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花を手折る

読んでくださってありがとうございます。

 もうそろそろ空には秋の気配がたちこめる。

 庭には赤く色づき始めた木々が季節の変化を教えてくれる。


 その日は、お客様が来る予定だった。アルフォードの妻になるエリアルが初めて王都のアルテイル侯爵家に挨拶にくるのだ。内々の訪問なため、彼女の両親ではなく、兄のクレインが来るといっていた。


 エリアルとアルフォードの婚約が決まってから、クレインの忙しさは彼の限界を超えていると手紙で言っていた。


「シア様、グレンリズム伯爵令嬢エリアル様とアゼル子爵クレイン様がいらっしゃいました」

 

 アルティシアが侍女の声にハッと庭に向けていた意識をもどすと、扉から二人の麗しい人形のような男女が連れ立って入ってきた。


「シア、久しぶり、会いたかった」


 くだけたクレインの挨拶にアルティシアは微笑む。


「いらっしゃいませ。ごめんなさい、こちらに来ていただけるかしら」


 クレインの後ろに控えていた令嬢は、アルティシアの声に笑むが、かなり緊張しているようにぎこちなく挨拶をした。


「お招きいただきありがとうございます。エリアル・シュノーク・グレンリズムと申します」


 美しさは顔形だけではなく、その姿勢の良さ動きの軽やかさからも感じられる。アルティシアは、少しだけうらやましく思う。


「アルティシア・ジル・アルテイルよ。シアと呼んでくださる?」

「シア様……」


 呟くエリアルの声はとても耳に心地いい。


「すまない、今帰ってきた」


 アルフォードが帰ってきて、大股で慌てて部屋に入ってくる。そこにいるエリアルを見つけて、アルフォードはフッと笑みを浮かべる。


「アルフォード様……」

「エリアル、少し見ない間にまたお前は……」


 アルフォードの声が途切れる。ふと、アルティシアとクレインの視線に気付いたのか、コホンとわざとらしく咳をして、エリアルの手をとると「庭を案内しよう」と強引に庭に降りていった。


「お兄様?」


 クレインは、戸惑うアルティシアの手をとる。


「気を利かせてくれたようですね」


 いや、あれは自分達の世界を作りたいだけだろうと思う。


「あなた、少し痩せたんじゃなくて?」


 アルティシアの手をとったその手の細さ口付けを落としたときの横顔に、不安になる。


「心配してくれるんですか。嬉しいですね」

「本当に大丈夫なの?」

「ちょっと領地と王都の往復がきつくて……。新たに始めた事業もあって、正直辛いです」


 何故この忙しいこの時期に事業など始めたのだろうと思いながら、アルティシアは自分の座っていたソファの横をポンポンと叩いて、クレインを呼ぶ。

 クレインは、そっとアルティシアの隣に座った。


「頭をここに……。寝ていいのよ」


 クレインの肩をそっと引っ張ってアルティシアの膝の上に頭を預けるように言う。


「クレインは頑張りすぎよ」


 アルティシアの声はクレインにとっては子守唄のようで、抗うことも出来ずにクレインは眠ってしまった。


 クレインの顔は、やはりやつれていた。目の下に隈も見える。頭を撫でると癖のある少しウェーブのかかった髪がサラサラと零れた。


「好き……」


 スゥスゥと寝息が聞こえて、アルティシアは安心して、胸の中にあるあったかい気持ちを口に出した。寝ていなければ言えない。


「――聞こえた……」


 アルティシアは今確実に眠っていたはずのクレインの声に驚いて身体を震わせた。


「何も言ってないわ」


 本当は、眠ってたはずだといいたかったが、そこで正直に言ったことを告げるつもりはなかった。


「おれが貴女の声を聞き逃すわけがありませんよ――。貴女は騎士の眠りの浅さを知らないんですね」


 クレインはアルティシアの前髪をそっと引っ張って、微笑む。


「もう一回言ってください――」

「何も言ってないもの」


 顔が赤くなるのを感じながら、アルティシアは顔を背けた。


「聞きましたよ、もう駄目ですよ。逃がしません」


 クレインはアルティシアの膝から起き上がり、顔を背けるアルティシアをそっと抱きしめた。今までそんなことをされたことがないアルティシアは、どうしていいか戸惑って固まってしまった。


「駄目なの! わたくしじゃ貴女の妻にはなれないのよ」


 アルティシアの悲痛な声にクレインは首を傾げる。


「何故?」


 酷く驚いた顔でアルティシアはクレインの顔を見る。そんなことは言わなくてもわかってるはずなのに、と唇を噛みしめる。


「わたくしの脚は動かないわ……」

「動いてますよ」


 右の足をそっと撫でる。がんばってリハビリをしたことをクレインは知っている。


「わたくしではお客様の相手もできないわ」

「おれがしますよ」


「夜会であなたのパートナーをつとめることもできないわ」

「夜会なんて好きじゃないのは知ってるでしょう?」


「子供だって産めないかもしれない……」


 貴族の継嗣の務めだ。妻でなくてもいいかもしれないが、クレインを他の女性と共有することなんて考えれない。


「子供が欲しいですか――?」

 

 クレインは、アルティシアがいらないというなら必要はないと言った。


「だって、跡継ぎが……」


 アルティシアはらしくなく、激情のまま気持ちをほとばしらせた。


「泣かないで――。でもほら、もし産まれなくてもおれたちには、アルフォード様とエリアルがいるでしょう。グレンリズム伯爵家とアルテイル侯爵家の血を継ぐ子供達なら、だれも文句は言えないでしょう?」


 グッと喉を詰めて、アルティシアは咳き込む。

 目を瞠ってクレインを見つめると、そこにはいたずらが成功したような嬉しそうな顔があった。

 ケホケホと咳き込むアルティシアの背中を撫でながら、クレインは言う。


「だから、安心しておれの元にいらっしゃい。貴女が不安に思う暇もないほど、愛してあげます」


 耳元で囁かれて、アルティシアは更に赤くなる。頬が熱くて仕方なかった。


「本当にあなたは恥ずかしいひとね」


 いつものように言ったつもりなのに、声に張りが出なかった。


「照れて言うあなたも可愛い……」


 クレインの声は艶を含んでいて、もう顔を上げることも出来ない。


「言ったでしょう? おれも狩人なんですよ。獲物を逃がすつもりはありません」


「知っています……」とアルティシアが呟くと、嬉しそうに「それは良かった」と抱き上げた。


 庭に出て行くと向こうに二人の姿が見えた。エリアルはアルフォードに肩車をしてもらって葡萄を摘んでいた。

 アルティシアがエリアルを見て、何か言おうとしたが、声にならなかったようだ。


「あれの躾をお願いします……」

「え、ええ。でもわたくしで何とかなるかしら……」


 アルティシアの困ったような声に、クレインは頷いた。


「おれの教育が間違ってたのはいなめません」


 二人はお転婆な未来の侯爵夫人を想像して笑う。


「エリアル、アルフォード様。家族が増えましたよ」


 クレインがアルティシアを見つめながらそういうと、エリアルを肩に乗せたままアルフォードは驚いたようにこちらを振り向いた。


「え、もう出来ちゃったのか。クレインは手が早いな……」


 感心したようにいわれた言葉の意味を考えて、クレインは言葉を失う。


「もおおお、お兄様の馬鹿!」

「え、違うのか?」


 アルフォードは天然だから仕方ないとは思うが、アルティシアが怒っているので、クレインは訂正する。


「違います。おれたちも結婚することになったといったんです」

「なんだ、そんなことか」

「よかったわねお兄様。ずっと好きだったんでしょう? シア様、私シア様の名前を聞いたときに思い出したんです。お兄様がいつも大事にしていたうさぎのぬいぐるみの名前、シアっていうんですよ」


 何で知ってるんだとクレインは慌ててエリアルを睨みつける。


「クレイン……」


 アルティシアが暴露されたクレインをなだめるように、そっと「嬉しいわ」と言ってくれたので、クレインは怒ることは止めた。


 きっと結婚しても、アルフォードとエリアルの面倒をみることになるのだろうなと、クレインは少し疲れてしまう。


「エリアル、美味しいお菓子も用意してるのよ。そろそろ部屋にもどりましょう」


 アルティシアが、そういうとエリアルはアルフォードから降りて、側に寄ってきた。 


「お義姉さま、嬉しいです」


 エリアルがアルティシアの手を握る。その仕草がとても可愛らしくて、アルティシアは自然と微笑むのだった。アルフォードが後ろから付いてきてエリアルの手を握る。


 こんな関係もいいかもしれない――と、不安だった気持ちが消えていくのをアルティシアは感じた。

なんてことでしょう。あっさりアルティシアは落ちてきてしまいました。自ら落ちたともいいますが。

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