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後悔

このお話を書いて嬉しいことが沢山ありました。読んでくださってありがとうございます☆

 エリアルは王都からしばらくトライルを疾走させていたが、王都から外れ川沿いの道に入ったところで速度を落とした。人間は夜目がきかないが、灯をつけて走っていれば、夜盗の類をひきよせてしまう確率が上がるため、明かりはない。月のない夜は、明かりがなければ真っ暗で、ほんの先も闇の中だった。


 トライルは王都にいる間、夜間は馬小屋にいるが、領地では放牧されていて、草を食むために夜でも野外に慣れている。それを信じて、エリアルはトライルに任せて道を進む。


 今の時期人間の足でも渡れる程度の細い川だが、水を汲むのに不自由はない。


 夜の帳が開け、少し薄闇になってきた頃、エリアルはトライルを休ませるために川を渡り、森というには整備された木々の間を歩いていく。この森は王都の人々が近場の旅行で訪れる場所で、国によって整備されている場所だった。


 五時間ほど走っていたので、トライルも疲れているはずだ。元々そう大きな馬ではない。


「ほら、砂糖あげるよ」


 ご褒美をあげると嬉しそうだ。

 エリアルも木にもたれ、サンドウィッチを取り出して食べる。


 思い余って出てきた割にこれだけ走ると気持ちがいい。モヤモヤしていたものがどこかへ飛んで行った様な気がする。


 サンドウィッチは、心配してくれた侍女や料理長がエリアルの好きなものをはさんでくれたようで、どれも美味しかった。


 木々の密集してる場所にトライルを繋ぎ、その横で木にもたれ、少しだけエリアルは眠ることにした。疲れた身体は、一瞬で眠りの国への誘いに応じて、膝をかかえたままエリアルは眠りについた。


 しばらく眠ると馬の走る蹄の音で目が覚めた。

 

「陽日……」


 家の馬だった。綺麗な葦毛の馬で、明けてきたその道を疾走する姿はため息がでるほど美しい。大分白くなってきたなと思う。その後ろを鹿毛の馬、栗毛の馬が追いかけている。


 出て行こうか、どうしようかと思ったけれど、迷っているうちに家人の乗る馬は足音だけを残していってしまった。あの機動力は素晴らしいと、エリアルは誇らしく思った。


 しばらくぼんやりと、木々の間から日が昇っていくキラキラとした木漏れ日を見つめていたが、立ち上がる。大きく伸びをして、トライルに乗ったところで、またも馬の蹄の音が聞こえた。まさか同じ道を二隊もいくとは思わないが、クレインなら念のために後続隊も用意しないでもないと、ジッと木々の隙間から川向こうの道を眺めた。木々はトライルも乗っているエリアルも隠している。ここにいると知らない人間が、あの速度で走っていれば、気付かれることはないはずだった。


 エリアルは息を飲む。


 ――アルフォード様。


 エリアルの声なき声が聞こえるはずもない。なのに、その馬は他の馬達が行くのに立ち止まった。


 男の目は確かにエリアルを認めた。


 ありえるはずのないこと。なんだろう、この獣じみた勘の鋭さは。


 こんな場所を疾走っているなんて、エリアルを探している以外にありはしない。何も考えられず、エリアルはトライルの手綱をとった。逃げると追いかけたくなると言われたのを思い出す。

 それでも逃げずにはいられない。


 エリアルの恐慌を知ってか、捕食される側の本能か、トライルは力の限り逃げた。森の小道は馬車が通れるほどの広さがあって、トライルの走りを邪魔しない。


 川を渡り、木々の邪魔を受けながらもアルフォードの疾走は緩むことはない。人馬が一体になるというのは、こういうことを言うのかと、追いかけてくるアルフォードに一瞬目が奪われる。

 馬はマリエル、クレインの愛馬だ。駄目だ、マリエルは巨体といえるアルフォードを乗せていてもその馬力は素晴らしく、トライルに追いつくだろう。


「エリアル、止まれ!」


 その声は、低く荒い息が更にエリアルの心を追い詰める。


 並走するアルフォードが、舌打ちをした。エリアルはその瞬間信じられない思いでアルフォードを見た。


 怒っている――、これが噂の黒い豹か……エリアルは衝撃を覚悟した。


 アルフォードは止まりそうにないエリアルを横抱きにして、引きずり下ろすように馬から飛び降りた。人を抱いて馬から落ちたことはない。受身をとるが、速度が速すぎたからか、エリアルを抱き込んだまま何回転かしたのち木の根っこで背中をしたたかに打ちつけて、なんとか止まることが出来た。


「う……っ、痛」


 エリアルの声にアルフォードは無事を確認してホッとする。


「何てことするんですか! 馬が転んだらどうするつもりだったんですか!」


 エリアルの痛みに顰めていた顔に怒りがわいた。


「エリアルが止まらないのが悪い……」


 アルフォードが憮然と呟くのをエリアルは聞いた。

 フンフンと吐息を感じて後ろを振り向くと、トライルが落としたエリアルに気付いてもどってきていた。ポンポンと鼻面を叩いて無事を確かめると、エリアルの怒っている様子を察したのか少し離れていく。


 動物は正直だ――。


 エリアルは逃走するのを諦めた。トライルに乗っていても無理だったのだ。昨日と違って、今なら自分の気持ちをちゃんと伝えられるかもしれないと、エリアルは思った。


「何故ここにいるか、聞いてもいいですか?」

「クレインと飲んでるところにジンシルがエリアルの家出を報告にきた。原因は俺だろう。だから俺が探しに……エリアル?」


 アルフォードの言葉が突然切れて、不自然なほどの視線を感じる。

 マントのフードからこぼれた髪の先が見えたのだろう。アルフォードは強引なくらいの力強さでマントの前を引きちぎって、声を失った。


「女の一人旅とばれない様に切っただけです……」


 失恋で切ったわけではないと、エリアルは言いたかった。それでも、衝撃だったのか、アルフォードの口は声を出そうとして、失敗したようだった。

 不意に抱き寄せられて、エリアルは痛みに声を上げる。


「やっ、痛い……」


 背中が痛かった。腰に挿していたナイフが落馬の衝撃で背中を傷つけたのだろう。痛みは打ち身のようだったが、かなり痛い。


「すまない」


 エリアルを支えて立ち上がらせ、二人の後方で待機していた騎士達にアルフォードは報告を頼んだ。一人はエリアルの領地のほうへ、一人は王都のクレインの元へ。一人はアルフォードの命令で側にあるアルフォードの別邸へ使いに走った。


「ここから別邸が近い。そこで医者に診てもらってくれ」


 トライルに乗せられて、アルフォードのマリエルに横付けされて、もう一人の騎士が荷物を持ち後ろについた。逃げるつもりはなかったが、つい隙を探してしまうのは、癖だから仕方がないと思うのに、それをアルフォードに気付かれて、余計に警戒させてしまったようだった。


「心配したんだ」

「無事で何よりでした」

 

 アルフォードと騎士の言葉にエリアルは頭を垂れる。


「申し訳ありませんでした」


 エリアルの謝罪に揺れる髪を見て、二人はそれ以上責めることはせずに、ゆっくり馬を進めるのだった。

流石にアルフォードの巨体でエリアルと相乗りとか馬が可哀想過ぎてできませんでした。本当なら一緒に乗って、胸元に抱き寄せられるエリアルとか、心臓の音が……とかやりたかったのですが、残念です。

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