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狩人の遁走

読んでくださってありがとうございます。

 エリアルは、屋敷に戻ると一目散に部屋に逃げ帰った。


「もう駄目。もう無理」


 気持ちがぐちゃぐちゃになってしまっていた。


 アルフォードが言ったとおりに勘違いしたエリアルは、ドレスを脱いで、鏡に移る自分をみつめた。


「恥ずかしい……」


 顔が泣きすぎて真っ赤になっている。瞼も鼻の下も痛い。


 この顔が駄目だったのかと思えるくらいの顔だ。この顔をみて、好きになった気持ちがどっかへ行ってしまったのだろうかと、エリアルは思った。


 もう、無理だ。頭が痛い。


 下着のままベットにもぐりこむ。


 まだ夕方だけれど、寝てしまおう。涙はやはり止まらず、干からびてしまうかもしれないと思いながら、エリアルは無理やり目を瞑った。

 中々心の中の感情が納まらず、エリアルは寝返りをうちつつ、夜まで、眠るのだった。




 ===================


「エリアル様、起きてらっしゃいますか?」


 侍女が様子を見にきて、ドレスを片付けてくれている音が聞こえた。


「ごめんなさい……サンドウィッチか何か持ってきて。そこに置いてて」

「お嬢様……、わかりました」


 自分のことながら、擦れた声に驚く。

 侍女は、ジンシルから聞いてるのだろう、いたわるようにそっと肩を撫でて、部屋を出て行った。しばらくしたら、テーブルの上にサンドウィッチとボトルにいれた果実水とを置いていってくれた。


 一口飲んで、ホッと息を吐く。


 何がこんなにしんどいのだろうかと、エリアルは不思議に思った。

 アルフォードを想うのがしんどいのではない。応えてもらえないことでもない。なら何なんだろう。


「ここでは私は息ができないんだ……」


 考えた末に出た答えは、この王都という場所に居心地の悪さを感じる自分だった。



 エリアルは、普段使わない私物をいれている小部屋で、必要なものを取り出した。


 少し勇気がいるが、この金の髪をフードから見つかることを思えば、必要なことだと思ったので、腰の下まで伸びた髪を肩より少し長いくらいで切りそろえた。男物の上下にくたびれた黒いマントはフードが付いていて、髪を隠してくれる。手には使い慣れた革の手袋、野営の用意の出来てるかばんには必要なものが入っている。それは、有事の際に必要なものとして、クレインと教師達とそろえたものだ。

 

 腰に剣を、いつも狩りに行くよりも小さな弓と矢筒を。ナイフはズボンの背中に挿す。


 地図は頭に入っている。


 ベランダに出ると、ベランダの下には、ジンシルにいわれたのだろう警護のものたちがいた。今日は月のない夜なので、見つかりにくいとは思ったが、明かりは部屋だけにして、持っていたロープの先につけた重りをベランダの上につけられている突起に投げると絡まった。それを引いて、しっかりと固定されてることを確認してから、エリアルは隣の部屋のベランダまで飛び移る。


 ベランダの下の光景を考えれば、部屋の外には見張りというか心配している家人がいるだろう。


 なんとかベランダをつたい、庭に下りたエリアルは、厩にいる愛馬トライルの元に行く。


「トラ……、ちょっと大変だけど、私を連れて行ってくれる?」


 エリアルの言葉の意味を知ってかどうか、ブブブ……と嬉しそうに鳴く。

 初めて一人で領地まで帰ることに迷いがないわけではなかった。しかも一人でだ。

 怖ろしくても、ここに留まるよりは、自分らしくいられると、そう思った。


 厩番には「リリスのところにいってきます」と告げ、門番には「リリス様にエリアル様のお手紙を届けてきます」と侍従の振りをしていった。

 外からの客には警戒をするが、中の人間には大した警戒もしない――これはこれで問題だと思う。けれど、それは今は重要なことではない。


 さぁ、行こう――。


 エリアルの心の声を聞いて、トライルが駆ける。


 夜の王都を抜け出して、エリアルは領地を目指すのだった。



 =====================


「なんて顔で歩いてるんですか」


 クレインが愛馬マリエルと帰るのは、馬車と馬専用の区切られた道だった。大通りの真ん中にその専用の道があり、脇を人の通る道がある。更にその脇には沢山の店が夜へむけての騒がしい一時を過ごしている。


 ここは専用の道なので、駆けることもできるが、クレインはそう急いではいなかったので、今のはやりはなんだろうと情報収集もかねてゆっくり歩いてた。


 人が川のように流れる道であっても、アルフォードの頭一つ以上出る長身は見間違えるはずもない。何かを考えながら歩いているのか、眉間にはしわがより、その威圧感は他者を圧倒して、そこだけぽっかりと人ごみが開いてるという不自然さだった。


「クレイン……」


 何をやらかしたのか、アルフォードは気まずそうに一度視線をそらして、諦めたようにクレインを飲みにさそってきた。


 二人が連れ立ってやってきたのは、馬を繋いでおけるが、上等な飲み屋ではない。子爵と侯爵が訪れるにはふさわしくないその店は、アルフォードが若い頃に騎士団の雑多な連中と夜をあかした安いが飯のうまい店だった。


 馬を預けるときは、いつもクレインはマリエルに言い聞かす。


「おれじゃない人間がお前を連れていこうとしたら、嘶いて知らせるんだよ。そして、お前の丈夫な後ろ脚で蹴り上げ、前脚で踏み潰すんだよ」


 額を撫でながら、物騒な台詞を睦言のように囁く。

 マリエルは、「わかった」というように軽く嘶き、クレインの手に気持ちよさそうに目を細めた。


 酒と料理を適当に頼んで、アルフォードはクレインに頭を下げた。


「すまん。エリアルに告白してしまった」


 硬い表情と声音がクレインに緊張感を与えていたが、それが杞憂なものだとわかり、クレインは笑った。


「そんな顔で何をいうかと思えば」

「エリアルに好きだといってしまった。俺は結婚しないといいながら、自分の気持ちを偽ることすらできなかった……」


 クレインは意外に思いながらも、嬉しくて、アルフォードに酒を注いだ。


「我慢できなかったんだ……」

「もう手を出したんですか」

「そんなわけあるか! 俺はもう認めたんだ。大事にしたいと思っている」


 クレインはアルフォードの気持ちが嬉しかった。やっと自分が描いていた未来を手に入れることができると、今までの苦労を思い浮かべて自分にも酒を注いだ。


「よし! 今日の酒はおれが奢る!!」


 酒場にいる者たちにクレインは宣言した。

 こんなにめでたい夜を二人だけで祝うのはもったいない気がしたのだ。


「えらい綺麗な騎士さんよ~なんかいいことあったんかい?」


と酒場で飲んでいた赤ら顔の男達が聞いてくる。


「この人とな、おれの妹が結婚することになったんだ!」

「お~! めでたいな。皆、乾杯だ~」


 奢りと聞いてあちこちから「おめでとう」「乾杯」と声が上がる。



 二人の酒盛りはジンシルが酒場に駆け込んでくるまで続くのだった。

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