ウサ耳 墓標 チョコレート
赤土の荒野。吹きすさぶ風。舞う砂塵。照りつける太陽。それは、絵にかいたような決闘の舞台。
そして今まさに、雌雄を決せんと並び立つ二人の男がいた。
片やまさに偉丈夫。筋骨隆々の巨躯に巌のような顔、無精髭。得物らしきものは拳のメリケンサックで、己が肉体を武器にするのみ。
片や美丈夫。細身の体を覆う外套を、そして黒い長髪を風にたなびかせ、その背には一振りの長剣。
どちらも無言で対峙していた。いかにして仕掛けんか。その時を計っているように見える。
その果てしもない音無き駆け引きに飽きたか、偉丈夫が口を開く。
「お前さん、よもや俺を剣で切れると思っているのか」
「僕の剣に斬れぬものなどないですよ。ここがあなたの墓標になるでしょう」
微笑を浮かべて返す剣士。柔らかな笑みはそよぐ風のごとく。恐れなどなく、さりとて侮りなどなく。
極自然な、友人との談笑で見せるかのような笑みは、これから命を賭して戦おうというこの二人には相応しからざるもの。
巨漢もその笑みに、岩のような顔をわずかにほころばせる。
「へっ、言うじゃねえか」
「ふふ、どうも」
それが合図か。剣士が剣を抜く。構えた刹那、させるかとばかり、細身の体に巨躯が迫る。
見た目からは想像できぬ速度で、あっという間に、剣士の周りの天地が暗くなる。だがしかし。赤土の大地を罅割ったその一撃は、剣士には届かなかった。
剣士は、その見た目にたがわぬ軽やかさで、拳を躱していた。
「甘いですね」
「チッ、そう簡単にはいかねえか」
「よそ見している暇はありませんよ」
見れば、後ろに跳躍した剣士は、今度は自ら間合いを詰める。その動作は敏捷そのものであるのに、優雅さすら感じさせた。
剣と拳。はたから見ればどちらが有利か、その答えはすぐにわかる。ところが巨漢は全く動じていない。いや、このことを予想していたかのごとく泰然としていた。
「そう来ることはわかっていた。だから俺も秘策を用意してきたッ!」
巨漢は不敵に笑みを浮かべると、どこからかウサ耳を取り出して自らの頭に装着し――「見よ、これがガチムチバニーだ!」
そう宣言した。あらゆる世界が硬直する。剣士はもはや、反応することも、斬りつけることも忘れてしまった。
「隙ありィ!」
ガチムチバニーは硬直した瞬間に恐るべき反応と速度で細身の剣士に拳を叩き込む。
それをまともに受け、軽身でもある剣士は吹き飛ぶ。腹部からは、赤茶色のものが流れていた。
呻き、荒い息を吐く剣士。その姿をガチムチバニーはあざ笑う。
「フッハハハハハ! この程度のこけおどしに己を見失うとは。坊主、どうやらここはお前の墓標だったようだ」
最後の一撃を加えるべく、ガチムチバニーが拳を振りおろし――「はい、カットォ!」
拡声器で増幅された声が響く。
「いやぁ、二人ともいい演技だったわよぉ!」
髭ひとつない細い男が二人に声をかける。
メガホンの持ち主であるところを見ると、彼が撮影監督のようだ。
ウサ耳をつけたままの巨漢が、監督らしき男に問いかける。
「で、この耳はいつ外せるんだ?」
「うーん、可愛いからそのままにしてねぇん」
「さすがにそれはやめてくださいませんかねぇ、監督」
あきれ顔でそういった巨漢の言葉に肯定の意を見せず、さらに予想の斜め上を行く監督。
「あ、それと今日バレンタインでしょう? 二人に、チョコ、あ・げ・る」
差し出されたものとしぐさに巨漢も細身の男も呻きを上げる。
しかし結局押し切られて受け取ってしまった。
二人ともその場でやけに丁寧に装飾された包装紙を破り捨てて、中身を取り出す。
「俺が本命かよ!」
あまりの恐ろしさに巨漢は思わず、監督をぶん殴ってしまう。
拳にはメリケンサック。そしてレスラー並みの体格と腕力を誇る男の拳だ。もちろん、監督は強烈な一撃を受けた。
即座に呼ばれる警察。このスタジオは遂に、ガチムチバニーの男の社会的な墓標となった。