りんごのお菓子は非常に美味でした
読んでくださってありがとうございます。
「この前は……」
震えそうになる声を何事もないかのように必死に音にする。
そうだ、挨拶もしていない。
「ありがとうございました!」
いっそ警備隊に入らないか? と勧誘したくなるほどの礼だった。角度も勢いも。発声すらも。
ああ……お嬢様、混乱してるんだなと、少し離れたところでジンシルは生暖かく見守ることにした。主人であるクレインから、閣下になら押し倒させてても邪魔をするなといわれているし。
アルフォードはその勢いついたお礼に驚きながらも、先ほど貧血を起こしたように倒れかけたエリアルを気遣いその肩に手を置き、座る様にいった。案の定、エリアルの顔は少し白かった。
「気にしなくていい。俺が好きでやったことだ」
自然とそう思えて口に出すと、エリアルは嬉しそうにもう一度、
「ありがとうございます」
と、言った。目元が緩んで、可愛らしい。
やはり、クレインには似ても似つかない。アルフォードはしみじみと思った。
「訓練は……?」
邪魔するような形で中断させてしまったのではないかとエリアルは思った。
「いや、もう俺は終わりだ。一日に何人も負傷者をだしては、陛下に怒られるからな」
エリアルは先程の訓練を思い出して、確かにと納得した。強い人を見るとウズウズして手合わせしてほしくなるエリアルだが、あれは無理だと諦めた。エリアルの相手をしてくれるのは師匠とクレインとハールとジンシルくらいだし、どれも重量級ではなかった。重さだけでなく、とりえの素早さだけでもかなわない。
それに……アルフォード様には手合わせでなく、ダンスを踊って欲しい。
そう思ってしまう自分がなんだか自分らしくなくて、恥ずかしくて、俯いてしまう。
「エリアル? 何だか顔が赤いが……体調でも悪いのではないか」
「いえ、いえいえ、アルフォード様、お腹はすいてらっしゃる?」
もし、まだお腹がすいてないようなら、バスケットのまま渡そうと思っていた。
アップルパイにりんごのタルトタタン、ついでにオレンジのマーマレードでつくったマドレーヌ。さすがに甘いものばかりでは辛いだろうと、サンドウィッチをいくつか用意してきた。
サンドウィッチは、どんなのが好みなのかわからなかったので、「男は肉だ」と言ってたお兄様のいつかの言葉を思い出して、ローストビーフ、ハム、ベーコンを卵や野菜で組み合わせて持ってきた。ちょっと多いかもしれない。
「空いてる。朝から会議やら訓練やら、忙しかったからな」
アルフォードは、会議のところで少し眉間にしわをよせて、あまり楽しくなかったのを表していた。その顔が可愛くて、エリアルは笑みをこぼす。
なんでこの人はこんなに表情が豊かなんだろう、お兄様とは大違いだと思う。眉間のしわを伸ばしてあげたくなってしまう。
料理とお菓子を持ってきたお皿にとり、手をぬぐうようにナプキンを渡す。プレースマットを敷いた上に簡単に紅茶とお皿を載せ、ナイフとフォークをセットした。
「おお。手際がいいな。食べていいのか?」
よほどお腹が空いていたのだろう。召し上がれという前に手を伸ばしていた。
「んん、うまいな。エリアルは食べないのか? 」
貴婦人が人前で食べることは、あまり褒められたことではない。それでなくても、訓練場の一角だ。貴賓席になるのだろう。他の場所はテーブルなどは置いていない。
「たくさん食べてくださると嬉しいです」
エリアルは美味しそうに食べてもらうのが大好きだ。料理や特にお菓子なんかは時間や手間がかかる。食べてもらえる相手のことを思って、喜んでくれるだろうか、笑ってくれるだろうかと想像して作る。だから、本当に想ってる人にしか作ったりしない。それこそ、王都ならいくらでも美味しいお菓子を売ってるのだから。
アルフォードを想ってつくったお菓子は、彼の味覚にあうだろうか。それが心配だ。
エリアルの心配をよそに、お腹が空いているというのは本当のことだったのだろう。ナイフとフォークをつかわず、そのまま手で掴んで食べている。サンドウィッチは五口もあれば口の中に消えていく。味わってないわけではないのだろう、パンの種類の違いまで気付いていた。
「こっちのパン美味しいな」
レーズンを混ぜて焼いたパンが一番好きみたいだ。
男の食欲は兄やハールでわかっていたつもりだったが、もしかしたら足りないかもしれない。三十二歳はまだまだ食欲旺盛なようだ。
パイは三口だった……。ホールで用意してもいいかもしれない。
「エリアル、ほら」
ちょっと呆然としてるエリアルが、物欲しそうに見えたのか、タルトタタンの幅の広い部分をもって、先の方を差し出してきた。
「あ……」
差し出されたタルトの先をつい口にくわえてしまった。リリスと食べあいっこしてる癖だろうとおもう。
そのまま出すわけにもいかず、小さく噛むとりんごの甘酸っぱさと洋酒のいい香りがした。美味しくて、ふふっと笑ってしまった。
「本当は一緒に食べた方が美味しいんだが……。貴婦人というは大変だな」
アルフォードの目は優しい。エリアルのことをやはり妹と思っているようだ。
「本当に。領地では、湖や森にピクニックにいったりするんです。沢山お弁当を作って、リリスとお兄様とハールと……。あ、リリスとハールは幼馴染なんです」
アルフォードは、エリアルの齧ったところを気にせず、そのまま二口でタルトタタンを食べた。少し恥ずかしかったが、妹と思われているなら、普通なんだろうとおもう。
この前初めて会ったというのに、幼馴染の話までしてしまうほど、エリアルはリラックスしていた。
ジッとエリアルを見ていたアルフォードは、思いついたように言った。
「今度砦に行くときは、その湖を俺もみてみたい。寄ってもいいか? そこなら一緒に食べてくれるんだろう?」
確かに領地には国軍の砦(町になっている)があって、寄るのには問題はなかったが、今までアルフォードが来た事はなかった。クレインだけが、アルフォードが勧めてくれるので、先に出発して屋敷によるようにしてはいたが。
エリアルは戸惑った。これも社交辞令なんだろうか、また自分は一喜一憂して、来てくれるまで待ってしまいそうだ。
エリアルの混乱に気付いてか、アルフォードは、ハッとしたように口元に手をあてた。
「いや、すまない。困らせるつもりはなかった」
自分の言葉に今更気付いたように、アルフォードは謝った。
やっぱり、社交辞令だったのね……。
「お待ちしておりますね。森にはりんごの木が沢山あって……」
エリアルはそう言って、子供に期待させたことを反省してほしいと少し意地悪をする。
アルフォードは来る気がないのに期待をもたせるのだ。いつもこんな風に他の女性にも優しく声を掛け、その気にさせるのだろう。自分はまだ子供だから、いつもの癖を反省して謝ったのだろう。
皿を片付けながら、領地の話をした。王都のような活気はないが、皆優しく、自然の宝庫だとか、優秀な馬が沢山いるのだとか、いつもアルフォードの傍にいる貴婦人のような洗練された会話など出来ないから、そんなことを喋った。
帰りはアルフォードが馬車まで送ってくれた。
「またな。差し入れ、うまかった」
手をかりて、馬車に乗るときは、凄く緊張して、変な汗をかいてしまったような気がする。でも、アルフォード様の手は大きくて、温かくてずっと握っていたくなるような安心感があった。手が離れる瞬間、強く握られたような気がした。
「エリアル、君は知ってるんだろうか……」
アルフォードの声は小さくて、ちゃんと聞こえなかった。聞き返そうとしたのだが、扉は閉まって、アルフォードが、御者に出発するように指示をだしたとわかった。小さな窓から顔を見せると、手を振ってくれた。あんな偉い地位にいる人が、手を振って送ってくれるなんて、夢ではないのかとエリアルは思った。
どうしよう。こんなに幸せなのに、リサが起こしに来るかもしれない……。
家につくまで、これは夢だろうからと、起こされる心配をしていたエリアルだった。
ちょっとイチャイチャさせようとがんばったのですが、砂を吐きそうになったにもかかわらず、あまり甘くはできませんでした・・・。これが限界か・・・。




