侯爵家の侍女は見た!
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イルはアルテイル侯爵家の門を馬車でくぐり、ホッと息を吐いた。
色々なことがあった一週間だった。
「お帰りなさいイル」
戻って直ぐに侍女のお仕着せに着替えて、アルティシアに挨拶をする。
アルティシアは、部屋で本を読んでいた。横に控えている侍女がイルの帰還を告げるとお茶の用意をするように言う。横でお客様のように座っていた女性はイルにとても似ているが、侍女のお仕着せは着ていない。
「ショコラと紅茶のケーキがクレイン様から届いております」
「そう? じゃあそれを食べましょうよ」
イルが切り分けると侍女二人とお客様のような女性とアルティシアのお茶会が始まる。
「シア様、エレ、スイ、ただいま帰りました」
「「「お疲れ様」」」
エレはイルの二歳違いの姉だ。もう一人のお客様は王宮で侍女をしているスイで、イルと双子の姉妹で、アルティシアの乳兄弟になる。女ばかりだが、とても仲がいい。アルティシアが外と距離をおいても寂しくないのは、乳兄弟が側にいるからだ。
「「「で、どんな方だったの?」」」
聞かれるだろうなと思っていたが、お茶を口につけるより早く、三人は興味津々に聞いてきた。
王都の屋敷は執事のマリム以下アルティシア付きのエレを筆頭にアルフォード付きのイル、そのほかの侍女がいる。
エレは王都の屋敷をまとめているが、イルは王都に近い別荘の管理もしている。それほど頻繁に使うわけではないので、月に二度ほど不定期に見にいくことにしている。勿論そちらにも使用人は沢山いるので、いつ主人がきても大丈夫なように調えられているが、目が届かなければ、不正がおこることもあるからだ。
たまたまイルが監督のため訪れていたときに、アルフォードからの指示が届き、エリアルの世話を任されたのだった。
「とても、美しい方でした」
一言目は、やはりその美しさだろう。クレインを知りすぎるほど知っている三人はその言葉に頷いた。
「クレイン様に似てないってお兄様は言ってたのだけど」
「似てると思います」
スイは王宮で王太子妃付きになっているので、エリアルのことは知っている。話したことはないが、その噂はあちこちから聞いている。
「あのクレイン様の妹君ですものね。それは美しいでしょうね」
エレもため息を付く。
「エリアル様は、別荘にいらっしゃったときは身体の具合を悪くされていて、二日間ほとんど床に伏せておられたんですけど……」
可哀想にとか大丈夫だったの? とかいう言葉を聞きながら、ためるように告げる。
「ずっとアルフォード様は側に付きっきりでおられました……。意識も朦朧とされてるエリアル様に甲斐甲斐しくスープを飲ませたり、薬を飲ませたり、頭を撫でられたり。背中を痛めていたので冷やすように医者に言われていたのですが、自ら氷嚢をずっとあてられていたり……」
「お兄様が……?」
「「アルフォード様が……?」」
イルも未だに、夢ではなかったのかしらと思わないでもない。
アルフォードは優しいとは思うが、気が利くとはいい難い性格である。その彼があんなに一生懸命に看病するなど信じられなかった。
「「「信じられないわ」」」
「ですよね~」
二日でエリアルは全快した。お風呂に入るエリアルを手伝ったが、その引き締まった身体と大きな胸に、ちょっと羨望を感じた。
「エリアル様は馬がたいそう好きなようで、全快されると厩に案内してほしいというので、部屋にもどっていたアルフォード様にそう伝言してお連れしたんですが、可愛らしかったですよ~」
「クレイン様も愛馬のことは大層大事にされているものね」
「やはり兄妹は似ているのでしょうか」
イルは、そこで声をひそめる。
「そこでアルフォード様はエリアル様に愛を囁いておりましたわ」
「「「え、厩で???」」」
三人は声をそろえて驚いた。
いくらなんでもそれはないだろう――。
「アルフォード様は、エリアル様を閉じ込めてしまいたいとか、愛してるとかいってたような気がします」
「何、その、気がするって……」
厩は広くて扉の外で待機してたイルには途切れ途切れにしか聞こえてこなかったのだ。
「仲良くしてるのだと思っていたら、突然締めろと言われて、旦那様がエリアル様を押し倒してるんじゃないかとか心配してしまいましたわ」
「まぁ、なんて性急な……」
「旦那様は情緒を学ばれた方がいいかと……」
アルフォードの株が下がっていく。
「その後、厩から出てこられたときは旦那様はエリアル様をお姫さま抱っこされていて、もう周りは見えてないようでしたわ」
エリアルの為に首にかじりついていたことは、黙っておく。
「「「それで、どうなったの?」」」
「後は二日ほどエリアル様は別荘に滞在されて、旦那様と愛? をはぐくまれておりました。なんというか、規格外なお嬢様だったので……」
庭先で剣を交えていたし、馬で遠乗りされていたし、果物を摘みにいったり、お菓子を作ったり、アルフォードも楽しそうにしていたのを思い出す。
「旦那様が騎士団のほうへ行くのと入れ違いに、クレイン様がエリアル様を迎えにいらして、領地のご両親に婚約の許可をいただきに行くとのことでしたわ。旦那様は仕事が滞っているので、二、三日は屋敷に戻れないそうです」
三人は息を飲む。
「もう決まったのね」
アルティシアが、確認のために聞くと、イルは笑顔で頷いた。
「あの方でしたら、きっと旦那様も幸せになれると思います」
「わたくしは出て行ったほうがいいのかしら」
決めていたこととはいえ、少し不安に思ってしまったアルティシアはそう言った。
「シア様がお決めになることとは思いますが、あの方なら一緒にくらしても楽しそうですわ」
「私もそう思いますわ。あの引っ込み思案のセリナ様がエリアル様には大層心を許してらっしゃいますもの。それにあの『風の騎士姫』ですのよ。女性の味方ですわ」
アルティシアは読んでいた本の表紙を撫でる。
「それに、シア様。旦那様の結婚が決まったら、クレイン様がいらっしゃいます。どうするかはシア様のお心次第ですが……」
アルティシアは目を彷徨わせる。
好きな人に愛を囁かれて嬉しくないはずはない。けれど、クレインのためを思うなら、身を引くのが正しいのだ。
「クレイン様には、申し訳ないけれど、私は……」
アルティシアの声が震える。
「シア様、貴女は我慢しすぎです」
エレは怒ったように、アルティシアの顔を覗きこむ。
「だって……」
「クレイン様が今までずっと頑張ってきたのは誰のためですか? 貴女を幸せにしたいと願っているから、長期計画で妹君を教育されてきたのでしょう」
クレインは言っていた。
『剣も弓も馬も教えました。野外で野宿する術も、簡単な毒くらいなら耐性もあります。さすがに人を殺めたことはありませんが、自分と大事なものを護るためならそれに耐えれる強靭な心ももっていますよ』
『風の騎士姫』は、クレインがアルフォードとアルティシアのために作ったのだ。
「ごめんなさい、もう少し考えさせて」
エレは責めてはいない。それでも責められているように感じるのはアルティシアが弱いからだと思う。
クレインが来るまでに、ちゃんと言葉を考えないといけないと、アルティシアは決心するのだった。
もっとイル視点で書きたかったのですが、ここは抑え目でw。




