第二部
「あ、セイジ君だ〜♪」
八月中旬の砂浜。
俺の姿を見つけたツバサが、人懐っこい声を上げながら手を振る。
「いつも似たようなリアクションだよなお前……」
「セイジ君だって、いつも同じように私に会いに来るでしょ?」
「別に。いつも通り砂浜に来たら、たまたまツバサが居ただけだ」
「あぅ〜! ヒドいよセイジ君!」
「……はいはい、俺が悪かったよ」
俺の日課は、あの日から少しだけ変わった。
いつもの砂浜の風景に、一人の少女に加わったのだ。
「初めて海を見た」と本人は言っていたが、
それ以前の問題なのではないかと思う事も多々あった。
代金
「ねぇセイジ君セイジ君! ほらほら!」
「何だ?」
「ここに立つと気持ち良いよ!」
「波打ち際で裸足……ベタな事してるなぁ……」
「だって、こう言うの初めてだもん」
「まぁ、気持ちは解るけど……」
「はぁ〜…………」
「…………」
「あぁ〜…………」
「…………」
「あぅ〜…………」
「…………」
「……あれ? 私のサンダル……?」
「波が持って帰ったぞ」
ああ無常
「ねえねえセイジ君! 砂でお城作ろうよ!
そんなガキじゃあるまいし……」
「あぅ、そんな事ないもん!」
「しょうがないな……付き合ってやるよ」
「本当!? ありがとう!」
「でも、多分此処で作ると……」
「……あ! ……あぁ! …………あぁっ!」
「潮が満ちたら壊れるんだよな……」
「どうしようセイジ君!? このままじゃ……」
「心配する必要はない」
「本当!? どうするの!?」
「次の波は一際大きい」
意外な才能
「ねぇセイジ君、何か面白そうな事知らない?」
「突然言われても……じゃあ、これは?」
「え……わぁ、スゴいスゴい!」
「いや……水切りでそんなに感動されても……」
「どうやるのどうやるの!?」
「焦るなって。まず、平べったい石を集める」
「あったよ〜!」
「こう持ってこう構えて……」
「構えたよ〜!」
「普通は振りかぶって投げるけど、それだと少し難しいから、
遠心力をつける為に腕を回すのが俺流だな」
「腕に血が溜まる〜!」
「手裏剣を投げる様な感じで、低めにアンダースロー」
「それっ! ……やった! 一回跳ねたよ!」
「おっ、初めてにしては上手いな」
「あはは、楽しい〜♪」
「あぅ……腕が痛い……」
「まさか一時間も没頭するとは……」
「でも、最後のは十二回も跳ねたよ♪」
「凄く上手くなってるし……」
ツバサVS西瓜 その壱
「わっ、それ何、セイジ君?」
「知らないのか? 西瓜だよ。
親戚に沢山貰ったから、処理に困ってな。食べるだろ?」
「うん!」
「よーし。普通に食べるのも何だし、西瓜割りでもするか」
「あぅ? 西瓜割り?」
「ツバサ、これを持て」
「……棒?」
「これで西瓜を叩いて割るんだよ」
「解った。よ〜し、やるよ〜!」
「待て待て。そのまま叩いたら面白くないだろうが」
「あぅ!? 前が見えないよ〜」
「あとは……」
「あぅ〜目が回る〜……」
「この状態で叩くんだよ。どっちに行けば良いか教えてやるから」
「あぅ……解った……」
「よし、ツバサ、右だ」
「う、うん」
「行き過ぎ行き過ぎ。ちょっと左」
「あ、あぅ……」
「お、おい、そっちに行くと海に……」
「あぅっ!? つ、冷たい!」
ツバサVS西瓜 その弐
「突出し過ぎだ。もう少し落ち着いて行け」
「あぅ、解った……」
「左だ、ツバサ」
「うん」
「馬鹿、こっちに来るな! 後ろ向け後ろ!」
「あぅ、ごめん……」
「よーし、そのまま真っ直ぐ……」
「う、うん……」
「よし、そこで振り下ろせ!」
「え、えーい!」
「…………」
「どう? 割れた!?」
「あ、あぁ……」
「あ、ホントだ〜♪ やった〜!」
「……普通一撃で割れるか……?」
ツバサVS西瓜 その参
「あぅ〜、甘くて美味しい〜♪」
「ま、苦労して割ったんだから美味いよな」
「……んぐっ!? 種飲み込んじゃった……」
「おいおい、あんまり焦るなよ」
「あぅ……生えてきたらどうしよう……」
「有り得ないから心配するな」
「あ、そっか。土が無いもんね」
「……まぁ、いいか」
ツバサと過ごす日々は、不思議と早く終わった。
知らない物に目を輝かせるツバサ。
どんな事でも心底楽しそうにするツバサ。
どんな時でも底無しに元気なツバサ。
そのどれもが、自分に足りない物を補完してくれる気がして。
次第に、ツバサに抱いていた疑いの念が消えていった。