刻印
ちょっと体調がいまいちで、昨日はアップできませんでした。まだ本調子になってないので、明日もアップできるかわかりませんが、よろしくです。
アルフォードは、夜の空を見上げていた。
広い中庭には沢山の木々、花が咲き誇っている。月の下で見ると幻想的だ。
とはいえ、アルフォードは、花や月をみていたわけではない。ただぼんやりと酒を飲んでいただけだ。大きな身体に似つかわしい頑健な内臓は、いくら飲んでも酔うという状態に程遠いが、気分は味わえる。
しばらく一人で飲んでいると、カツンカツンと杖の音が聞こえた。
「アルティシア。珍しいな」
アルティシアが、こんな夜更けに庭に出ることはない。
二本の杖を駆使して、アルティシアは自分で歩くことが出来る。ただ、その姿を見せることが嫌なので、余程仲良くならなければ、人前で歩くことはない。その為にアルティシアを抱いて運ぶための力強い侍従も侍女もいる。
「お兄様こそ、珍しいですわ。そんなチーフを首に巻いて、お洒落のつもりですの?」
アルフォードの首筋にチラリと目をやると、アルティシアに笑みかけていた顔が強張って、目線を逸らした。
「あら、お兄様がそんな顔をされるなんて、首筋になにがあるのか気になりますわね」
手を伸ばすとアルフォードに阻まれた。
「だめだ」
アルフォードはアルティシアの手をとって、横の椅子に座らせる。
アルティシアが不服そうに頬を膨らませても、無駄のようだった。
「あら、駄目なんですの?ここ最近、全く首筋を見せないから、どこかの女性に所有印でもつけられたのかと家の者たちが騒いでおりましたのに……」
飲んでいた酒を吹きそうになって、我慢したために咽る。
「なんていう話を聞いてるんだお前は……」
「お兄様のお話ですわ。お義姉さまでも出来るのかと楽しみでしたのに」
咽るのが止まらない。ゴホゴホと咳をすると、アルティシアの手がアルフォードの背中を撫でた。
「俺は結婚はしないといっただろう?」
アルティシアは、悲しそうにアルフォードを見つめた。アルフォードを責めるつもりはなかったが、声はそんな響きを宿していたかもしれない。
「お兄様は、意気地なしですわ」
アルフォードは、笑った。自虐的なその笑みがアルティシアには、泣いてるようにも見えた。
「でもわたくしも、臆病なのですわ。ふふっ兄妹ですもの。同じですわね」
アルティシアはそう言って、アルフォードのお酒をその手から奪って、一口飲んでみた。
「美味しくありませんわね……」
「そうか……。ならこっちにしとけ」
横にあったつまみのショコラを渡すと、アルティシアは首を振った。
「だめですわ。わたくし、これ以上食べていたら太ってしまいますわ。クレイン様が美味しいショコラをお土産に持ってきてくれるものだから、もうそれ以外は甘いものは控えておりますのよ」
美味しくなければ、我慢できるのに……とぶつぶつ言い始めた妹に意趣返しをするつもりで、アルフォードは意地悪く「クレインのショコラ以外は食べないのか」と聞いた。
「ええ、わたくし、もうクレイン様のショコラ以外はいらないのですわ。だって、あれほどわたくしを想ってショコラを探してくれる方はおりませんもの」
反対にアルティシアに当てられるアルフォードだったが、疑問に思ってアルティシアに尋ねる。
「クレインはお前にプロポーズしてるんじゃないのか?」
それを断っているということも、執事を通して聞いている。
クレインのショコラ以外はいらないというのなら、きっと好きなんだろうと思う。
「ええ、わたくしはクレイン様にプロポーズしていただいておりますわ。もったないことです。わたくしでは、クレイン様に何もしてさしあげることはできませんのに……」
アルティシアの声に悲観する響きはなかった。
「と思っておりましたが、どうやらそれは違うようなのです」
アルティシアは、下からアルフォードの顔を覗きこむ。
「わたしくにも出来ることがあるようなので、それを実行しようかと思っておりますの。ねぇ、お兄様、クレイン様の妹君をお家に招待してくださいませんか」
アルフォードはアルティシアのお願いに、今までの酒が一気に吹き飛ぶのを感じた。
「それは……」
「お願いしますわ。わたくしは、知り合いではありませんし。クレイン様の妹君は、最近ふさぎこんでいらっしゃるそうですの。クレイン様では、慰めることもできないとかで、困ってらっしゃったの。ずっと……十二年間もわたくしのお友達として、わたくしを支えてくださったクレイン様のお願いですもの。お役に立ちたいと思うのです」
そう言われて、断れるはずもないことをアルティシアはわかっている。
アルフォードがぎこちなくゆっくりと頷くのを、アルティシアは当然のことと受け止めた。
「嬉しいわ。どんな方なのかしら……。クレイン様のように黒いのかしら?」
「いや、黒くない」
クレインが黒いことを知ってるのかとアルフォードは驚いた。
「否定が早すぎますわ」
「一緒にしたらエリアルが可哀想だ……」
ふと思い込んだアルフォードの首から、アルティシアはチーフを抜き取った。
洋灯の光だけの薄暗いなかで、アルフォードの首筋が明らかになった。
「あら……」
アルティシアは声を繋げなかった。
そこにあるのは、可愛らしい所有印というよりは、何かの呪いの様にみえた。
慌てて隠すアルフォードは、少し怒っているようだった。
鬱血で赤紫と青紫が入り混じっていた。時間が立ったために、痣は下がってきているようだった。歯型はもう少し上にある。
「激しい方ですのね……」
つい言ってしまって、恥ずかしくなる。
もう寝なきゃとかいい訳しながら、アルティシアは立ち上がった。
「お休みなさいませ、お兄様」
憮然としながら、アルフォードも「おやすみ」と言ってアルティシアを送った。
首筋を触ると、もう痛みはなかった。触るたびにあの時のエリアルの行動が思いだされて、ゾクリとする。既に悪寒なのか快感なのかもわからない。
「エリアル……」
声にだすだけで、熱を持ちそうになる身体をもてあましながら、アルフォードはもう一度飲み始めるのだった。
読んでくださってありがとうございました。




