番外 お姫さまのお友達
リサは朝からウキウキしていた。今日はアゼル子爵クレイン様の妹君であるエリアルさまがセリナ様のところにいらっしゃる日だからだ。
最初は、あまりに美しく、麗しく、クレイン様に似たその顔にクラクラしていたリサだったが、エリアル様のあまりというか全く気取らない性格に好感をもち、『薔薇の園のしじま』に助言をくれるようになってからは、待ち遠しくて仕方ない存在に格上げされた。
最初は何人かが趣味で本を執筆していた『薔薇の園しじま』という本は、今や貴婦人の間では知らぬ人はいないといわれるメジャーな存在となっている。あくまで貴婦人の間であるが。
内容は、騎士団で人気のあるクレイン様をはじめアルテイル侯爵、東方騎士団副指令カリスト様、アルテイル侯爵の側近であるレイル・ソーンウィル様、サーディン会計、マクア騎士見習いなど男性達による愛の物語である。そこにはコンラート王太子殿下を含め王宮の方々も相手役として登場することもある。
女性も出ることはあるが、大概は二人の愛を引き裂こうとする悪役である。
リサはその本に執筆している作者の一人だった。
それでもリサは、十四歳の少女には早いと思っていたから、王女であるセリナ様には本の存在は教えることはしなかったし、今でも執筆してることは言っていない。
それが、男爵令嬢の幼馴染である大きな商家の令嬢であるシルヴィア様がセリナ様に『薔薇の園のしじま』を貸して、セリナ様ははまってしまわれた。何冊も読み漁り、セリナ様は立派な『薔薇の園の会』会員になってしまわれた。
もう、隠す必要はないので、一緒に盛り上がっているが、執筆してることはやはり内緒だ。そこは、それ、恥ずかしいからね☆
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「いつも出迎えありがとう。リサ」
エリアル様は、いつも緑や青など、年の割りに渋めの色を好まれているのに今日は珍しくピンクの昼のドレスを着ていてらっしゃった。淡いピンクはとても似合ってらっしゃる。褒めると少し恥ずかしそうにはにかむ。
「先ほど、王太子様に呼び止められて、護衛騎士のユグルド様が戦線を離脱されました」
いつもは護衛騎士の強面、ユグルド様が一緒にお迎えしているのだが、今日はいない。果たして無事に王女様の元にたどりつけるかしら? とリサは思う。
「ふふっ、戦線離脱って」
いやいやいや、エリアル様は自身の魅力を半分も理解されていないと思う。
いつもどれだけユグルド様が、視線で敵を粉砕してるか……。
あ、早速来た……。
「珍しいですね、お一人ですか?」
王宮に伺候してる伯爵だ。私もいるのに一人って……、少し悲しくなる。まぁ目に入ってないのだろう。
「ごきげんよう、セオリス様」
エリアル様は、前回も挨拶してきたセオリス伯爵だったので、返事を返す。
何故かエリアル様が王宮にいらっしゃると、何人もの男どもがわいてくる。この道だっていつもはこんなに人どおりはないはずなのに。たとえば、そこで花に水をやってる史書などエリアル様が来たときしかみない。どこかに連絡網でもあるのだろうか。
「エリアル嬢、よろしければ、庭を散策などいかがですか」
人事ながら心配になる。仕事しろよ……。
「エリアル様は、王女様に呼ばれて参ったのです。そんな時間はございません」
視界に割って入ると、気分を害したように「チッ」と舌打ちが聞こえた。
エリアル様の耳にも聞こえたようで、
「セオリス様、私女性に舌打ちされる方とはお友達になりたくありませんわ。失礼いたします」
前回お友達になりましょうと言ったセオリス様をぶった切った。
「エリアル嬢お待ちください」
追いすがろうとエリアル様の手をとったように、見えた。庇おうとした私の前で伯爵は転んだ。何かに躓いたのだろうか、腹を空にむけ、呆然と自分の手を見つめる。
今のうちにエリアル様と距離をかせぐ。追っては来なかったようだ。
「私、ああいう人嫌いなの」
エリアル様はそういって顔をしかめられた。そんな顔をしても、損なわれないのが美人の顔っていうものらしい。
「わたしも嫌いです」
しっかりと頷いておく。あいつは、もう話かける前に排除だ。王太子妃様にいって、エリアル様が来る前に仕事漬けにでもしておいてもらおうと思う。
しばらくは、挨拶だけで、後ろ髪をひかれながらもエリアル様を見送る男性が続いた。
「やぁ、いらっしゃい」
お前の家か! と突っ込みたいが、きっと来るだろうと思っていた一人が来た。侯爵の息子で、えらそうな男だ。「自称クレイン様の友人」とかで、エリアル様になれ慣れしい。
「今日も王女様のところへ?」
「ええ。貴方はお仕事?」
さっさと仕事へいけというエリアル様の言葉の意味も解さず、男はエリアル様の肩を抱こうとした。
その瞬間、エリアル様は瞬間移動された。男はよろけて、不思議そうに自分の手を見ている。エリアル様は一人分横にいて、前を見据えたまま歩いている。
「今からお茶でもしていかないか」
空気を読めない男は、親しげにエリアル様に笑いかける。その目には、獲物を狙うような色があった。
「エリアル様は王女様に呼ばれておりますので」
と代わりに返事をしたら、いたく不機嫌になられて、私の肩に手を伸ばした。王女の侍女を突き飛ばそうとするとかあり得ないだろう。
男の手首を握ったのは、エリアル様だった。そのまま男の足を払い、転がして、手首を背中でねじり上げた。
「ぐぁああ」
と、なんとも情けない声をだしたかと思うと暴れようとした。エリアル様のヒールの踵が侯爵の息子の肩に食いこむ。
「私は、女性に手を上げる男性は、敵だと思っております」
静か過ぎる声がエリアル様の口から零れ落ちる。
「敵に容赦はいたしません」
男はぐぁあの合間に「もうしません」とか「もっとやって……」とか言ってたような気がするが、気持ちが悪いので記憶を削除する。
何事かとやってきた見回りの騎士が目を見開く。
「グレンリズム伯爵令嬢……」
同僚の妹が男を押さえ込んでるのを驚愕の眼差しで見つめる。
「あら、ごきげんよう。女性に暴力を働こうとする暴漢を捕まえましたわ。これ、お願いできます?」
涙と涎まみれの男を引き渡して、エリアル様は踵をかえした。
ふと、後ろに振り返って、人差し指を口元に持っていって、
「アルフォード様には内緒ね?」
とエリアル様はウィンクした。騎士は、その可愛らしい仕草に頬を紅潮させ、頷いた。
でも、こんな衆人環視の中、内緒にするのは無理だと思う。
新たな世界の扉を開いた侯爵の息子が、この先、エリアル様にまとわりつかないか、それだけが心配だと思うリサだった。
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「いつも思うのだけど、皆様お暇なのね……」
非常に迷惑そうにエリアル様はおっしゃる。
確かに王宮に来るたびに挨拶責めにあってお疲れになるだろう。
何かいい方法はないかとリサは思案する。
「アルテイル閣下に迎えを頼みましょう」
素晴らしいアイディアをセリナ様が思いつかれた。たしかに侯爵であり、騎士団の軍務指令のアルテイル閣下なら、だれも声を掛ける隙などないだろう。
エリアル様は、慌てたように手をふり、顔を赤くされた。
「そんな、だめよ。忙しくしてらっしゃるアルフォード様にそんなことを頼むくらいなら、私ここには来れません!」
いい案だと思ったが、思った以上に拒否されて、二人は黙り込んだ。他の案を検討することにしようと思う。
「あ、このショコラお土産に持ってきたの。これはお茶に出してくれる? こっちはリサにもって来たから、お仕事仲間の方とでも食べて頂戴」
ショコラのケーキが入った箱を二つ渡される。リサは侍女なので、一緒にお茶することが出来ないから別に用意してくれたようだ。
「このショコラ、マテリアルのショコラですか」
箱に印刷されたマークをみて、リサは歓声を上げた。
「この店のショコラは、当日朝早くから並ばないと買えないんですよ」
「そうなの? 確かに美しいし、美味しそうね」
セリナ様も興味津々だ。女性はいつだって甘いものには目がない。
「お兄様が援助してるのよ。小さなお菓子屋さんで食べたショコラがあまりに素晴らしかったからって。お兄様は昔からショコラにこだわりがあるようで、あちこちの店を試していたんだけど、いつしか王都中のショコラを食べつくして、もっと他にないかと料理学校(民間にある)とかにも足を運んで、ショコラ職人を支援するようになったんですって」
クレインの意外な趣味にリサは驚きながらも、次の小説に使えそうだとほくそ笑む。
「エリアル様、ドレスの裾に少し汚れが……」
先ほどの立ち回りのときに汚したのだろう。
「ああ、いいわ。セリナ様が気になされないようだったら、平気よ」
「気にはならないけれど、折角のピンクのドレスなのに……」
セリナ様は少し気にされたようだが、特に指示はなかった。
「これだから、こういう色は着れないのよね……」
エリアル様が呟くのを聞いて、なぜいつも濃い色を好んで着ているのかわかってしまった。
この伯爵令嬢は、私達が思っているよりも何倍もお転婆らしい……。
リサはお茶を入れながら、シミジミ思うのだった。
読んでくださってありがとうございます。




