青紫の花
誤字脱字編集いたしました
あの人の瞳の色に似ている――。
紫ががった青の清楚なイメージのその花は、庭に植えられていたものだ。
最近疲れていたので、庭にでてちょっと休憩しようと足をむけたその先に、その花は咲いていた。
エリアルだけでなく、領地の自然豊かな土地で育ったクレインも、疲れると木や花や空の雲の動きに心を癒される。
「この花は何というの?」
その辺りで世話をしていた庭師に聞くと、自分が育てた花が自慢なのだろう、嬉しそうに教えてくれた。
「これはキキョウといいます。東の国から仕入れた種で育てました。花言葉は『変わらぬ愛』というんですよ」
クレインは、驚きに軽く目を瞠る。
あの人を想ったその花の言葉が『変わらぬ愛』。
なんて暗示的な花なんだろうか。
「この花を贈り物にしたいんだが、鉢にいれると枯れたりしないだろうか」
庭師は、クレインがこの花を思いのほか気に入ったことに嬉しくなる。
『変わらぬ愛』を語る相手がいたのかと意外に思いながら、大きく頷いた。
「一番綺麗なのを用意してほしい。昼過ぎに玄関に運んでおいてくれるか」
ちょっと顔色の悪かった若様が命じるのを、庭師は快く引き受けた。
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その屋敷はクレインの家から三十分ほど歩いた場所にある。
「ようこそいらっしゃいました」
朝のうちに手紙で訪問を知らせておいたので、侍女は玄関でクレインを待っていた。
「姫のお加減は?」
「朝夕の冷え込みに少し体調を崩すことはありますが、今日はとても元気にされてます」
クレインはホッとする。ここ最近、忙しすぎて贈り物をすることは出来ても、訪れることはできなかったから、心配していたのだ。
「クレイン様がいらっしゃいました」
クレインが子爵を拝する前から知ってる侍女は、クレイン様と呼ぶ。
侍女が扉の前で告げると、凛とした美しい声が「どうぞ」と応える。
クレインは王宮で褒め称やされる艶やかな笑顔ではなく、親しみをこめた愛しくてたまらないという顔をして目の前の女性に声を掛けた。
「こんにちは、シア」
「ようこそ、クレイン。お久しぶりね。忙しかった?」
「ええ、貴女の兄にやきもきさせられてました。もう、正直クタクタです」
そっと指先に口付けて、緑の深い瞳に彼女を映すと、癒されるのを感じる。
彼女の名前は、アルティシア・ジル・アルテイル。アルフォードの妹である。
彼女は、十年前の悲劇の際に足の腱を切られて、社交界に出ることもなく姿を消した。クレインとは同い年になる。
彼女の左の足は医者の尽力と彼女の努力の末に、杖をつきさえすればなんとか歩けるほどに回復した。とはいえ、右足はその力を失い、社交界にデビューすることも生涯の伴侶をも諦めた。
「この花が綺麗だったので、貴女に差し上げようともってきたんですよ」
クレインは自ら運んだ花の鉢を差し出した。
アルティシアの趣味は、自分の部屋からつづく中庭をゆっくり散歩すること。彼女を慰めるために、アルフォードは色とりどりの花々を植えるように指示していた。
「まぁ、綺麗な花ね。初めてみるわ。この花はなんというの?」
「キキョウと言います。東の国から来たそうですよ。……貴女の瞳の色だと思ったのです。似てるでしょう、凛としていて、美しい。色は青紫なのに、冷たさをかんじさせず、高貴な感じが」
アルティシアは、思わず頬を染める。いつものことなのに、この恥ずかしい男の言葉に慣れることはなかった。そしていつものように、その綺麗な青紫な瞳でキッとクレインを睨んだ。
「本当にあなたは、恥ずかしい人ね!」
そんな顔をしていても、アルティシアが、この花を喜んでるのがわかるから、クレインは嬉しくなって、微笑む。
「……でも嬉しいわ。ありがとう、クレイン」
お礼を言うアルティシアの髪がサラサラと流れる。腰まである艶のある黒髪は、肩のところで赤いリボンで留められている。クレインとおそろいだ。
「色が……、新しいのを差し上げるわね」
そっとソファの横に座ったクレインの少し古くなった赤いリボンを指で絡めて取る。
「これがいいです」
お返しとばかりにアルティシアの肩の前で髪を結んでいたリボンをサラッと解くと、さっさと自分の髪をまとめた。
「じゃあ、これは……わたくしが処分するわね」
大事そうにアルティシアは、クレインのものだったリボンをしまった。
「お茶をご用意いたしました」
侍女の言葉で、アルティシアはクレインと束の間、見詰め合っていたことに気がついた。
慌てたように目線をはずし、侍女にお茶の説明をしてもらい、香りを楽しむと、やっと落ち着いたように息を吐くのだった。
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初めて出会ったとき、二人はともに十四歳だった。
その日は、捕らえられたカンリエリス王弟であったアレン・ルクテス・カゼインが公開処刑されて、サラマイン王国の人々の誰もが安心した次の日だった。アルフォードの元に悲報が届けられたのは。
アルテイル侯爵夫妻の死と妹であるアルティシアの負傷が、早馬でその夜にはアルフォードの耳に入った。そのころはまだ奇襲を主にした精鋭部隊の隊長だったアルフォードは、司令官の許可を受けて、王都にある自分の屋敷に舞い戻った。
クレインは侍従として付き従うことを望んだ。
「お前に構ってる暇はない」
クレインは、置いていっても文句はないと告げ、アルフォードは仕方ないと頷いてくれた。
道々、三度馬を変えて、辿りついたとき、2人は脱落し、アルフォードの片腕であるジリアム・ヘイト・マイアルとクレインしかいなかった。
「さすが、馬の生産地の跡取りだな」
とジリアムに褒められるくらい、体力では騎士に劣るクレインの馬の扱いは良かった。馬も軽いクレインが上手についていくものだから、遺憾なく力を発揮してくれたのだろう。
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屋敷は緊張感と沈みきったしじまの中にあった。
使用人たちの押し殺すような泣き声が、時折聞こえた。
「アルティシアは?」
両親の遺骸を見る前に、アルフォードは執事に尋ねる。
「姫様は、今はお薬でお眠りでございます。お部屋に医師がつめております」
アルフォードはそれだけ聞いて、階段を駆け上っていった。二人は影のように付き従う。
「いや――!!」
少女の叫び声が聞こえた。アルフォードが入っていった扉はしまっていなかった。
その声に何事かと入ろうとしたクレインの目に、黒い長い髪が見えた。青紫の瞳には涙があって、ベットに近づこうとしたアルフォードに向かって、少女は水入れを投げた。
「お兄様なんか、お兄様なんか!! 救国の英雄としてあがめられて、さぞやいい気分でしょう! お父様とお母様をかえして!! 私の足を返して!! ……触らないでっ」
水入れが砕けた音とともに、吐き出される憤怒とも嘆きとも知れぬ言葉が、アルフォードに投げつけられていた。
「入るな、行くぞ」
慌てて、入ろうとしたクレインをジリアムが留める。
きっとアルフォードは、この少年にその場面をみせたくないだろうと思って、ジリアムは引きずるようにクレインを一階までつれてもどるのだった。
「……痛い!! 痛い!」
少女の運命を憎むような声と、悲痛に痛みを訴える声が、クレインの思考を奪っていく。
アルフォードは、どれだけ辛いのだろう。
クレインの父の領地を護り、国を救った英雄として崇められても、アルフォードはけして癒されることはないのだろうと、思った……。
やっとクレインがエリアルを鍛え始めた理由に辿りつきそうです。




