言葉の壁
読んでくださってありがとうございます。
今更ながら、自分の行動が信じられない。
アルフォードは、自分の胸の中でジッと息を詰めている少女を怖がらせないように、ことさら丁寧に髪を梳きながら思う。
何故、俺は自分の意思を支配できないのか……十代の子供でもあるまいし。もう三十二歳のいいおじさんが何してるんだ……。
あれほど結婚はしないと宣言していながら、彼女が届けてくれた想いをどうやって傷つけないように断れるのか、彼女を軽薄な男達から護れるのか、散々考えていたくせに、告白してしまった――。
あり得ない……。
「好きなんだ……」
とか、どんなけ語彙が足りないんだよ。
しかもこんな狭い馬車の中で(馬車の割りに広いが)座ってる彼女を抱きしめるということは、中腰で揺れるのを堪えているのだ。ああ、身体を鍛えておいて良かった――とアルフォードは思う。
何度も「うそつき……」と可愛らしくなじっていた声は、今はない。静かに自分のしゃくりあげそうになる息を必死で止めている。いじらしくて堪らない――。
「エリアル、こっちを向いてくれるか」
恐る恐る上げた顔が子供が泣いてたような表情で、なんだかいけないことをしている気がしてくる。
「悪かった……」
こんなに泣かすつもりはなかったのに、本当に自分の不甲斐なさが腹立たしい。
エリアルは、謝るアルフォードを信じられないものをみるように見て、アルフォードの手を振り払った。やはり令嬢の力と思えないほど、思い切りがいい。
いきなりの動きにアルフォードもついていけなくて、放してしまったところで、エリアルは馬車の入り口の取っ手をつかんで思いきりあけて、飛び出そうとグッと力を入れた。
「ま、待て――!」
咄嗟に腰を掴み慌てふためきながら、反対側に尻餅をつきながら、胸に抱き寄せることが出来た。
身体鍛えててよかった――!!何度目も自分を褒める。
自分の上に乗ったというか乗せたエリアルは、ボタボタと涙を溢れさす。
何が悪かったのか、何がエリアルの琴線に触れてしまったのか、アルフォードはやはりわからなかった。
「閣下!!うちのお嬢様に何を……」
突然開いた後部の扉に驚いて、御者の席にいたクレインの従者であるジンシルが確認にきたらしい。
当然、泣きながらアルフォードに抱き寄せられているエリアルを見て、思うことは一つだろう。アルフォードが、エリアルに無体を働こうとして、こうなったと……。
アルフォードは頭が痛くなる。
「違う――、聞け」
とりあえず、野次馬がいるので扉を閉めて欲しい……。
「お前、後ろにこい」
御者に馬車を出すようにいって、ジンシルを後部に呼ぶ。
エリアルは自分の隣に座らせて、がっちりと肩をキープする。
項垂れたまま、エリアルはアルフォードの方を見ないで、やはり泣いていた。
「エリアル様、どうされたのですか。何故そんなに泣いてらっしゃるのですか」
ジンシルは、エリアルを刺激しないようにそっと聞いた。
アルフォードがエリアルに何をしようとしたかは敢えて聞かない。
エリアルがアルフォードの事を好きなのは伯爵家では周知の事実だし、クレインも父親である伯爵も何かああったとしても構わないといっている。
それはそれで問題な気もするが……。
なら、何か別のことで泣いていると考えるほうが早い。
「なんでもありません……」
エリアルは、そうとだけ言って、もう役目を果たしていないハンカチで顔を覆うので、自分の使っていないハンカチを手渡す。
エリアルが何でもないというのなら、もう言うつもりはないのだろう。彼女の意思を変えることは、難しい。
「なんでもないそうです」
ジンシルがそう言うと、アルフォードの顔に戸惑いが浮かぶ。
「ちょっと待て、何にもないはずがないだろう!」
抱いてる肩が震えているのに気がついて、アルフォードは声を荒げたことを後悔した。
きっとクレインが言っていた、声と目と威圧感が怯えさせたのだろうと思う。
「屋敷に着きましたので、ここまでで結構でございます。ありがとうございました」
ジンシルがアルフォードの手を肩からのけて、エリアルを立たせる。慇懃なほど丁寧にジンシルは礼をする。
アルフォードは呆気にとられた。
「謝るくらいなら……、ひくっ、ひっ……、言ってくれなくて良かった!!」
しゃくり上げながら、エリアルは馬車から飛び出していった。
エリアルに非難の声を上げられたアルフォードは言われた意味を理解して、固まる。
また、言葉を間違ったのか――。
動けないアルフォードに深い礼をして、ジンシルは扉をしめようとした。
「まて、エリアル!!」
「お待ちください。ここは屋敷でございます。追いかければ、エリアル様は夜道もドレスも気になさらず、馬で疾走されて領地まで逃げ帰るでしょう。どうか、今日のところはお帰りください」
アルフォードの顔が蒼い。
「ここから……?」
「お嬢様は、そういうお方です」
これ以上ない引き止めるための言葉だが、ジンシルは、偽りは言っていない。
「明日、来る。エリアルに、謝ったのはそういうことではないと、言葉を撤回するためではなく、泣かせたくなかったのに、泣かせてしまったのを謝るためだったと伝えてくれ。言葉に嘘はないと」
アルフォードは、そう伝えてくれるように頼んだ。
「閣下、馬車でお送りいたします」
「いや、少し頭を冷やしたい。歩いて帰る――」
アルフォードの言葉に嘘はないとジンシルは思った。敢えて恋愛を遠ざけていたのは知っていたが、言葉が絶対的に足りないのだと思う。
男として、少し可哀想に思いながら、どうやったらエリアルが落ち着いて聞いてくれるだろうかと、ジンシルは頭を悩ませながら、アルフォードを門までおくり、頭を下げた。
言葉って難しいですよね~。伝えたい言葉が伝えられないことってよくあります。ちょっとそんな感じの凹みが自分にあったので、余計暗くなっちゃった。
そろそろ佳境ですね。
いつも読んでくださってありがとうございます。とても嬉しいです。




