昼寝のそのあとで
読んでくださってありがとうございます。
クレインは、朝から忙しかった。
軍務会議が押したこともあるし、王太子妃がエリアルを見かけたらしく「お茶に誘っておいたから今度寄越してね」と言いに来たこともあるし、あれはクレインの妹だろうと舞踏会に来なかった連中が確認に来たこともある。
だが、一番の原因はアルフォードが帰ってこないことだった。
ジンシルからは、アルフォードがエリアルを馬車まで送り、無事王城を抜けたと報告を受けている。
なのに、帰ってこない。
アルフォードは忙しい。クレインほどではないが、軍務司令官としての仕事もあるし、侯爵としての仕事も騎士団内で許されている。合間をみて騎士の連中に稽古をつけることも怠らない。
本当は、エリアルの差し入れはクレインが持ってくればよかったのだが、こんなチャンスはそうないことだから、スケジュールを調整して、訓練の合間にエリアルの時間を作った。
訓練の時間と昼食の時間を合わせれば、3時間は確保できた。、その後はキリキリと仕事をこなしてもらわなければいけないのに……アルフォードは帰ってこなかった。
隊の連中に探してもらってなんとか見つけたのは、それから1時間後だった。
「美味しかったですか、そうですか、よかったですね」
アルフォードは、騎士団の建物の裏手にある庭の隅っこで眠っていた。
クレインの棒読みの台詞をききもせず、ふぁと欠伸をしている。
珍しいこともあるものだな、とクレインは思った。アルフォードが転寝する姿はあまり見たことがなかった。
「美味しかった。エリアルは、料理うまいんだな」
「そうですね。料理は自信あるみたいですよ」
母親のファレルの料理が得意だ。いわく、男は胃袋でつかめ。
両親は未だに仲がよくて、そんな心配はないとおもうのだが、男は浮気性だから、うつろいがちな心なんてもので繋ぎとめるのではなく、美味しいものを愛情を持って作ることでいつまでも仲良く暮らせると、代々家訓として伝わっている。
「エリアルは、ヤバイぞ」
いや、貴方の目のほうがやばいと思う。クレインは書類を渡しながら思った。
「この前会ったときより、綺麗になっていた。訓練場でもすぐにまとわりつかれていたし。なんだか無防備すぎて、あれでは早々にやばいことになるぞ」
この前って……先週だけど。突っ込みたいが、真剣そうなのでやめた。
綺麗になってて当然だとも思う。ただの憧れが、恋に変わって、確かにエリアルは変わったんだと思う。雰囲気が憂いを帯びているのに、心は無邪気なままなのが問題だが。
さっさとこの獣を落として欲しいと思う。そうでないと、そのうち無意識な惚気で砂を吐きそうだ。
「まぁ、あまり人目にさらさないように育ててきましたからね。人の好奇なんかは気にならないんでしょう。自分が欲望の対象にされるとか、想像もしてないとおもいますよ」
「……」
アルフォードは、息をのんでいた。
「欲望の対象?」
そうか、騎士達はエリアルを眺め、賛辞するために集まったのではない。自分のものにして、あの身体を思う様蹂躙したいと願って、エリアルに群がったのだ。
アルフォードの妄想が膨らんで、青くなっていくのを面白そうにクレインはみている。ちょっと自分の妹に欲望の対象とかいう言葉は気持ち悪かったが、アルフォードが慌ててくれるなら、それはそれでよかった。
「はいはい。仕事に戻ってください」
いつまでもウンウンと唸ってるので、仕方なく仕事に促す。
「クレイン、今日訓練にきてた奴等をピックアップしておけ。余計なところにまわす体力をそぎ落としてやる……」
獰猛な笑みは獲物を捕食せんとする肉食獣のものだ。
戦場じゃないのにモードがチェンジしたアルフォードをみて、ここが個室で(アルフォードの執務室だ)よかったと思うクレインだった。
それから約一ヶ月、訓練場において、大きな戦でも始まるのではないかと戦々恐々としながら、屍のように打ち捨てられている騎士達と、どこからその体力が……と思えるほどに猛ったアルフォードの剣を振る姿が目撃されるのだった。
「マイアル副長!」
ジリアム・ヘイト・マイアルは、ネサイス伯爵領の砦から報告のために王都リスカスに戻ってきていた。これから十人の騎士が交代でネサイス領の砦ゼイルに行くことになり、マイアルはその交代の騎士達をつれて砦に行くことになる。
「副長おまちしておりました!」
十人の騎士は、みな嬉しそうにジリアムを迎えている。いや、迎えたのは、西方騎士団のなかの若手ばかり三十人ほどだ。未だかつて、こんな歓迎を受けたことはない。
「ほら、お前らもどれ。マイアル副長、お疲れ様でした。閣下は執務室でお待ちです」
ごつい壁をどかしながらやってきたのは、麗しの貴公子クレイン・クロス・アゼルだ。 騎士団では異色の爽やか貴公子で、アルテイル西方軍務司令のサポートをしている。
騎士団の仕事である王都の護りも王宮の護衛も見回りすらも免除されていて、ほとんど文官の仕事をしている。騎士団には武官がほとんどだが、文官も沢山いる。が、その場合、騎士とはいわず、騎士団勤めの文官になるのだ。クレインは、騎士でありながら、ほぼ武官の仕事をしていないので、筋肉な一派からは遠巻きにされていたり、はっきりと侮蔑されることもある。
「よっ、閣下のお守りご苦労さん」
クシャクシャと頭をなでると、クレインは嫌そうに頭を振って逃げる。
「もう、子供じゃないんですから、やめてください」
すっと、距離をとられて、少し寂しくなる。
息子も段々成長してきて、こんな風に逃げていく日がくるのだろうかと思うと、本当に泣けそうだ。十四歳のときに初めて会ったクレインは、もう二十六歳のいい男になった。ジリアムももう三十四歳で、息子は十二歳。この春『柊の園』に入学した。
時は過ぎるのが早いなぁと、感慨深くおもうジリアムであった。
執務室という名の宴会場は、ジリアムを交えて、アルフォード、クレイン、グレンリズム領の砦から戻ったエドワード・ジャイロ、アルフォードの側近であるレイル・ソーンウィル、ナリス・エイル・ディロンが揃っていた。
このメンバーになるとクレインは給仕にまわることになる。
料理と酒を山ほど用意したが、足りるかどうか怪しい。
「お疲れ様。報告は明日聞く。今日はたっぷり呑んでいけ」
アルフォードが乾杯の音頭をとる。呑み始めた面々は、クレインにも座って呑む様に強制する。集まった面々は十年前の戦のときに一緒に戦った仲間で、そのとき侍従としてついていったクレインのことはずっと可愛がってくれている。クレインとしてはいい加減大人扱いしてほしいところだが、色々知られてるだけに、何も言えない。
とりあえず、呑みながら、食べてそれなりに満足したところで、ジリアムが先ほどの疑問をなげかけてみた。
「なんか変じゃなかったか? 連中」
迎えに出た若手は、この前の交代のときより精悍になっていた。泣きそうな表情とはうらはらに、引き締まり、筋肉が増え、一端の騎士のようだった。
「ああ、あれな……」
レイルとナリスが苦笑する。
「ここ最近、鬼のようにアルフォードがしごいてるんだよ」
ぶはっとナリスが噴き出して言いつける。
「それもな、嫉妬だよ、この人。若手に嫉妬して、鬼になったんだよ。あはは、くるし~~」
「そんなわけじゃあない。なんだ、嫉妬って。俺はな、若手が変に色気づいて、問題を起こす前に、なんとか吐き出さそうとがんばってるだけだ」
えらそうにアルフォードが言うのを背中をバンバン叩いて、既にもう酔っているレイルがばらす。
「エリアル嬢可愛いもんな~」
ぎゃはははは……と笑いながら、沈没していった。
「レイル早すぎ……。何そのエリアルって」
「クレインの妹だよ。こいつとソックリな超美少女でな。この前訓練場に来たんだけど、そのときに若手の連中がのぼせてさ、そんで怒れる野獣の出来上がりってわけだ」
「クレインの妹? て、確かクレインとも結構年はなれてなかったか?」
貴族の結婚は年の差婚というのもあるが、アルフォードは独身主義だったはずだよなとジリアムは思った。
「俺は結婚はしないっていってるだろう」
何でしたくないかもここにいるものは、皆知っている。十年前の戦いでアルフォードとともに戦った同じ隊の人間だからだ。そして、その後の悲劇も知っている。
「別に結婚しなくてもいいですよ。遊んでやったら喜びますよ。まだ何もしらない子供ですからね」
いつもなら、アルフォードはクレインの酷いいい様にも何も言わない。でも、そこまでエリアルを貶めるような言い方は例えクレインでも許せなかった。
「ちょっと待て、いつも思うんだが、お前はエリアルを何だと思ってるんだ」
襟首を締め上げるとクレインを睨む。その怒れる野獣の目にもクレインはひるまない。
「好きな男も落とせない不甲斐ない子供ですかね」
更にいうと、締め上げてた手を緩め、アルフォードは拳を握った。
「ちょっと~~ちょっとちょっと待て待て」
アルフォードをナリスとエドワードが止める。クレインをかばうようにジリアムが間に入った。
レイルだけが、幸せそうに眠っている。
「あれだ、クレイン。お前酔ってるのか? アルフォードを怒らせてどうする。アルフォード、お前もお前だ。独身主義とかいうなら、その令嬢からは距離をとれ。その子がどんな美少女だろうと、お前はいらないんだろう。下手に親切にしたら、その子が傷つくだろ」
「エリアルは、今はまだ乙女モードで大人しくしてるけど、そのうち動き始めるでしょう。俺には止められませんよ。あれは狩人ですから」
ジリアムはアルフォードを嗜めながら、背中でクレインの声を聞いた。酷く予言めいた言葉だった。
狩られるのはアルフォードか、エリアルか、どちらにしてもクレインは文句がない。
フフフ・・・と笑いながらクレインも沈んでいった。やはり酔っていたようだ。
アルフォードは怒りの持って行き場がなくなって、酒を呷った。喉を焼くような酒なのに何故か酔える気がしなかった。
残った四人は地味に朝まで呑み続けるのだった……。




