プロローグ:始まりの闇
※本当にご注意ください。
それは静かな夜だったな。
いや、静かすぎると言ってもいい。
今は冬の季節だから生き物の気配が感じられないのはわかる。
それでもあまりに静かすぎた。
まるで【何か】に怯えているようだ。
そんな夜の中を一人の男子高校生が歩いていた。
体格が良く、髪を金に染めていた彼はタバコを吸いながら公園へとやってきた。
理由は特にない。
というよりも、何故かここへ来てしまったという感じだ。
何かに誘われたかのようだが、彼はそれさえ気付いていなかった。
すると彼の背後から足音が聞こえてきた。
自然と足音をする方を見ると、そこには一人の女がいた。
朱いロングコートを来た若々しい女が佇んでいたのだ。
しかし、闇夜のせいでそこまでしかわからなかった。
「なんだ、おめぇは」
男が怒鳴り声を上げる。
すると、女が足を動かし歩き出した。
そして街灯の光で彼女の姿がやっとはっきりとわかった。
とはいえ、長く黒い髪で顔を隠していて口元にはマスクを被っている。
「お前、あの時の女か!なんだよ。クラスの嫌われ者にしちまった俺に復讐でもしよってか?」
「・・・・・・・・・」
女は無言のまま、彼の事を見つめている。
「んだよっ、だんまりかよ!まぁ、その方が不気味も増すよな?こんなバケモンみてぇ顔じゃあ、夜でなければ歩けねぇし、おめぇにはお似合いだよ、妖怪女さんよ!!」
「・・・ワタ・・・イ・・・」
「んぁっ?聞こえねぇよ、バァカッ!はっきり言いやがれや!!」
「・・・ワタ・・・キ・・・ィ・・・」
「だから聞こえねぇっつってんだろッ!!」
「ワタシ・・・キレイ・・・?」
やっと声がはっきりした。
しかし、彼は苛立ちを強め、さらにこう言い放った。
「はぁっ!?てめぇのどこが綺麗なんだよ!!そんなに醜い顔じゃあ、ブタ女よりもひでぇよ!!誰もがそう思ってんじゃねぇの?てめぇの事なんざぁ、誰もそんな事・・・」
彼はハッと気付き、可笑しく笑い始める。
「そういやぁ、いたなぁっ、そんな奴。あんな顔になってもすっげぇ綺麗だろって怒鳴っていたが、あれは異常だね。どうかしてるぜっ。てめぇの病気のせいじゃねぇの?ああいうのはよぉ。ったく、てめぇもバカだが、あの野郎もバカだぜッ」
女はスッと内側のポケットに手を入れる。
彼はその事に気付かず、延々と喋っている。
「あんなバカも学校には置いとねぇよなぁ。そうだ。皆に連絡して奴もおめぇの仲間入りにさせちまうかぁ。そうすりゃあ、あいつも学校に来れなくなって、おめぇも来れなくなるわなぁ?まさに一石二鳥たぁこの事だぁ。アハ、楽しみで仕方ねぇよぉん」
グサッ・・・。
「えっ・・・?」
男には一瞬、何が起きたのかわからなかった。
自分の腹を見て、初めて現状を理解した。
彼の腹に大型のハサミが思いっきり食い込んでいたからだ。
その腹からピューっと勢いよく飛び出している。
鮮血が彼の腹に染まり、その返り血で女の体いっぱいに浴びていた。
ハサミを彼の腹から引き抜くと、信じられない速さで男の腹へ目掛けて刺した。
「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!???」
こいつ、正気じゃない!助けてくれ!!そう言いたかったが、激痛がそれを奪っていた。
ただただ、言えるのは悲鳴だけだ。
あまりの痛さに倒れこむ彼に女は容赦しなかった。
激痛に襲われている彼の顔に二つの刃に開いたハサミを近付ける。
ザクッ・・・。
彼の両目はハサミで切られた。
それも紙のように容易く。
「ウギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
両目をやられた事でさらに激痛が走る。
今までで一番感じた事のない死よりも怖い痛みが。
それでも女は容赦しなかった。
無表情で男の腹に刺していく。
グサッ、グサッ、グサッ、グサッ、グサッ・・・。
男が動かなくなっても、刺す事をやめなかった。
ひたすらに刺し続けた。
いつからか、無表情だった女の顔には冷たくも笑顔に満ち溢れていた。
こんなに楽しい事だったと、思えるほどに。
肉を刺す音だけが、夜の公園の中から聞こえていたが、誰もそれを耳にする事もなかった。
これは序の口に過ぎない最初の殺人事件だ。
本当の恐怖はここから始まるのだ。
希望はない事もない。しかし、それさせ凌駕するほどの暗闇が空を覆っていた。
三日月となった月もまた、嗤っていた。
「ワタシ・・・キレイ・・・?」