大事な人 アルフォードの独白
読んでくださってありがとうございます。
エリアルを休ませて、自分の部屋の書斎で椅子に腰掛けて座り込み、俺は小さくため息を吐いた。
昨日から寝ていないが、眠れそうにない。神経は焼き切れそうなほどなのに、沈めることができないのだ。気休めにいれてもらった落ち着くというお茶を飲む。
昨日、馬車の中で幸せを感じたのは一瞬だったな……と、ふっと微笑む。
細い肩が震えながら「うそつき……」と繰り返すエリアルに、満たされたような気持ちが湧き上がり、そのまま誰にも見せたくないと思うほどの愛しさが溢れそうになったというのに、その直ぐ後には心臓が飛び出るくらいの衝撃を受けた。
未だに思い出しただけで、ドキドキする――。
あの時、掴んだ自分を本当に褒めてやりたい。いや、あの時もっとちゃんと向かい合えていたら、こんなことにはならなかったのだろう。
ジンシルが悪いわけではないが、恨むぞ……。
だめだ……。もう一杯自分でお茶を入れる。ポットごと置いていってもらって正解だった。
クレインに街で見つかるまで、どうやってエリアルの誤解を解くべきか、いっそ誤解をそのままにフェードアウトしてしまうのが正解なのか、考えて歩いていた。
あの男はいつも凄いタイミングの良さで現れる。図ってやってるわけではないようだったから、これはもう神様に愛されてるとかそういうことなんじゃないかとおもう。
クレインは喜んでくれた。
そして、告げられた言葉に驚きと納得と嬉しさを感じた。
俺は両親と妹の脚を奪ったのが自分だとは思っていなかったが、報いが返ってきたのだとは思っていた。
戦場で、俺は沢山の人間を殺した――。
戦場は、力と力の圧倒的な奔流の只中だった。
俺に求められていたのは、味方を護ること、敵を殲滅することだった。
俺の部隊は遊撃部隊で、攪乱とすみやかな殲滅を受け持つ。危険だがやりがいのある仕事だった。
まだ少年で、騎士団に配属されていないクレインは、本隊に戻った後の俺の従者という立場だったのだが、「従者とは主人に付き従うもののことです」とどんなに言い聞かせても着いて来て、後ろから弓矢で援護をかってでた。俺の部隊は今も側近といてそばにいる奴等を含めて三十人ほどだったが、その強さは戦況を圧倒的に有利にするものだった。
死んだ人間が、人間に見えないくらい、俺たちは戦に飲まれていて、上げた戦功の数だけ人を殺したのだと認識したのは、戦が終わってからだった。
自分の家族を殺され、助かった妹に「返して――」と言われたときに、俺はそのことに気がついたのだ。
俺が殺した人間にも、妻や子供がいて、こんな瞳で嘆き悲しんでいるのだと、……やっと気がついた。
騎士団を辞して、侯爵としての仕事を覚えつつ、社交にもせいを出していたが、どうしても自分の跡継ぎとか妻とかが思い浮かばなかった。貴族の使命には、血を繋ぐというものもあるというのに。
妹はもう嫁にはいけないだろうと思う。貴族の正妻としては、社交をこなすことも家の中を差配することも出来ないからだ。嫁に出してしまえば、もう妹が不遇にあったとしても表立って護ることはできない。
そして、自分の妻となった女が妹を目障りに思ってしまうこともないとは限らない。
妹には不幸な目にあってほしくなかった。もうこれ以上は――。
クレインは、俺が口にした「もうこれ以上自分のせいで家族を失いたくない」という言葉を信じて、小さな妹を鍛えたらしい。元々素質はあったんだと思うが、『風の騎士姫』とレインから上がった報告書を読む限り、やりすぎだと思う。
あの逃げ足の速さは凄すぎだろう。
「エリアルなら、貴方の子供とシアもきっと護りますよ。おれがいうのもなんですが、強いですし、逃げ足なら誰にも負けません。安心してください」
誇らしげにクレインは微笑んだ。
「エリアルが危ないだろ」
クレインにそう突き返す。照れが言わせたんだと思う。
「なら、貴方が護ればいいじゃないですか……」
顔が赤いのは、酒のせいにしたい。
俺に迷いは消えていた。
ジンシルがナリスと酒場にやってきて事態を報告したとき、俺は頭から冷水を被ったように頭が冷えていくのを感じた。
クレインは混乱していた。
「人を集める。ナリス、頼めるか」
俺は冷静さを努めて、ナリスに指示を出す。
クレインの屋敷では、既に執事の命令で三隊が捜索、エリアルの友達の家にも隠れいないか確認していた。
「エリアルが領地に戻るとするなら、この三経路になると思います。どこで有事が発生するかわからないので、三つありますが、何事もない今なら、この道だと思います。途中印がはいってるところはうちの関連施設です」
クレインの示した経路を頭に叩き込んで、三隊は順次出発した。
「隠れているかもしれません。エリアルが疾走したとして、出会うのはこの森かこの丘の辺りかと思います。夜間ですので、気をつけて……、お願いします」
頭を下げるクレインに「まかせろ」と、俺たちは馬を走らせた。
俺の乗る馬はクレインの馬で、俺の巨体を乗せても軽やかに疾走った。
しかし、女性の乗る馬がこんなところまで、来るものか……? と思わないでもない。もう既に三時間から四時間は走っているだろう。馬の生産地であるグレンリズム領で育てばそういうものなのかと、無理やり納得するが、もしかしたら追い抜いているかもしれない。
迷ったその時だった。目の端に、何かが光ったような気がした。馬脚を緩めると、他の連中はそのまま走っていく。トイレかと思ったのだろう。
気になったのは俺だけか……。
ジッとその森の木々の密集したあたりを凝視すると、人の視線を感じた。
「エリアル、止まれ!」
止まれといわれて、止まるような女じゃないとわかっている。
道から外れ、小川を駆け、森に入ると木々が邪魔をしたが、怯むことなく馬は進んでくれた。
エリアルに並走するも、彼女は止まる気配はない。手綱を奪っても止めることは出来ないだろう。下手に止めれば、彼女は地面に叩きつけられるはずだ。
馬から跳び、エリアルを抱き寄せながら彼女の向こう側に転がった。受身を片手でとり、エリアルを少しでも衝撃からまもろうとした。何度も転がり木の根を背中になんとか止まることができた。
何故だろう、背中よりエリアルを抱いていたほうの腹の方が痛い……?
「う……っ、痛」
エリアルは、胸の中でうめき声を上げた。少し安心する。全身で護ったとはいえ、あちこち打っているのは確かだ。ホッとした瞬間、エリアルは呻きながらも俺に食って掛かってきた。
こんなエリアルは初めてだが、惚れた弱みなのか、可愛らしく思える。
「何てことするんですか! 馬が転んだらどうするつもりだったんですか!」
エリアルが怒っているのは、どうやら自分の痛みに対するものではなかったらしい。馬の心配をしている。それがなんだかムカついて、子供っぽいかと思ったが、恨めしげに告げた。
「エリアルが止まらないのが悪い……」
エリアルは、何も言わなかった。エリアルを心配してきた馬の鼻面を優しく叩いていた。
「何故ここにいるか、聞いてもいいですか?」
「クレインと飲んでるところにジンシルがエリアルの家出を報告にきた。原因は俺だろう。だから俺が探しに……エリアル?」
エリアルの質問に答えていると、何か違和感があった。
彼女の出で立ちは、フードの付いたマント、その下は男性がきるようなシャツとズボン
膝までのブーツは履きなれたもののようだ。フードから、何故か髪の毛の先が揺れた。声を失った俺の視線の先で、エリアルは戸惑ったようなか細い声で言い訳をしていた。
「女の一人旅とばれない様に切っただけです……」
声が出なかった――。
貴族の女性は皆、決まりがあるわけではないが、髪の毛を伸ばす。身分のある女性ほど長い。エリアルも腰よりも長くその金の煌きは、彼女の美しさの一部でもあった。
勿論、髪が全てとはいわないが、女性はその髪の美しさを誇るのが普通だ。
一人旅をするために切るというのは、嘘ではないだろうが、それだけが真実とは思えなかった。
不意に抱き寄せると、エリアルは声を上げた。その声は苦痛がにじんでいた。
「やっ、痛い……」
手が震える。
俺は、もしかしなくても、エリアルを傷つけている?
「すまない」
痛みを堪えてエリアルが立ち上がる。他に傷はないようだったが、背中の痛みが酷すぎて気付いてないだけかもしれない。
いつの間にか先行していた仲間が背後にいた。
王都とグレンリズム領、そして側にある俺の別荘に伝令に出てくれる。
「ここから別邸が近い。そこで医者に診てもらってくれ」
エリアルの馬に乗せると、彼女は安心したように息を吐いた。馬はエリアルをそっと運ぶ。まるで彼女の痛みを気遣っているようだった。
ふと、エリアルの瞳が周囲に注意を払う。逃げる隙を探してるようなその視線にキリリと心が痛む。馬の半分も信頼されていないのだ……。
「心配したんだ」
「無事で何よりでした」
俺の言葉に、残った仲間のシンが畳み掛ける。
「申し訳ありませんでした」
エリアルは、そっと痛みを堪えながら頭を下げた。覗く髪が揺れるのを俺はなんとも言えない気持ちで見つめた。
ごまかしも謝罪もない素直な気持ちを伝えなければ……。
きっとエリアルは何度でも逃げるだろう――。
眉間が痛くなってきた。お茶の効果はないが、もう水分でお腹がチャポチャポいっている。
明日、エリアルにどう話そう――?
俺は、もう一杯お茶を飲むべく、召使を呼ぶベルを鳴らした。
疲れてたのか、四時間ほど昼寝をしたら、元気に書けました~。NO!寝不足! ですね。最近書くのが辛かったのです。シリアスだし……。シリアス好物なんですが、書くとなると消耗します。
今回は、前前回の話のアルフォード視点を書いてみました。コピペが結構あるので字数は多いですが、中身は薄いですw。




