僕にだけ態度が素っ気ない
翌朝、雲一つない快晴で外は五月の暖かな日差しが街を照らしていた。一緒に登校できたら良かったのかもしれないけど、連絡先を交換していなかったのでタイミングを合わせることが出来ず断念した。
「おはよ、明。お、なんだか今日はいつもの辛気臭い顔じゃないな、彼女でも出来たか?」
「おはよう守、実は・・・・」
そこまで言って、僕は昨日の別れ際に言われたことを思い出す。彼女はたしか、告白とこの関係のことは出来る限り秘密にして欲しいと言っていた気がする。
隣を歩く高崎守もまた男女問わず人気のある生徒であり、僕とは中学時代からの付き合いになる。そんな彼であっても無断で話すのは避けた方が良いだろう。
「おーい、どうした明」
「ああ、いやなんでもないんだ、今日は朝食に好物が出てさ」
それを聞いてははっと守は笑った。
「なにがおかしいんだよ」
「いや、明がそんななんでもないことで機嫌が良くなるなんて意外だなと思ってさ」
「まるで、僕が常に不機嫌で神経質みたいな言い方するな」
「違うのか?」
「そう見えるだけで断じて違うね」
守の言うとおり、僕はあまり他人に積極的に興味を持ったりしないし、態度も素っ気ないところはあるかもしれない。でもそれは単に昔の僕の名残りのようなもので、本当のところは周囲と上手く付き合っていきたいというのが本音だ。
「あーあー早く明にも青い春が来るといいな」
「守と僕は違うよ、生まれ変わっても守みたいな学校生活を送れるようになる気がしないよ」
「そんなもんかね」
守はなにか言いたげだったけど、前方を歩く友達に呼ばれてそちらの方へ向かって行った。
守は友達の集団に囲まれ、溶け込んで笑みを浮かべながら談笑していた。その様子は毎朝見ている光景だけど、針で刺されるみたいにちくりと心が痛む。いや、気持ちを切り替えていこう、宮森さんにそれとなく挨拶するんだ。
「おはよう宮森さん」
「おっはよ朱里」
「おはようございます。川口くん、曽山さん」
教室に入ると宮森さんは挨拶をしてくるクラスメイト達に丁寧に挨拶を返していた。そこに混じって挨拶を交わすのは少しリスクがある。なぜなら周囲から見れば僕と宮森さんはそこまで接点のある関係ではないから。
僕は彼女が一通り挨拶を交わし終わるのを待っていた。実に多くのクラスメイトが彼女に挨拶していく。そんな光景を見ていると昨日の告白は実は夢だったんじゃないかと思えてくる。
ぼんやりとしているうちに挨拶は終わったらしく、彼女は一時限の授業の準備を始めた。
「おはよう宮森さん」
「ああ、おはよ」
「えっと、一時限から数学なんて最悪だよね」
「そう、私はそんなでもないけど」
他の人と比べて明らかに冷めていて、おはように関しては名前すら呼ばれなかった。それにこちらをいちべつすることもなく授業の準備をしながら返している。
(どういうことだ、まるで昨日とは別人のようだ)
「宮森さん、昨日のこと覚えてる?」
僕が小声でそう問いかけると、彼女はピタッと一瞬手を止めて応える。
「悪いけど、その話教室でしないでくれる?」
「あ、ああそうだね。ごめん」
なにがなんだか分からないまま、僕はとりあえず彼女と話すことをやめて授業の準備をすることにした。
数学の教科書をバックから取り出そうと手で探っていると、どうやら家に忘れてきたことに気が付く。宮森さんのことで頭がいっぱいになっていたがためだろうか。
僕が一つため息を付くと、隣の彼女が無言で机を寄せてきた。机の上には数学の教科書が広げられていた。
「忘れて来たんでしょ、仕方ないから見せてあげる」
「ありがとう、でもそんな机寄せなくても見えるから・・・・」
「借りる立場なんだから文句言わないで」
とは言ってもクラスメイトの視線が少し痛い。
「宮森さん、質問してもいいかな?」
「なに?」
「僕って宮森さんに嫌われることしたかな? なんだか素っ気ない気がするんだけど」
宮森さんがその質問に答える前にチャイムが鳴り、教室に教師が入ってくる。
「はーい授業始めるぞ席につけ」
僕は宮森さんの方をちらりと見て表情をうかがった。うつむきがちでどんな表情をしているのかははっきりと読み取ることは出来ない。
しかし、教師が数学の授業を始める直前──彼女は小さく呟いた。
「嫌いになるなんてあるわけないです・・・・」
その微かな呟きは僕の耳にはっきりと届いた。でもそれは一瞬のことで、数学の授業で分からない箇所を教えてもらう時には素っ気ない態度に戻っていた。
あの呟きと態度の落差の正体を今の僕には知ることが出来なかった。




