エリアルとリリス
誤字脱字、そのたもろもろ訂正いたしました
「エリアル、この手紙をハール様に渡してもらいたいの」
エリアルは、ニヤリと笑う。
「フフフ、リリスやっとハールにいう気になったの」
深い森のような緑の瞳を輝かせてエリアルは、リリスを抱きしめた。手紙を受け取って、エリアルは大事にしまった。
来年、二人の令嬢は社交界にデビューが決まっていた。
「でもいいの?勝手にエスコートを頼んで、怒られたりしない?」
彼女たちはまだまだ親の庇護下にある。
「大丈夫!多分……。お父様は、自分がエスコートするつもりらしいんだけど。私、こんなことでもなければ、ハール様に言えないから」
リリスの明るい春の緑の瞳は、ウルウルしている。
ああ、こんな可愛く育ちたかった。エリアルとて、見た感じの印象は違っても、同じように金の髪と緑の瞳だし、容姿でけなされたことはない。可愛いといってくれる人も沢山いる。でも、姿ではないのだ。リリスをみていればわかる。可愛いとはこういうのをいうのだ。少しだけ下から見上げる瞳には信頼と愛情が一杯だ。
「駄目だわ。ハールなんかにあげない!」
リリスはハールなんかにもったいない。もっと……そう、王子様のような人がいいのだ。見たことないけど。
「え、エリアル、困るわ。私はハール様のことを」
泣きそうだ。
「ごめん、ごめん。ごめんね。ハールのどこがいいのかわからないけど、リリスの王子様はハールなのね。私にも、いつか、そんな人に会えるかしら……」
少し遠い目をしたエリアルを精一杯励ますように、リリスは断言する。
「もちろんよ。エリアルなら、きっと見目も麗しい優しくて、強くて、素敵な人が現れるわ。だってエリアルはとても素敵だもの」
泣きそうだったリリスの顔には、もう笑顔が一杯だった。
二人は母親同士が親友の幼馴染である。リリスの母親がリリスの弟を産んだときに身体を壊しエリアルの家に預けられた。三歳のときである。
エリアルは、可愛いリリスが自分の妹になったようで、とても嬉しかった。周りから自分のほうが妹に見えていたのは知らなかったが。リリスの母親が回復するのに一年近くかかったが、その間に二人は大の親友になっていた。
「リリスがお兄様のお嫁さんになってくれたらよかったのに」
とエリアルはいつも思う。
こんなに可愛いリリス。兄の腹は黒いけど、見た目ではりりしく、腹は黒いだけあって頭もいい。勤めてるのはサラマイン王国騎士団、軍務西方司令官の直属だ。二十六歳での異例の出世らしい。きっと偉い人の弱みでも握ってるのだろう。そう思うと、リリスが兄のことを好きにならないでよかったかもしれない。
ハールは、確かに兄を見慣れてるエリアルには凡庸な男にしかみえないが、真っ直ぐだし、気持ちのいい性格だ。ただエリアルの前ではいつもフニャフニャしてるような男なので、リリスの隣に並べたくないのだ。それはエリアルのわがままだから、仕方ない、橋渡ししてやるか……と手紙を握り締めるのだった。
「珍しいね、エリアルが僕を呼ぶなんて」
ハールは、領地が隣なので父母とも馴染みが深い。お隣のぼくちゃんといったところだったので晩餐に呼ぶのに苦労はしなかった。
「ハール君、どうだね、仕事の具合は。王宮にもなれたかね」
父が聞く。ハールは成人した去年から、王宮に伺候してるのだ。
この国には柊の園と呼ばれる学園がある。王族、貴族、富裕層の市民などが高等な勉学を学ぶことの出来る場所だ。とはいえ、王族や貴族は護衛や従者もつれてくるので、同じ場所で同じように学ぶという当初の試みは失敗だったようだ。
ハールは、柊の園に十二歳のときから通い、引き抜かれるという形で王宮に伺候することになったのだ。
『素晴らしいわ』と褒め称えるリリスに『ハールが引き抜かれるって、どんなけ学園に人材がいないのよ』とつぶやいたのは、つい最近のことだ。
「皆様に色々なことを教えていただいて、緊張しますが、とても勉強になります」
「いつまで勉強してるつもりなのよ」
真面目に答えるハールに、ついつい憎まれ口を叩いてしまうのはいつものことだ。
「こらエリー。失礼だぞ」
こういう躾はもっぱら兄の役目で、クレインがたしなめる。今日は珍しくクレインも家にいた。
「はい、お兄様。ハール、ごめんね」
そしてエリアルは反射のように謝る。クレインに逆らってはいけない。
「いや、エリアルの言葉はもっともだよ。私がいつまでも学生気分でいるのを心配してくれるんだね」
嬉しそうに笑う。ハールは本当に人がいい。だから、心配になるのだ。この先、この人のいいハールと人のいいリリスが一緒になったら、あっという間に身包みはがされそうで。 ハールにはもっと警戒心というものをもってもらいたいと思う。
晩餐も終わって、両親が部屋へもどり、クレインとハールとエリアルは一緒にお茶を飲むことにした。
「ねえハール。舞踏会は誰かもうお相手がいるの?」
エリアルの大好きなさっぱりとした匂いの紅茶が部屋に香る。エリアルは嗜みとして、お茶をいれるが、もっぱら自分の好みのお茶を入れるだけだ。だからこそ、その味はなかなかのものである。
「え、あの、あの、エリアルは……?」
慌てたようにハールが聞き返してくる。
たまにリリスとおしゃべりしてるような気分になるのは、上からなのに上目づかいだからだろうか。リリスがすると可愛くて、エリアルの普段あまり主張しない乙女心がキュンとなるのだが、ハールだとどうでもよくなるのはなぜだろう。
「私?私は、お兄様よ。別に婚約者がいるわけでもないし、お父様が安心だからって」
自分のことはどうでもいいらしいエリアルがなおも聞いてくるのに、ハールは驚く。
「おれは、だれも……。とくにいないから……だから……」
「ああ、良かった。これ、頼まれたの。よろしくね、絶対ちゃんとエスコートしてあげてね。ちゃんとやらなかったら……、わかってる、でしょうね?」
ハールが言い切る前に、エリアルの方が早かった。ハールの頭の中はついていけてなかった。少し、考えて、ハールは渡された手紙が、誰かをエスコートすることだと気がついた。
「エ、エリアル? ちょっと」
戸惑うハールにエリアルは、ゆっくりともう一度言った。
「わかってるでしょうね?」
逆らうことなど出来ない声音で、エリアルは腕を組み、自分より背の高いハールを威圧した。
わからなかったら殺す!とその目は言っていた。ハールは何も言えなかった。今まで言えたためしがないのだ。ハールは、少ししょんぼりしながら
「わかった……」
と諦めたような声をだした。
クレインはその場で置物のようだった。エリアルが入れたお茶を楽しみながら、何も言わない。目線をそっとハールに送ると、うなだれた姿が見える。もともとクレインにハールで遊ぶ趣味はない。エリアルがハールに話があるというので、異性と二人っきりにするのも問題なのでとどまっただけだ。
本当にこの二人は変わらない。
いつから交友があるのかは覚えていないが、何故かハールはエリアルが大好きなようで、よく後ろからついてきていた。そしてエリアルに木の上からリンゴを投げつけられては泣かされ、川にいっては落とされ、木刀で殴られ、散々な目にあってもエリアルの後をついていく健気な犬のようだった。
忍耐を覚え、ちょっとやそっとのことではめげない彼をクレインはある意味認めている。 自分の長年のたくらみが費えてしまったときには、義弟と呼んでもいいかもと思えるくらいには好ましい。
だが、この二人を見ていて、将来を想像するのは難しそうだった。