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今さらですが、ジンの一人称は「私」。カイの一人称は「俺」です。
ノックの音に、ミリーは素早く立ち上がり、まずはサラの衣装を整えた。
泣いていたため目の淵がほんのり赤いので、何か冷やすものを・・・と思っていると、
今度はまたせわしなくノックがした。
だが、ミリーの仕事はサラのために。
ミリーは部屋つきの侍女に目配せし、誰何してもらった。
予想通り、現れたのはジルンアスとカイルアスであった。
ジルンアスはいつも通り、涼やかな、少し厳しい表情で。
カイルアスは傍目にも分かるくらい悲壮感に溢れていた。
「サラ・・・」
扉が開いた瞬間から、サラは兄二人の存在にもちろん気付いていた。
だが、さっきの今だったため、咄嗟にどうゆう反応をしていいのか逡巡し、
しかし次にはスカートを少し両手でつまみ上げ、淑女の礼を立派にしてみせた。
礼が終わるや否や、サラは二人に近付き
「兄様・・・あの、先ほどはごめんなさい」
と謝った。
「私、わがままを言って兄様たちを困らせてしまったわ。お忙しい中、せっかく帰ってきてくれたのに・・・」
自分の子供じみた態度をひたすら恥かしく思い、羞恥心で頬を赤らめた。
そんな表情も、兄二人にとっては「可愛い」としか思えないが。
「サラ、こちらこそすまなかった。カイと少し話したのだが、誤解があるようだ・・・。私たちは、何もサラのことを恥ずかしいなんて思ったことはない」
「そうだぞ、サラ。お前は、どこに出しても安心なくらい、立派なレディだ」
「・・・じゃぁ、どうして、私を他の貴族の方たちのように、宮廷の行事に参加させてくれたりしないの?私も言わなかったから悪いのだけど、外に出させてくれなかったの?」
サラは少しだけ不安になっていた。
日本にいる頃は、女子はたいていグループを作っていたからだ。
今の心境は、新学期早々学校を休んでしまい、やっと登校できた時には既にグループができていて・・・というものだ。
サラと同じくらいの年齢の女の子たちも、きっともうお友達がいるだろう。
今さら、自分にも親しくしてくれる友人が現れるのか。
「それは兄様の勝手な判断だった。まだ人前に出したくなかったのは・・・」
ジンが言いよどむ。
よっぽど言いにくいことなのだろうか。
やはり自分に問題があったのだろうか、優しい兄様たちはそれを言い出せずにいるのだろうか。サラは再び気持ちが沈んだ。
「サラ、俺たちはあまりのお前可愛さ故に、他の奴らにとられたくなかったんだ」
「え?」
軍人らしくハッキリと言いきったのは、もちろんカイだった。
思いも寄らぬ返答に、サラの目は点になる。
「だってな~・・・サラのその容姿。男だったら思わず掻っ攫いたくなるというか・・・」
「カイ!!!」
「うっ・・・」
冗談にもならないことを言うカイルアスに、ジルンアスが続きを塞ぐ。
相変わらず、兄の一言に黙る弟。
「はぁ。・・・サラ、この屋敷にいれば、少なくとも外からは守られている。だが、お前自身が外に出てしまったらと思うと、私たちは怖かったんだ。私もカイも、執務故にお前を四六時中守ってやることは難しい。だから」
だから、外に出したくなかったのだ、と。
サラは最初、何を冗談を言っているのかと思った。
そんなのが理由になるなんて信じられなかった。
だが、兄たちの様子は、冗談を言ってる雰囲気ではなくて。
「シスコン・・・」
ポソっと呟いたサラ。
普通の兄妹にしては、やけに可愛がってくれるとはずっとずっと思っていた。
もしかしたら、これは貴族には、この世界には普通なのかもしれないとも。
でもそれが嬉しかったから、今までは有りがたく受け止めていた。
だが、こんなに行き過ぎていたとは・・・。
時代が時代で、世界が世界だったら軟禁ではないか、とは口が裂けても言えない。
と、もう一人の自分が別視点で冷静に考えていなければ、
兄たちを揶揄していなければならないほど、
サラは泣くのを耐えることに必死だった。
(あぁ、なんて・・・・)
やはり何て自分は幸せ者なんだろうか。
これほどまでにサラのことを心配してくれることが。
5年前から既に知っていたことだけれど。成長しても褪せることなくサラを大切に思ってくれている。
このまま、兄たちに心配をかけないように、望みどおりに侯爵家から出ずに過ごそうか。
一瞬だけ頭をよぎった思い。
(―――ううん、それじゃダメ)
貴族の娘として生まれ変わったからには、自分には自分の役目がある。
恩がある。
「兄様」
サラはそっと兄たちに近付いた。
身長差で、自然と兄を見上げる格好になる。
泣くのを堪えていたせいもあってか、目はウルウルしている。
「兄様、私、寂しかったの」
「「サラ?」」
「兄様たち、ほとんどこの家に居なくなってしまって・・・」
少し視線を落とす。
そうすれば、よりサラの悲しみが二人に伝わった。
「兄様が、どんなところでお仕事しているのか知りたいわ。兄様たちが作る、この国を知りたいわ。自分の目で」
そうして、再び兄たちの眼を見る。
サラの目にもハッキリと分かるほど、彼らの視線はサラを見つめたまま揺れていた。
(もう一息かしら・・・)
「もっと、兄様たちのことを知りたいの。・・・・だめ?」
首を少し傾げる。銀の髪が、サラサラと肩をなでた。
「っく・・・・!」
「お、おぉぉぉぉ」
ジルンアスは何かに必死で耐えるように唇をかみ締め、
カイルアスは体が震えている。
「・・・お願い、兄様」
この一言でもってして、兄二人は陥落した。
元より陥落していたも同然だが。
首肯した二人に、サラは思いっきり抱きついた。
「ありがとう!!ジン兄様、カイ兄様、大好き!!」
少し離れたところでその様子をじっと見守っていたミリーが、
心の中で
(サラ様!さすがですわ!)
と、ぐっと親指を立てたことは誰も知らない。
「こうすれば二人を落とせますわよ」と、ミリーにアドバイスされていたサラちゃん。