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プティングはホールサイズで持ってきてください

 幸せに浸っていたのに、不穏な気配を感じた。

 アルフォード様からここにいるように言われたし、たいした被害もないだろうと、諦めにも似た気分で視線をあげると、そこにいたのは5人の女性だった。


 先ほどアルフォード様の近い場所にいたお姉さまたちとは違う雰囲気だ。

 あらわれた方たちは、どちらかというと自分に近い年齢で、華やかではあるが、優美とは言い難かった。


「どちら様?」


 少々わざとらしく首をかしげ、戸惑った視線を送ると、真ん中の赤いドレスの女性が扇子を開いた。笑いをこらえるようなしぐさだ。


「あら、自分から名乗りもしないのね。最近の子供は礼儀のなってない」


 名乗ってないのは自分も一緒じゃないの、とは言わない。


「失礼いたしました、エリアル・シュノーク・グレンリズムと申します」


 立ち上がり、伯爵令嬢にふさわしいお辞儀をする。

 で?と目つきで促すと


「キャサリン様、この娘、目つきが悪いですわよ。なんて生意気な」


 取り巻きと思われる青いドレスの女性の言葉に黄色と緑のドレスが追従する。


「そんな態度のお馬鹿なこには、こうすればいいのよ」


 紫のドレスが持っていたグラスのワインをエリアルに向かって投げつけた。

 

 こういうシュチュエーション知ってる。

 リリスの好きな恋愛小説の『後宮物語ー彼女の涙のわけ』の一シーンだ。たしかワインをかけられて主人公は泣いていた。そりゃそうだろう。でもその主人公を慰めたのが皇帝陛下で、そうこうしてるうちに二人は仲良くなり、涙のわけは喜びの涙だったはずだ。


 この人、悪役にはまってるのかしら・・・とおもわないでもない。何故に悪役。


 そして、仲良くつるんでるなら、一言いいたい。ドレスの色バラバラすぎてやばいだろ。目が痛いわ。

 と思いつつ、グラスからこぼれるワインの軌跡も計算しつつ横によける。

 

 主人公になりたいわけではない。かぶるつもりはなかった。

 水分が地面に落ちた音がするはずなのに、何だか違うなと横を見ると、アルフォード様がワインをかぶっていた。白いマントは本来エリアルがいた場所をかばっていた。



 あ、失敗した。と偶然にもここにいた6人の女性は同じことを思った。


 すぐに戻るといったアルフォード様は本当に速かった。あの歩幅であるけば、確かに速いだろう。悪役たちは、まだ自己紹介も終わってなかった。

 エリアルは、かばってくれたアルフォードには悪いが、見事にワインをよけていた。


 しまった・・・ここはかばわれて、腕の中で「あっ・・・」とかいうシーンではないだろうか。けして自分で颯爽とよけてるところではなかっただろう。でも、遅かった。


 アルフォードは、エリアルのよけっぷりの素晴らしさに驚いていた。でも考えてみればわかる。あのダンスは秀逸だった。よけれないだろうと思って、自分のマントでかばうつもりが、なんともまぬけな体勢だ。


「アルフォード様!手から滑ってしまって、なんてこと!」


「まあ本当に!」


「ひどいわ。こんなことになるなんて」


「シミが落ちないようになる前に」


「お脱ぎになって」


 と口々にアルフォードに迫る。


 凄い・・・とその逞しさにエリアルは見とれそうになる。


 いや、負けてはいられない。たとえ、娘という別枠にいれらそうになっても、アルフォード様は自分を認識してくれたのだ。その他大勢でない。と思うことにした。


 ついっと隙間から、囲まれたアルフォードの袖口を引いてみる。アルフォードの開いていた手のひらが一度握られる。そして、エリアルの方を振り向き、


「かからなくて良かった」


と翻したマントでなぎ払うように振り向いたため、令嬢達がよろけるがアルフォードは無視をした。


「かばってくださって・・・ありがとうございます」


 袖を引いたまま端を握っていた手を握られて掴まれて、赤くなった顔のままお礼をいうと、アルフォードは


「本当に風の精霊じゃないのか?」と尋ねる。

「ちがいます。ちょっとすばしっこいだけです」


「そうか、すばしっこいのか」


 楽しそうにアルフォードは笑う。エリアルもつられる様に笑った。



 持ってきた飲み物をとっさに手放したので、今度は一緒にとりに行こうと誘われる。もちろん否やなはい。


「あちらにはデザートもあった。エリアルは甘いものは?」

「好きです。王宮のデザートって、期待してしまいますね」

「お気に召すといいんだが。わたしには少し甘すぎるかな。嫌いじゃないんだが」

 

 意外なアルフォードの好みにエリアルは嬉しくなる。

 男の人の嫌いじゃないは、結構好きってことだ。


「今度、甘くないデザートを差し入れますね。む、娘なら・・・駄目じゃないですよ・・ね・・・?今日、踊ってくださったお礼もしたいですし・・・」


 一生懸命理由を探しながら、言うと、少し困ったように眉をよせられてしまった。


 クルクルとその場でまわりたくなるくらい、身の置き場がない。それ以上顔を見せられなくて、下をむいてしまう。


「ごめんなさい。調子に乗ってしまいました」 

 

 きっとずうずうしい子だと思われたのだろう。クレインに頼まれたからエスコートしただけなのに。

「いや、そんな顔をしないでくれ。楽しみにしているよ」

 大人なアルフォード様は落ち込んだ部下の妹を心配してくれたようで、取り繕うように言ってくれた。

 

 エリアルはその後も何曲もマントを外したアルフォードに踊ってもらった。

 

 国王夫妻が王太子夫妻と時間差で広間を退去されてから、大分たってからクレインが迎えに来た。

 引き取りにきたクレインは、自分の前でほっとしたエリアルの顔色をみて、何かを察したのかポンポンと慰めるように頭を叩いた。

 お礼をいって、退出するときには、もう、きっとこの手をとってもらえるのは最後なんだろうと少し泣きそうになってしまった。


 泣きたいのを我慢して、笑顔で美しいお辞儀をすると、


「またな」


と、声をかけてくれた。


 その場限りの常套句でもよかった。嬉しかった。


 そして、何故か変な顔をしたクレインと、楽しかった舞踏会を後にした。


 


 ちなみにキャサリン他4名は、どこからともなく飛んできたデザートのプティングを顔面に浴びて、泣きながら王宮を去ったという。



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