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サラが飛び出した後の兄二人。
「なんということだ・・・!」」
ジルンアスは頭を抱えた。
常に冷静沈着で、時として冷たささえ感じる侯爵家長男のその普段は決して見ないような慌てた様子に、
長年この侯爵家に遣える侍女たちは驚きを隠せなかった。
それでも、それと分かるような素振りを見せるような彼女たちではなかったが。
だが彼女たちは知っていた。
ジルンアスも、カイルアスも、何ものにも変えがたいくらいに、妹姫―――サラを可愛がっていることを。慈しんでいることを。
自分にも他人にも厳しいジルンアス。
たとえそれが自分の父、つまり侯爵家当主であっても、言い負かすことはざらにある。
まだ小さい時からその聡明さは群を抜いていて、将来国を担う中枢として、何かしらの補佐をするであろうことは
この国の貴族の間では当然のこととして受け止められていた。
事実、若干23歳にして次期宰相という地位にいるわけだが・・・
ジルンアスの城勤めが決まった際、こんな不確定な噂が、侯爵家に仕える者たちの間でまことしやかにささやかれた。
それは、ジルンアスが言ったとされる言葉だ。
『宰相の地位?別にそんなもの欲しくもない。地位や権力に固執する者はただの愚か者だ。そんなもの、得たところでもろく崩れ去る代物だ。私個人としての意見ならば、この国の行く末になど興味もない。たかが、人生生きても80までだ。なぜその限られた中で、自分が死んだ後のことなど考えねばならないのだ。・・・あぁ、そうさ。サラがいるからだ。サラが生きている間だけでも、この国を住みよい国にせねばならないのだ。だから宰相になったに過ぎぬ。うまくいけば王を操れるしな。貴族会に入るには時間がかかるし、他の狡猾な老いぼれと言い合うのも時間の無駄だ』
絶対に、他家や、ましてや王族には聞かれてはならないその噂。
忠誠溢れるこの侯爵家の使用人の間のみにしか流れていないが、
これを聞いた時、皆思ったものだ。
『・・・・ジルンアス様なら、言いかねない』
と。
そうして、この噂の続きにはまだある。
『何を好き好んで、この侯爵家を出て王城に缶詰にならねばならぬのだ・・・。私だって、サラと一緒にいたいものを』
見目麗しいジルンアス。
冷たすぎると称されるほどの、その整った容貌。
だが、サラの前では柔らかく変化する。
本来なら休暇が取れるはずもなかろうに、どうやって取ったのかその手段を想像するだけで恐ろしいが、
貴重な休暇には必ず侯爵家へ帰ってくる。
いや、侯爵家へ帰ってくるために休暇をもぎ取るのだ。
古くの友人である、王太子殿下は事情を知っているのだろうか。
まさか、王太子殿下を脅しているわけではあるまい・・・。
最初の頃は、使用人たちはそう不安に思ったものだ。
「兄さん・・・・サラ、泣いて・・・」
カイルアスは未だ呆然として、サラが出て行った扉を凝視している。
信じられない、とでもいうように、手が小刻みに震えて。
普段は凛々しい、親衛隊の軍人であるだけに、やはり侍女たちも少し心配になる。
彼も、兄に負けず劣らず、サラ命だ。
カイルアスが軍人になったのは言うまでもない。
『俺が、強くなってサラを守るんだ!!』
と宣言したからだ。
・・・屋敷中に響く大声で。
その際に、まだ産まれてまもないサラが、スヤスヤと寝ていた所を起されて、ピギャピギャ泣き出してしまい、
その原因を作ったカイルアスがジルンアスに一発殴られた、ということは周知の事実だ。
カイルアスはその幼い頃の宣言どおり、めきめき力をつけ、
今では狭き門であるの王太子の親衛隊に入隊したばかりか
副隊長にまで上り詰めた。
彼の武力は国内外ではちょっとした有名になっているらしい。
『カイは、一体何になりたいんだ・・・』
と、日々筋肉がついていく息子を見て、当時侯爵家当主は頭をかかえたとか。
そんな兄二人に愛される妹姫。
可愛さゆえに、侯爵家から出さなかった。
本人は無自覚のようだが、類稀なる美しさを持っているサラ。
今ではまだ「可愛い」と称されるが、もういくばくも経てば女としての香がたつだろう。
そして純粋で、心根の優しいサラ。
危険から守りたいと思うのは、何も兄二人だけではない。
侯爵家の使用人全てが、サラを守りたいと思っていた。守らねばならぬと。
だから、侍女たちも、サラが侯爵家から出されないワケを知っていたのだ。
そうする兄を微笑ましく思っていた。
美しい兄妹愛だと。
それなのに、まさか泣かせることになろうとは。
私の中では、カイはムキムキマッチョではないんです。書き方がどうしてもそんな感じになってしまいましたが・・・。ガタイのいいお兄ちゃんです。




