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風が運んだ幸せ  作者: ミスタ〜forest
1/3

第一部

 何も出来なかった。

 何もしてやれなかった。

 風前の灯火を目の前にして、俺は何も出来なかった。

 見守る事しか、出来なかった。

 俺は、唯々無力だった。


 あの時の事は、重い十字架として、

今も背中にのし掛かっている。

 これまでも……きっと、これからもずっと――――



「もう八月か……はぁ……」

 夏休みも中盤に差し掛かった八月初旬。

 俺は、家から近い砂浜に、一人佇んでいた。

 特にやりたい事も無い。

 部活にも入っていない。

 バイトもしていない。

 俺の夏休みは、空っぽだった。

 暇だったから手をつけた宿題も、もう殆ど終わってしまった。

 普段は面倒くさい学校が、今だけは愛しく思える。

 もちろん、受け身になってばかりではいけないのは判っている。

 辺りの水質が悪くて、真夏なのに誰も来ない砂浜に座り込んでいても、

夢中になれる出来事や貴重な出会いなんてある訳が無い。

 でも、それでも動けずにいた。

 単純に面倒くさいだけかもしれないし、他にも理由があるのかも知れない。

 とにかく、積極的な行動にでたい気分ではなかった。



 強い潮風が吹き、海の匂いが鼻へと抜ける。

 夏の太陽に晒された背中を、ヒヤリとした感覚が走った。

 ――やっぱり、ここは良いな……。

 家から近いから、子供の頃からよくここに来ていた。

 夏の暑い日は潮風がとても心地良かったし、

俺が子供の頃には泳ぐ事も出来た。

 そして、今は一人でいたい時に利用している。

 不安になった時、挫折したとき、迷った時……。

 いつ来たって、ここには砂浜と水平線と波の音しか存在しない。

 余計な物が何一つ無い場所で、答えの無い問いを巡らせていた。

 今の悩みは、専ら将来の事。普通の十七歳の悩みだ。

 夢と現実の妥協点を見つけるべきか、それとも……。



「あぅ〜! 待って〜!」

 誰もいない筈の砂浜に、誰かの声が響く。

 声が聞こえた方を向くと、一人の少女が走って来るのが見えた。

「私の帽子〜!」

 見上げると、一つの麦わら帽子が気持ち良さそうに飛んでいた。

 多分、さっきの潮風で飛ばされたのだろう。

 それはゆっくりと降下し、俺の傍に無事着陸した。

「はぁ……はぁ……」

 少し遅れて、少女が到着する。

 帽子の安否を確認すると、膝に手を置いて、荒い呼吸を整えた。

「はい、これ……」

 頃合を見て、俺は彼女に麦わら帽子を差し出した。

「あ、ありがとう……」

 彼女は、透き通る様な白い綺麗な手を出して帽子を取ると、

乱れたブロンドのロングヘアを手櫛で整えて、帽子を深く被った。

「ゴメンね、うっかり飛ばされちゃ……て……」

「…………?」

 彼女の動きが急停止する。

 そして、俺の姿を何度も凝視すると、

「あぁ! セイジ君だ〜!」

「え……えぇ!?」

 嬉しそうに抱きついてきた。

 ……ちょっと待って欲しい。

 俺は、今抱きついてきている少女とは、間違いなく何の面識も無い。

 人違いだろうか? でも、俺の名前呼んでたし……。

「やっと見つけたよ〜! 探したんだからね〜!」

「ち……ちょっと待て!」

 取り敢えず俺は彼女を押し返し、少し距離をとった。

「君は一体……?」

「えっ……あ、そうか……そうだよね……」

 俺が質問すると、彼女は何故か一人で納得した。

「私、ツバサ。色々とあって、ここの近くに住む事になったの」

 そして、至って普通に自己紹介を始めた。

「俺はセイジ……ってそうじゃなくて!」

 つられて自己紹介をしそうになった自分を戒めると、

「どうして俺の名前を知っているんだ? どこかで会った事あるのか?

抱きつける程の仲なのか? もしかして人違いじゃないのか?」

 彼女に一気に質問をぶつける。

「あぅ……そんなに一度に訊かれても……う〜ん……」

 彼女は、腕を組んで考え始めた。

「ま、まぁ、とにかくよろしくね♪」

 待たされるには結構長い時間掛かった挙げ句、

何一つとして答えるつもりは無いらしい。

 俺は、彼女の言葉に応じる事無く、帰路の方角へ向かって歩き始めた。

「あれ? どこ行くのセイジ君?」

「帰る」

「あぅ〜!? 何で!?」

 お前が居るからだよ、と心の中で呟きながら、俺は砂浜を後にした。



 彼女への第一印象は、間違いなく『変な奴』だ。

 面識が無い筈なのに俺の名前を知っていて、

俺の質問にはまともに答えようとしない。

 ――新手のストーカーか何かだろうか?

 そう思わざるを得ない程、彼女は謎に覆われていた。

 それに……彼女のあの名前は……。



 次の日。

 色々と考えた結果、結局今日も砂浜へ行く事にした。

 と言うより、他に行く場所もする事も無かった。

 多分、もうツバサも居ないだろう。

「あ、セイジ君だ〜♪」

「…………」

 ……と言う考えは、すぐに崩れ去った。

「お前……暇人かストーカーだろ?」

「あぅ、どっちでもないよ!」

「じゃあ、何しに来たんだよ?」

「セイジ君に会いに来ただけだよ?」

「やっぱりストーカーじゃないか……」

「あぅ〜! 違うよ〜!」

 本人は否定しているが、他人の行く場所を予測して待ち構えるのは、

どの角度から考えてもストーカーとしか言えない。

 ――もう、どうでもいい……。

 俺は、ツバサから少し離れた場所に座り込んだ。

 来たばかりで帰るのも面倒だし、彼女がどう言う行動に出るのかを見てみたい。

 もちろん、変な行動に出ようものなら、出すべき場所に出してやるつもりだ。

「……さて、俺を追っかけて、何をするつもりだ?」

「う〜ん……別に。セイジ君と同じ時間が共有出来れば……それで幸せだよ」

「ずいぶん志が低いストーカーだな……」

「あぅ……違うって言ってるのに……」



 言葉の通り、ツバサが特に何かをする気配は無かった。

 俺と彼女しか居ない砂浜で、時間だけが過ぎていく。

 波が押し寄せて、波が引いて、どこからか海鳥の声が聞こえてくる。

 近くの車道からエンジン音が聞こえて、冷たい潮風が吹いた。

「ここって……良い場所だね……」

 その沈黙を、ツバサが破る。

「へぇ……こんな汚れた海がか? 変わってるな……」

「海を見るの、初めてなんだよ。

それに、だとしたらセイジ君も変わってるよ?」

「じゃ、お互い変わり者か……」

「あはは、そうかもね……。……潮風が……気持ち良いね……」

「まぁ、な……」

 答えながら、ふと彼女の方を見る。

 純白のワンピース。

 夏とは思えない程白い肌。

 無垢で円らな碧眼。

 ブロンドのロングヘアに、少し大きめの麦わら帽子。

 初対面に問題があったものの、改めてみれば可愛い女の子だ。

「……もう一回、名前を教えてくれないか?」

「私はツバサ。セイジ君に笑顔を取り戻してもらう為に現れた天使だよ♪」

「……最近の変な流行はついていけないな……」

「あぅ〜! 本当だってば〜!」



 自分を天使と自称するストーカー。

 面識が無い筈なのに、何故か俺の名前を知っている。

 可愛いけど変わり者で、素性は全く判らない。

 けど、何となく気が合いそうな少女、自称ツバサ。

 彼女への第一印象は、間違いなく『変な奴』だ。

冬に始まる、夏のお話。

「暑さも寒さも彼岸まで」と平行して連載していきたいと思います。

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