声は武器だと思います
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王宮の馬車の留まり場で侍女をまたせて、エリアルは兄の従者のジンシルの案内を受けて歩いていた。昼間の王宮は舞踏会のときとはまた違った雰囲気だった。
「ねぇジンシル、お兄様ちゃんとお仕事してた?」
今日の朝はクレインも一緒に食事をしたのだが、果実水だけを辛そうに飲んでいた。
「してましたよ。目、据わってましたけどね」
やはりまだ二日酔いは治ってないようだ。
「あのうさぎのぬいぐるみってなんなの?聞いても教えてくれないけど、ちょっと気持ち悪かった」
飲みながらうさぎのぬいぐるみを相手に何か喋っていたように思う。
「あれですか、シアとか呼んでましたね。女性にもらったんじゃないですか」
もらったぬいぐるみを相手に酒を呑む、あり得ないだろう、あのクレインが。
「ありえないわね」
「ありえませんね」
二人は同時に呟いて、笑った。
「あら、楽しそうね」
少し離れた場所から貴婦人が護衛をつれて歩いてくるのは見えていたが、声をかけられるまで、それが王太子妃だとエリアルは気づかなかった。
「妃殿下・・・」
二人は道を譲り、頭を下げた。
「ごきげんよう、エリアル様。今日はお兄様に会いにいらしたの?」
こんなところで、王太子妃にたまたま出会うことなどあるのかと、エリアルは驚いた。名前を覚えてもらっているとは光栄の極みだ。
「ごきげんうるわしゅうございます、妃殿下」
「わたくしのことはソフィアでいいわ。これから一緒にお茶でもどうかしら、折角会えたのだし」
妃殿下は、とても気安い方らしい。華やかなだけでなく、とても優しい方だと父がいっていたのを思い出して、お話してみたいとは思ったが、今はそれどころではない。
「ソフィア様。とても有難いことではございますが、約束がありまして・・・」
エリアルは、基本物怖じはしない。よくも悪くもあるが、それにソフィアは好感をもった。
「それは残念ね。次は、わたくしに会いにいらっしゃって。美味しいお茶を用意して待ってるわ」
妃殿下は、折角のお誘いを断ったエリアルに気分を害されるかと思ったが、そんなそぶりは一切なかった。頷き、去っていく。
妃殿下の流れるような美しい所作に見ほれ、エリアルはもう一度頭を下げた。
「妃殿下がこんな風に歩いていらっしゃるなんて、想像もしてなかったわ。お優しい方なのね」
「そうですね、妃殿下がこの道を歩いてるのはみたことありませんが、お優しい方かもしれませんね」
ジンシルは、エリアルを肯定してるようで、していない言葉でごまかした。
どう考えてもエリアル目当てだろう。普段この道はこんなに人はいない。なんでエリアル様が来ることがばれてるんだ・・・とジンシルは焦りながら、声をかけようと近寄ろうとする人々を回避しながら、足早に(とても普通の令嬢がついてこれるスピードではない)エリアルを案内するのだった。
やりきった・・・と汗をぬぐいながら、訓練場にたどり着く。
「ジンシル・・・」
エリアルは、文句も言わずについてきたが、何も思わなかったわけではない。
じっとりとした目でジンシルを見つめる。
ジンシルはエリアルの父についている執事の3男で、小さいころからクレインについている。エリアルとクレインは10歳離れていることもあって、ジンシルと一緒に遊んだりはしなかったがエリアルは家族のように思っている。
あきらかに、態度が変だった。
非難めいた視線を感じて、ジンシルは言い訳する。
「クレイン様のご命令なんです。誰にも会わせない様に訓練所までつれて来るようにと・・・妃殿下はさすがに無視するわけにもいかなかったので・・・」
「あたりまえじゃないの。お兄様は何を心配されているのかしら」
春先とはいえ暖かい日が続いている。日傘を差していても、これだけ走るように歩けば、汗をかいてしまった。
これからアルフォード様にお会いするのに・・・。
エリアルが瞳を曇らせていると訓練場で盛大な野太い声が上がる。
今まで汗臭くなっただろう自分に落ち込んでいたエリアルだが、その声の方を見て一気に嬉しいといういう気持ちが膨れ上がる。
「あ、エリアル様!!」
ジンシルの声は聞こえなかった。
訓練場の真ん中にアルフォードが立っていた。幅の広い重そうな剣を片手でもち、三人を相手にしている。訓練場というのだから、訓練しているのだろうが見ただけでその威圧感をエリアルも感じられた。
騎士団の訓練場は、とても広い。40m×75mほどの楕円形のもので屋根もついている。放射線状に外側から斜めに中央へ向かって観客席があって、最大1000人ほどが座れるだろう。一番前まで走っていったエリアルをジンシルが追う。
「凄い・・・」
エリアルの感嘆の声が聞こえた。
訓練用の刃の潰された剣が、3人の男をなぎ払う。もはや、あれは剣というより鈍器だろう。大振りは普通、そこに隙を作るものだが、あれだけ重そうな剣を軽々と引き戻し、次の攻撃に移る。受けた男が吹き飛ばされる。背中を打ち付けて痛そうだ。2人目は1人目を犠牲にするようにアルフォードが体勢を戻す前にたたみかける。1檄2檄と受け止めたアルフォードは3檄目のタイミングを崩し剣のほうでなく、剣の握りでこめかみを突打した。
あ、気を失った・・・。可哀想に・・・しばらく起き上がれないだろう。エリアルは目を離せなかった。
3人目は少し逡巡したように思う。それを振り切るようにグッと腰から真横にアルフォードを狙う。あれほど大きな男なのに、それこそ魔法でもかかってるようなよけ方で間合いを外した。下からなぎ払うと、それを受け止められずに背後から飛ばされていた。
力技すごい・・・。
そして騎士って素晴らしいと思う。あの攻撃が来るとわかっていて逃げることを許されないなんてどんな精神的拷問だ。恐怖に耐えて、それでも向かっていく、この国の騎士が強い理由がエリアルにもわかった。
「お嬢さん、あちらで見学しませんか」
「説明してさしあげますよ」
エリアルが身を乗り出さんばかりに見ていると、どこからか表れた騎士達が集まってきた。ジンシルがエリアルの背後で番犬のように差し出される手を払っているが、エリアルはアルフォードの剣技に夢中で気がついていなかった。
基本的にこの訓練場を訪れることができるのは騎士の関係者だから、騎士達もエリアルに親しげに声をかけたのだろう。
「ごきげんよう」
エリアルは遠巻きにしているものたちも合わせると沢山の人間が自分をみていることにやっと気がついた。
笑顔で挨拶すると、その中から3人の男性が寄ってきた。
兄の知り合いかしらと思う。クレインはエリアルが王都にいる間は決して友達を家につれてきたりしなかったので、よくわからなかった。
「随分綺麗なお嬢さんだ。よかったら、ここを案内しよう」
その中の1人がエリアルの手をとろうとして、ジンシルに阻まれる。
「ん、アゼルのところの・・・ということは・・・・、挨拶もさせないつもりか」
クレインの妹と気づいたようだった。
ジンシルの手を払い、なおもエリアルに手を伸ばそうとして、その手がつかみ上げられたのに、男は憤慨したのか手を握りこんだ。そして、握りこんだ手の掴まれた部分が激しく軋むのに驚いて、手を掴んだ人物に気がついた。ジンシルではなかった。
「閣下・・・」
先ほどまで確かに訓練場の真ん中で剣を振るっていた男がエリアルの背後に立ち、正面の騎士の手首を握っていた。
「何をしている・・・」
アルフォードの声は低く、エリアルの背後の頭の上から聞こえたような気がした。耳に響いた。
「んっ」
エリアルは一瞬腰が抜けたかと思った。膝に力がはいらなくて崩れそうになるのをアルフォードが抱きとめる。
「邪魔だ・・・、いけ」
抑えた声音がアルフォードの怒り発露のようで男は慌てて踵を返した。訓練といえどもアルフォードの威圧感を散々浴びていた男たちは、恐怖からか、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
いっそ見事だとジンシルは逃げっぷりを称えた。
「怖い目にあわせたな。大丈夫か?」
エリアルがくだけたのが、知らない男たちに囲まれたことか手を握られそうになったことかとアルフォードは思ってるようだった。
声が良すぎて・・・とは、恥ずかしくて言えなかった。顔は既に真っ赤になっている。
「大丈夫です、あの、アルフォード様・・・離してください」
エリアルは、ドクドクと脈打つ鼓動が聞こえてしまいそうでアルフォードに願った。
「ああ、あちらの方が広い」
アルフォードは軽々とエリアルを抱き上げて、貴賓席の方へ歩いていった。
慌ててジンシルもバスケットを持って追いかける。
「悪いやつらじゃないんだが・・・」
アルフォードは、騎士達の気持ちもわかるしなという。
「こんな美しい令嬢がいたら誰でも声を掛けたくなる」
エリアルを席に座るように下ろして、手をとった。指先に口付けるのは貴婦人に対する挨拶の一つだ。
「指先へ口付けたくなるというものだ」
ふっと微笑みを浮かべて、エリアルを見つめる。
アルフォード様はヤバイ。これだけスラスラと恥ずかしい台詞をいえるなんて、かなり遊んでるとみえる。
この先どこまで耐えれるのか、エリアルは真っ赤になりながらも青褪めるのだった。
めずらしくクレインが出てきませんでした。アルフォードには頑張ってもらわなくては。




