作りながらつまんじゃったの」


 ね、とエリアルがリリスは共犯者の笑みを交わす。

 可愛くてたまらない・・・とハールが横を向く。アルフォードもつられる様に横を向く。


「リリス、そろそろおいとましましょう。アルフォード様、お忙しいのにお付き合いくださってありがとうございました。お兄様、ハール、お仕事に戻ってくださいね」


 たわいものないことを話しているとあっという間に時間が立った。名残惜しいが、長いことお邪魔するわけにもいかない。


「ええ、アルテイル様、クレイン兄様・・・ハール様。失礼いたします」


 荷物は敷布以外は従者が持ち、敷布は置いていくようにいわれた。


「ご馳走様、気をつけておかえり」


 ハールはそのまま仕事場に向かうので途中まで二人を送っていくと告げて、戻っていった。


「おれはちょっと寝る」


 三人が帰った後、ごろりと横になってアルフォードが欠伸する。木漏れ日が気持ちいい。


「私も少し寝させてください」


 二人が横になっても問題ない大きさの敷布だったので、アルフォードは頷く。


 クレインは、アルフォードと反対をむいてほくそ笑む。

 もう限界はきていた。朝から頭痛がしていたが、それもひどくなっている。どう考えても睡眠不足だ。


 今日は眠るための算段をして、エリアルに差し入れを頼んだのだった。

 アルフォードが来なければ意味はなかったが、朝一でクレインがエリアルが来ることを伝えていたので、朝の国王への謁見が終わってすぐに姿をあらわしたときには今日の成功は確信していた。


 アルフォードがエリアルの差し入れをもらったのは三度だ。一度はエリアル自身が差し入れて、二度はクレインがアルフォードに渡した。

 欲しがる部下たちに一個としておすそ分けしたことはない。そして、美味しそうに食べた後は、大抵眠ってしまうのだった。部屋で食べたあとは執務室のソファで、エリアルと一緒だったときは、帰った後で庭でごろ寝していた。


 どうもエリアルの食べ物は催眠効果があるらしい。と気づいたクレインは、今回の作戦を実行したのだ。2人で寝ていれば、わき腹に隙ありと蹴りをいれられることもないし、わざわざ起こしにくるものもいない。

 貴婦人に襲われることもない。


 そして、『薔薇の園のしじま』の会に話題を提供するのもいいだろう。彼女たちは、アルフォードとクレインの道ならぬ愛を応援して、現実の世界でも遠くから生暖かく見守ってくれる。つまり、アルフォードとクレインを狙う貴婦人を少しでも遠ざけてくれるのだ。これほどありがたいことはない。


「エリ・・・」


 自分で仕掛けておきながら、エリアルの名を寝言でを呟くアルフォードに呆れる。


 そっと後ろから抱きしめられて、ゾッとした。間違うにもほどがある。確かに同じ家で暮らしているから匂いは似てるかもしれないが。


「早く自覚してくれ・・・」


 泣きそうになりながらクレインはアルフォードから離れる。少し距離をとって、眠ることにした。


 頭が痛いだけではなく、少し吐き気もしてきた。


 それが、頭痛からくるものなのか、男に抱きしめられたからかはクレインには判断できなかった。

読んでくださってありがとうございます。

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