宴の席へ
役者は揃ったね、姉さん
えぇ、少し大変だったけど
人を殺す者、殺される者
謎を出す者、答える者
エキストラは必要ない
必要な人は揃ってる
わたくし達には脚本がある
今日と明日のシナリオが
手に取るように解ってしまう
このステージの結末が
それではそろそろ始めましょう
一世一代のパーティーを
今宵はどうかお楽しみ下さい
「す・て・き〜!!」
「うるさい黙れ」
「先輩はいつからそんな冷たいキャラになったんですか〜?冷酷無血ですよ〜」
「完全無欠かなんかとかぶってるだろ、それ」
「先輩の冷血女〜、人でなし〜」
「ふん、なんとでも言うがいい」
「変態〜、セクハラ女〜」
「それは違う」
みたいな馬鹿な会話をしつつ、202号室のベッドの上に体を投げる。
素敵な素敵な二人組からルームキーをもらったあと、一旦駐車場に荷物を取りに行った。
「雪道でお客様が足を滑らせたら大変です。わたくしどもが取りに参りましょうか?」
素敵な素敵な二人組(男)が申し出てくれたが、そこまで人任せにするほど私は堕ちた人間ではない。
丁寧に断って、白樺の道を引き返していく。
「どうしちゃったんですか〜、先輩?」
隣を歩く眠り姫が尋ねてきた。
「デレ〜っとしちゃって、あの男の人に惚れちゃったんですか〜?」
う〜ん、否定し難い。
「先輩何人目ですか〜?いい加減一人に絞りましょうよ〜」
「その、いかにも私が男にだらしないふしだらな女ですみたいにいうのやめてくれる?ていうかデマを吹聴するのをやめろ」
私のイメージが下がってく。
ていうかこいつはいつもこうなのか?
私のいないところでそんな事言ってないだろうな?
不安な影が頭をよぎる。
いや、居座っていやがる。
もはや打つ手なし。
「事実は事実ですよ、先輩」
「そのやり取りさっきやったからカットね」
「や〜い、認めた認めた〜」
「認めとらんは!!」
「認めろ〜、認めろ〜」
「もはや願望ではないか!!」
ていうか死んでも認めん。
私は誠実に生きているのだぞ。
馬鹿だけど。
頭悪いけど。
「………………」
はぁ。
現実ってつらい……
「でも素敵だったよね、あの二人。惚れたっていうんだったらあの二人にかな」
取り敢えず会話の軌道修正。
馬鹿話ばっかじゃ前に進まん。
「ダメですよ〜、先輩。あの人ちゃんと奥さんいるんですからね〜」
「人の話聞いてなかっただろ」
私の軌道修正を見事に無視してくれおって。
聞く耳なしか?
ただいま入荷中ってやつか?
もう嫌だ〜。
殺してくれ〜。
いっそこのまま殺してくれ〜。
むしろ死ね!!
「おや?どっからか殺意が漂ってきてますね〜」
ちっ、勘付きおって。
この言葉、後から聞くと洒落にならないのは今は置いとこう。
未来の話である。
「でもあの二人夫婦って感じだったかな?どっちかっていうと姉弟って感じじゃなかった?」
「またまた〜、そうやって自分に都合よく解釈する〜。先輩の悪い癖ですよ〜」
ダメだ、こいつには何を言っても通じない。
もうやめた。
私は口を開かないようにして足早に駐車場に向かった。
「先輩、口きいて下さいよ〜」
「………………」
駐車場でもこんな感じ。
車のトランクから必要な荷物を取り出す。
え〜と、着替えやらなんやらは持ってって、スキー一式は置いてって……。
こんな感じか。
荷物をひとまとめにして、さっさと戻ろうとする。
「すいませんでした〜、度が過ぎました〜、この通りですからお許しを〜」
「てか何もしてないじゃん」
「いえいえ、心の中は謝罪に満ちております」
「この通りって言われてもね〜」
読心術使えないし。
あいつ顔笑ってるし。
「なんならお詫びの印にお願いごとを一つ聞いてあげますよ」
何がいいですか〜?っていわれてもねぇ。
特にないです。
「早くしないと願ごと叶いませんよ〜」
「あんたは流れ星か」
「お褒めに預かり光栄です」
「残念ながら褒めてない」
これが大学生の会話と思うと結構へこむ。
さすがは成績ビリコンビ。
しょぼ過ぎる。
「願ごとなんてないって」
私は事実を述べた。
「欲がないですね〜、先輩は」
どうせ無欲ですよ〜だ。
「無欲はいけない事ですよ〜。そんなの人間じゃありません。それは神様への冒涜です」
なんでだ、それは?
どういう繋がりがある。
「神様は人間が生きられるよう欲を作ったんですよ〜。食欲にせよ睡眠欲にせよ生きるために必要だからあるんですよ。それを事もあろうかいらないなんて、神様に謝ってきた方がいいですよ〜」
「別にいらないとは言ってない」
しかもそれを私に言うか?
神殺し殺しの私に。
むしろ感謝しろ。
「そーゆーわけで、無欲な先輩には罰を与えます」
「何故!?」
私の願ごとを聞くって話ではなかったか?
とんだ急展開だな、おい。
「待った待った、願ごとを言おう。言うから罰をやめろ」
「……はい、これで先輩の願は叶いました」
「………………」
とんだ奇策士がここにいた。
くそっ、使い古された手を。
いいけどね。
願ごと特になかったし。
「それにしても高そうな車ですね〜、隣の車」
「ゆかりちゃん、車とかわかるの?」
「いえ全然」
即答かよ。
まぁ、免許持ってないし。
「免許のあるなしは関係ないですよ〜。先輩だって車に興味ないでしょ〜?」
「判らないわよ?もしかしたらあるかも知れないじゃない」
まぁ中古車の前では説得力は限りなくゼロに近いけど。
てか普通に会話しちゃったけど、またこいつ心読まなかったか?
プライバシーの侵害だぞ。
私のプライバシーを返せ。
ん?でもちょっと待て。
今微かな疑問が頭を過ぎった。
「眠り姫ちゃん、ちょっと私はある疑問が生じたので正直に答えてくれないか?」
「何ですか、先輩?」
「まさかとは思うけど、私を誘った理由っていうのは単なる足の確保じゃないよね?」
そう聞く私は引きつった笑顔。
対する姫は満面の笑顔。
笑顔笑顔の眠り姫、その笑顔が何を意味してるか言ってみろ!!
「冗談ですよ、先輩」
ふふふと笑う眠り姫。
性質の悪い冗談だった。
「私と先輩の仲じゃありませんか、当然ですよ」
「設問2、何が当然なのか答えよ」
「勿論、先輩が足になること」
「殺す!!」
「きゃ〜」
そんなこんなで雪合戦にまで発展し、今に至るわけだが……。
私ら本当に大学生か?
もはや今更って感じであるが。
「大丈夫ですか〜、生きてますか〜、眠るんですか〜?」
ベッドでダウンしている私に眠り姫がちょっかいをだす。
あんたは寝てただけでいいかもしれないが、こっちはさっきまで運転してたんだ。
寝かせてくれ〜。
疲れた〜。
「今寝たらひどいですよ〜、私に何されるか解りませんよ?」
何する気だよ。
「先輩の顔にマジックであんなことやこんなことを書いたり〜、先輩の携帯電話のメモリーをのぞき見したり〜、ふふふっ」
私はベッドから跳び起きた。
ふふふって笑うな。
マジで怖ぇ。
「あっ、先輩起きちゃダメじゃないですか〜。悪戯が出来なくなっちゃいますよ〜」
しなくていい。
てかするな。
「先輩の顔にあ〜んなことやこ〜んなことを書きたかったのにな〜。先輩の携帯にはあ〜んな人やこ〜んな人が入ってるのか知りたかったのにな〜」
「設問3、あ〜んなことやこ〜んなことの内容を答えよ」
「秘密ですよ〜、公言できませんよ〜」
何書こうとしてんだよ、おい。
吐けや、こら。
あまりのシチュエーションに、キャラが耐えられなくなりました。
生命維持のため、キャラを変更します。
てかこの姫どうにかしてくれ〜、私には手に負えん。
新たな助っ人が必要だ。
「あっ、先輩どこ行くんですか〜?」
「ちょっと物語を活性化させるために新たな登場人物を探してくるよ」
「え〜、意味解りませんよ〜。先輩の頭の中にはちゃんとスポンジが入ってるんですか〜?」
私の頭はスポンジが入っているのが正常な状態なのか?
私は私という生き物にびっくりだよ。
「だって部屋の中にいたって何もやることないじゃん。夕食まであと二時間くらいあるし」
「二時間なんてあっという間ですよ〜。もっと遊びましょうよ〜。もっと話しましょうよ〜」
あんたと話すのが疲れたから他の登場人物を探しに行こうとしたんだからね。
そこら辺気付いて欲しかったな、私としては。
「じゃあなんか遊び考えて。話すのは精神的に疲れる」
「何かいいましたか、先輩?」
「いいえ、何も」
そうですね〜、と言って、ベッドの上で腕を組む姫。
二時間潰せる遊びはなかなかあるまい。
せいぜい考えたまえ。
考え始めておよそ一分、
「将棋なんてどうですか〜」
ていうのがどうやら姫の最終決議案のようらしい。
なるほど、考えたな。
将棋は長考型のゲームだから、三局もやれば二時間ぐらい潰せるだろう。
私も将棋は嫌いではない。
その案に乗ろうではないか。
「よし、それでいこう。で、駒と板はどこにあるんだ?」
「ありませんよ〜」
「………………」
お決まりのパターンだった。
「ふふふ、将棋は駒と板がなければできないような柔なゲームじゃありませんよ、先輩」
なんか強気な奴がいた。
「目隠し将棋をしましょ〜!!」
なんか新展開を見せている。
こんな展開初めてだ。
てか目隠し将棋っすか。
結構ムズイよ、あれ。
「じゃあ私から〜、7六歩」
しゃあない、やるか。
居飛車にするか振り飛車にするか。
「……3四歩」
「6八銀」
「……8八角成」
こいつ馬鹿だろ。
角のただ取り。
しかも気付いてない御様子。
「あの〜、角取られてますよ〜」
「うそっ!!」
マジです。
嘘言いません。
「無理!!勝てない!!投了!!」
「………………」
早すぎじゃ、ボケ。
一分とてたってないわ。
二時間もたすには何回やればいいっちゅうねん。
あまりのシチュエーションに、キャラが耐えられなくなりました。
マニュアルに従い、キャラを変更します。
私は今度こそドアノブに手を掛けた。
「あ〜、先輩待ってください。一人にしないでくださいよ〜。先輩の裏切り者〜」
痛む心がなかったために、私はドアを開けて、数秒後に背中でドアが閉まる音を聞いた。
バタン
ガチャッ
ん?ガチャッ?
まさか。
と思ったときには時既に遅し。
押しても引いてもドアは開いてはくれなかった。
畜生、オートロックか。
私としたことが、とんだ罠にはまってしまった。
「姫!!聞こえるか姫!!開けろ!!」
そう叫びつつ扉をドンドン。
周りから見たらどんなに怪しいんだろう。
「ひひひ、天罰ですよ〜」
畜生、オートロックの存在よりこいつの方が数倍むかつく。
そんなこんなをしている内に、お隣りの部屋の扉が開いた。
中から出てきたのは、髪を長く伸ばしたスーツ姿のお姉さん。
続いて髪が短いこれまたスーツ姿のお兄さん。
このペンションにはスーツしかいないのだろうか。
私の変な疑問はいいとして、扉の前でたたずんでいる私のことを不審に思ったのか、スーツ姿の長髪お姉さんが、
「どうかしましたか?」
と優しく尋ねて来てくれたんだけど……。
「あっ、いえ、オートロックなのに鍵を閉じ込めちゃって」
しどろもどろに答える私。
だってこのお姉さん……。
そんな私の心中も知らず、お姉さんは不思議そうな顔をする。
そして後ろを向いて、
「お〜い、白樫君。ここのペンションの扉は果たしてオートロックだったかな?ぼくの記憶が正しければ、確か違ったような気がするけど」
白樫と呼ばれた青年は、今出たばかりの扉が開くか、ドアノブに手を掛けた。
扉はすんなり開いた。
「ていう結果なんだけど……」
そういうお姉さんは少し不思議な顔をしている。
やばい、完全に怪しい人だ。
どうにか状況を打破せねば。
「あの、あの、ありがとうございます。いきなりですいませんが、ひとつ聞きたいことがあるんですが……」
「ぼくに?いいけど……何?」
これは聞かずにはいられない、重要な質問だった。
薄々答は感づいてはいるが。
「あの〜、男性の方……ですよね?」
「そうだけど……女に見えた?」
やっぱりそうだったか。
声、微妙に低かったし。
一人称ぼくだったし。
それにしても……
「綺麗ですね……」
感嘆の声が漏れてしまった。
遠目に見れば誰が見ても女である。
近くで見ても綺麗な女性にしか見えない。
声さえ聞かなければ女性と言われても気付かないのではないだろうか。
まぁ、いささか矛盾する話ではあるが。
「あ〜、大抵の人には女って言われるよ。ほら、髪の毛長いし、顔が中性的だし」
そういうお姉さん、改め、お兄さんは苦笑いしている。
あまり触れられたくないポイントなのだろう。
触れないようにしておこう。
「あ、一応自己紹介しておきますね。私、名前は白幡さやっていうんです。一応大学生やってます」
本当に一応だけど。
成績あれだけど。
「これはこれはご丁寧に。こちらは清白拓也っていいます。駆け出しの高校教師やってます。で、あっちでぶすーっとしてる男の人が白樫剛毅。同じ高校の教員仲間ですね」
「凄いですね、私たちと同じくらいの年なのに高校の先生だなんて」
真面目に感動。
私も頑張らなきゃな。
「いえいえ、本当に今年なったばかりで。何がなんだかあたふたやってますよ」
ふふふ、と笑う清白さん。
でも何かに気付いたようで、
「あっ、そういえば私たちってことは、誰か連れがいるってことだよね?」
と聞いてきた。
しまった、口が滑った。
てか、忘れてた怒りが蘇ってきたんですけど。
あの眠り姫、私がドアを閉めた瞬間に鍵をかけやがって。
あげくの果てに締め出しやがった。
何が天罰だ。
もろ貴様の仕業ではないか。
その時。
ガチャッという音とともにドアが開いた。
そこにはなぜかパーカーに着替えたゆかりの姿があった。
「あ、先輩。着替えが済んだのでもう入っていいですよ〜」
にっこりと笑う眠り姫。
そんな言い訳が通じるとでも思っているのか?
さぁ、地獄のショーの始まりだ。
良い子の皆さんはこの後の閲覧は遠慮してください。
とまぁ、冗談は程々に。
私にそんな勇気ないし。
「あれ?新しい登場人物ですか〜、この人たち?」
ん、まぁそうなるわな。
初登場だし。
こいつ今来たばかりだし。
でもさぁ。
人前で登場人物とか言うのやめようよ。
言ったの私だけどさ。
世間体とかあるじゃん、色々。
「初めまして、清白拓也です。で、向こうのあんちゃんが鈴木太郎君」
「ちょっと待てや貴様!!」
鈴木太郎君が怒鳴った。
「こちらこそ、稲垣ゆかりです。よろしくです、清白さん鈴木さん」
見事に無視して自己紹介を続ける残酷非道なゆかり姫。
やばい、この二人からは同じ匂いがする。
「それで、お二人は今から何をするつもりなんですか〜?」
あらら、白樫さん見事にスルーされちゃってるよ。
御愁傷様。
「ぼくら?ぼくらはね〜、散歩でもしようかな〜って思ってたとこなんだよね」
「散歩ですか……」
くるっと振り返って廊下の端の窓に目を向ける。
既に結構吹雪いていたり。
「この中を……ですか」
漫画だったら多分冷汗。
「やっぱりそう思う?ほら白樫くん、言わんこっちゃない。やっぱりこんな中散歩は無理だったじゃないか」
「お前だからな!!言い出したのはお前だからな!!」
「おいおい、可愛い娘さんたちの前で何を言い出すんだい君は。それじゃあまるでぼくがこんな吹雪の中散歩に出たがっている変な奴みたいじゃないか。言い掛かりはよしてくれよ、男が廃るよ?」
「その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ」
「それは有り難い。ついでにケーキも付けてくれないか?何事にも利子はつきものだよ」
みたいな会話がどんどん二人の間で交わされている。
なんだかレベルが私たちと同じなような気がしてきた。
気付かなかったことにしよう。
この会話、最終的に折れたのは白樫さんで、
「もういい、お前を相手に勝とうとした俺が馬鹿だった」
と言って、無事終焉を迎えた。
が、しかし。
終焉の先に辿り着いたのは原点であり、原点からは何も生まれないわけで、
「で、何しよっか?」
っていう至極空しい疑問だけが残りましたとさ。
めでたしめでたし。
「将棋をしましょ〜!!」
ゆかり、あんたって人は。
さっき懲りたばっかでしょ。
「おっ、いいね。ぼくも将棋は嫌いじゃないんだ。よしっ、その案乗った。で、駒と板はどこにあるの?」
あ〜あ、乗っちゃったよ。
てか会話がまるで一緒だよ、さっきのと。
で、この後に続く言葉は。
「ありませんよ〜」
やっぱりかい。
まぁお約束だし。
「白樫君、確かロビーに将棋板やらがなかったかな?」
「あぁ、確かあったぞ」
あれれ、またもや新展開を見せている。
てかあったのかよ、板。
「よし、じゃあ行きますか」
「お〜!!」
とまぁこんなわけて、我々四人組は階段を降りて一階ロビーへと向かうことに。
感想を言わせて頂ければ、
不安要素が増えただけ、
以上です。
それでは皆さん、もうしばらくの間お楽しみ下さい。
この波瀾万丈な物語を。
はぁ〜、頭痛い……
階段を降りたすぐそこの扉を開けると、ロビー兼食堂のスペースがある。
奥には洋風の椅子とテーブルが置いてあり食堂スペース、手前には暖炉とソファーが置いてありロビースペースである。
二十歳前後の愉快な仲間達は、暖炉で暖を取りながら、当初の目的である将棋を指している。
残り時間十五分、只今の対局者、先手清白さん、後手が私である。
白樫さんとゆかりは既に対局を終えている。
運よく二セットあったため、みんなでトーナメントをしようということになり、こっちが優勝決定選、向こうが三位決定選であった。
「先輩がんばってくださいよ〜、負けたら許しませんよ〜」
え〜い、うるさい!!
ビリの癖に!!
考えている最中なのだ!!
邪魔をするでない!!
あ〜、いらいらする。
こっちのヒラメ囲いはほぼ壊滅状態っていうのに、向こうの片美濃はまだ原形を留めてるし。
やはり慣れない奇襲なんてかけるんじゃなかった。
どうしたものかな。
勝ち目ないぞ、こりゃ。
飛車、角はあるけど打ってる暇ないしな。
「じゃあこれで」
そう言って2二に飛車を成る清白さん。
あ〜あ、詰めろじゃん。
次の向こうの角捨ては見えてるから防がなければ。
「先輩、アタックチャンスですよ〜、攻撃は最大の攻めですよ〜」
当たり前だ。
防御が最大の攻めになった日には私は泣くぞ。
泣かないけど。
ん?攻め?
攻めね……
「じゃあ3六に桂で」
私の最終判断、3六桂。
これは王手なので取るか王が逃げるかしなければならない。
つまり詰めろだろうがなんだろうがその手は指せないわけだ。
そして歩で桂を取ると……
「成程、桂を取ると王手飛車がくるわけか。考えたね」
そう、王と飛車の両取り。
つまり無条件で飛車が取れるというわけである。
「かといってその持ち駒じゃ逃げられそうにないし。参ったなこりゃ、投了だよ」
やった〜、勝てた〜。
てか疲れた〜。
こんなに頭使ったのは久しぶりだったからな。
脳がなくてもやるときはやるじゃん、私。
「さや先輩強いですね〜、流石先輩です」
「お褒めに預かり光栄です」
「残念ながら褒めてませんよ〜」
「いやいや、褒めてたろ、明らかに」
「そんなことよりも、そろそろ片付けて席につきませんか〜?もうすぐ夕食の時間ですよ〜」
そんなこと扱いだった。
優勝したのに。
いいけどね、別に。
私の心が傷ついただけだから。
「じゃあそろそろ片付けようか」
「はい、そうですね」
そう言って駒と板をしまい、私たちも夕食の席につく。
他のお客さんもようやく食堂に入って来た。
そして7時を過ぎたころ、素敵な素敵な二人組によってディナーが運ばれて来た。
それにしても、彼等以外の従業員はいないのだろうか?
厨房にいるのかな?
じゃなきゃこんな沢山の料理は作れないか。
一人で納得している内に、目の前に温かそうなスープが置かれた。
「コーンポタージュです。冷めないうちにどうぞ」
二人組の、綺麗なお姉さんの方だった。
「あ、はい。有難う御座います」
お姉さんはにこっと笑って、厨房の奥へと戻っていった。
やっぱりいいな〜。
「先輩〜、大丈夫ですか〜?」
「だ、大丈夫よ。では、いただきます」
「いただきます」
スプーンでスープを掬って口に運ぶ。
温かくて、優しい味がした。
その後も前菜やステーキなどが出て、どれも美味しく、絶品だった。
姫のマナーが心配だったが、予想に反して、意外としっかりとしていた。
「……?どうしたんですか、先輩?物欲しそうに見て」
誰が物欲しそうだ、誰が。
「いや、意外とマナーしっかりしてるんだな〜と思って」
「えぇ、祖母に教わりましたから、みっちりと」
へへっ、と笑う姫。
へぇ〜、意外としっかり者なんだ。
感心感心。
そういえば姫の家族とかよく知らないな。
聞いてみよっかな。
「ねぇ、ゆかりちゃんの家族ってどんな人?」
「家族、ですか。家族はですね〜、母と一緒に暮らしてます。一人兄貴が上京中です。実家に祖父母がいますが、お父さんはいません。昔事故で死んじゃいました」
明るく振る舞ってるが、なんだか辛そうに見えてしまう。
「そっか。じゃあ私と同じだね。私もね、お父さんいないんだ。私の場合最初からだけど」
「………………」
「お母さんもね、本当のお母さんじゃないんだ。元々私孤児でさ、小さいときにその人が預かってくれたみたいなんだ」
「先……輩」
「でもね、私今すごい幸せだよ。お母さんにも感謝している。血は繋がってなくてもさ、私をここまで育ててくれたのはお母さんだもん。勿論、産んでくれたお母さんとお父さんにも」
「先輩……お願いですから」
「だって、今こうやってゆかりちゃんと話せたり、愉快な人達に会えたのだって、みんなお母さん達のおかげなんだから」
「だったら……先輩」
「ん、何?」
「だったら先輩、なんで泣いてるんですか」
「えっ?」
指をまぶたに当ててみた。
確かに、温かく濡れていた。
知らぬまに、涙が頬を伝っていた。
「あれ、うそ……」
私、泣いてる?
「あれ、多分嬉し涙だ……」
「先輩……」
私の右手に、ゆかりちゃんの左手が重ねられる。
涙みたいに、温かい。
ゆかりちゃんの温もり。
私の中に流れ込んでくる。
「お願いだから……無理しないで下さい」
やばい、私また泣きそうだ。
人の温もりって、こんなに温かいものだったんだ。
目頭が熱くなっていく。
「先輩のその気持ちが本当だってことは解ります。でも、それでも辛いんでしょう?やるせない気持ちがあるんでしょう?」
そう言って、私の手を両手で包み込んでくれた。
温かい……
「私には何もできないかも知れませんが、それでも先輩の力になりたいです。いつでも頼ってください。先輩が幸せになってくれれば、私も幸せですから」
「ゆかりちゃん……」
瞼が熱い。
多分私また泣いてる。
でも気にならなかった。
右手を包んでる温もりの方が、ずっとずっと温かかったから。
「ごめんなさい……私、勝手に泣いちゃって」
「いえ、先輩のことが知れてよかったですよ」
そう言って、私の手から温かい両手を離した。
それが、少し名残惜しかった。
その後は、他愛もない会話をした。
誰が好きだとか、この料理おいしいねとか、何でもない会話。
それが幸せで。
それが嬉しくて。
楽しくて。
あっという間に、夕食の席は終わってしまった。
夕食が終わった後、あの二人組がお知らせがあると言って皆の注目を集めた。
「皆様、今宵は宴を開こうと思います。勿論自由参加ですが。興味がある方は、この後ロビーに集まってください。では皆様のご参加お待ちしております」
そういって深々と礼。
「ねぇ、宴だって」
「面白そうね、いってみようか」
「わ〜い」
また子どものようなゆかりに戻っていた。
さっきまで、あんなに大人びていたのに。
どちらも、私の好きなゆかりだった。
結局、夕食の席で見たのと同じ顔がロビーにそろった。
「皆様、お集まり頂けましたでしょうか。それでは、宴を始めましょう。今宵はどうかお楽しみ下さい」