12
まさにおとぎの国に紛れ込んだようだった。
想像でしかなかった宮殿。
まさに、思い描いていたお城のイメージぴったりで、しばしその姿に圧巻した。
城下町に入り、人通りが多くなって、お店の店主や売り子の掛け声がこだまし、賑わいが耳をついた。
そうしてまた少し馬車を走らせ、やがて城門から中に入る。
当然騎士が出入りの馬車に目を光らせていたが、サラの乗った馬車は侯爵家の紋章が入っているためほぼ素通りで入れた。
広大な庭が見える中をさらに進み、やがて一つの建物へ。
一口に宮殿といっても、主に外交の場や賓客を迎える宮殿、王族の式典が行われる建物、騎士専用の鍛錬上や寄宿舎、王族の私室が並ぶ建物や、客間、城で働く者たちの寝泊り専用の建物等が並んでいる。
サラを乗せた馬車は貴族や他国の賓客のために用意された客間がある建物へと向かう。
高鳴る胸を押さえきれず、馬車が止まって御者から着いた旨の声が聞こえた時はサラの心臓ははちきれそうだった。
「サラ様、さぁどうぞ」
ミリーが素早く手を差し出してくれ、タラップを降りる。
そっと踏み出した一歩は、柔らかな芝生の上へと落ちた。
ホッと息を吐く。大きな一歩、境界を越えたような気分だ。
そうして、貴族の令嬢らしく、侯爵家の名に恥じないようにと、姿勢を正し、真っ直ぐ前を見る。
「お待ちしておりました」
その声と同時に頭を下げたのは、迎えに来てくれた恐らく客室専属の侍女たちだろう。
客室専属ともなれば、対外的な関係もあって一流の侍女がつくという。
美しく、身のこなしも流れるようだった。
「お世話になります」
ミリーも礼を返す。
出迎えてくれた侍女たちに従い、サラとミリーが後に続く。
侯爵家から持ってきた衣装は、他の侍女が持ってくれた。
通された客室は、シンプルだけどそこかしこに豪華な調度品がある、落ち着いた雰囲気の部屋だった。
「まぁ、素敵」
大きく取られた部屋の窓からは、中庭へと下りることのできる階段が数段ついていて、
丁寧に整えられた庭が見える。
後で散歩できたらいいな、とサラは思う。
「何がご入用や御用がありましたら、何なりとお申し付けくださいませ」
「ありがとう」
客室専用の侍女が恭しく言ってくれたのでサラは礼を言う。
とりあえず、あまりゆっくりしている時間はないようだ。
急いで支度をしなければ。
と、その時。
「おっ。サラよく着たな」
との声に振り向くと、カイの姿が。侍女たちがその姿に頭を垂れる。
「カイ兄様!!!」
一ヶ月ぶりの再会とあって、サラは嬉しくなりカイに抱きつく。
もちろんサラが駆け寄って思いっきり抱きついても、ビクともしない。
「兄様、どうしたの?お仕事はいいの?」
抱きついたまま、サラが見上げながら尋ねると、優しそうな表情でカイがサラの頭を撫でる。
「もうすぐ交替の時間だが、今はまだ空いてるんだ。サラが来るのを待ってたぞ。何も問題なかったか?」
「えぇ、大丈夫よ。ミリーと楽しくお話しながら来たわ。兄様、私、ワクワクしているの。初めて外へ出たのよ!それにとっても素敵なお城ね。夢のようだわ。兄様たちはここで働いているのね」
「あぁそうだ。ここでサラと会うのは変な感じだな」
相変わらずサラの髪を撫でながら、クシャっと笑う。だが次の瞬間には真面目な顔つきになって
「いいかサラ。ミリーから離れるなよ。ここは広いし、特性上迷いやすいような造りになっている」
「兄様までミリーと同じようなこと言うのね。15歳にもなって迷子になったりなんかしないわ」
少しむくれて見せると、カイはその頬を優しく包む。
「それもあるが・・・、まぁ、何か危ないことでもあったらすぐに叫べ。俺が助けてやるからな」
「危ないこと?」
「変な場所へは行くな。あと男には絶対近付くなよ。話しかけられても無視をすればいい」
「まぁ・・・」
少し見ただけだが、平和そうな宮廷内だったし、それに変な場所・・・?男に近付くな・・・?
カイ兄様はおかしなことを言う、とサラは思った。
それでも、兄様の心配が伝わってくるような気がしたので、サラは安心させるように微笑んだ。
「分かったわ兄様。安心してちょうだい」
「カイルアス様恐れ入ります。サラ様のご用意がありますのでそろそろ・・・」
時間を気にしていたらしいミリーが割って入る。
「あぁすまない。ではミリー、くれぐれもサラのことを頼むぞ」
「はい、お任せくださいませ」
カイは名残惜しそうにサラの頭に口付け、部屋を出て行った。
ほぅ・・・と部屋の隅でため息のような声が聞こえたと思ったら、部屋付きの侍女たちが少し頬を赤らめていた。
ドレスの着衣や髪を結うのを手伝ってもらっている間に侍女たちと親しくなって―――サラと話したくてウズウズしていたらしい―――聞いた話だが、
カイに憧れている女性は多いらしい。
今みたいに間近で姿を見て声を聞くことは滅多にないため、だから侍女たちは頬を染めていたようだ。
「皆、お会いするのを楽しみにしていたのです」
「私に?」
「はい。カイルアス様と、ジルンアス様の妹姫。今までほとんどその姿を見た者がいない。それが、1週間ほど前でしょうか。妹姫様が宮廷にお越しになるという噂が広まって」
「まぁ、そうだったの?」
「それから皆会いたくてたまらなかったのです。あぁ、噂どおりのお可愛らしいお姿で―――銀糸の髪も稀有な美しさですわ。こうしてお世話ができることが幸せです」
ミリーは「そうだろうそうだろう」となぜか自慢気に頷いている。
支度が終わり、鏡の前に立つ。
「まるで妖精のようですわ」
「本当に、何てお可愛らしい」
「淡いピンクのドレスが、また優しい雰囲気を醸し出していますわ」
口々に賞賛されてサラは恥かしくなってしまう。
頬を赤らめて照れるサラの純粋さに、部屋付きの侍女たちが優しく見つめる。
サラはそっと鏡の中の自分を見る。
こうして改めて見てみると、本当にこれが今の自分の姿なのかと疑ってしまう。
母とミリーが1ヶ月かけて選び抜いたドレスやアクセサリーは、サラをあますところなく着飾り、それでいて主張しすぎることもなく落ち着いた輝きを放っている。
5年も経てば見慣れた顔のはずなのに。
それでも微笑めば、鏡の中のサラも微笑み返してくれる。
これが、私。
これが、サラ。
何度も言い聞かせる。
「さぁ、それでは参りましょうか」
サラは、踏み出す。
不完全燃焼な文章になってしまいました・・・。そして進展しない・・・。
お読みいただきありがとうございます。