素っ気ない彼女と線香花火
「それじゃ行ってくる」
「日をまたぐ前に帰ってくるのよ」
翌日の時刻は夜の七時、僕は昼間のうちに買っておいた花火の入った袋を片手に家を出るところだった。むこうにも花火屋はあるけど、着く頃には閉まっているだろう。
僕は頷いて外に出ると、例のバス停前まで歩きはじめる。今日は真夏の夜にしては涼しい方で髪をなびかせている夜風が心地良いくらいだった。
こうして一人で歩いていると思い出すことが結構ある。
僕が当時、夜中に歩き始めたのはなぜだったのか、最初は宮森さんと同じように静かな環境で安らげる時間を求めていたからかもしれない。
でも僕は彼女に出会ってからは守とは違う同じ悩みを持つ同士の繋がりのようなものを求めて彼女に会いたいがために歩いていた。そんな気がする。
「こうしてじかに会うのは結構久しぶりだね宮森さん」
「そうね、バスもうすぐ来るみたいよ」
「それ、持とうか?」
宮森さんの片手にも大きなビニール袋が握られていた。久しぶりに顔を合わせているというのに彼女の表情はあまり変化しない。
「いい、これくらい自分で持てる」
「見たところ、花火みたいだね」
「何が言いたいの?」
「なんでもないよ」
宮森さんは言動や態度は素っ気なくても行動にはしっかりとあらわれるタイプである。そう考えると僕は思わず微笑んでしまう。
口ではツンとしていてもあんなに大量の花火を準備して僕よりも早くバス停で待っている。それくらい楽しみにしていたということに。
「なに」
「いや、別に。あ、バス来たよ」
バスの中で、僕らの間に会話らしい会話はなかった。お互い前から後ろに流れていく街の景色をぼんやりと眺めていた。
どっちが先だったかは定かではないけど、僕と宮森さんの手は繋がれていて久しぶりに感じる彼女の手の体温は僕を幸福な気持ちにさせた。
「ふう、中々長かったね」
「そうね、少し疲れたかも」
海の近くにある水族館の前のバス停に着く頃には夜の八時半で海辺に人の気配はしない。
僕らは互いに大きく伸びをした後、砂浜に降り、さっそく花火をつける。
まずはオーソドックスなものから火をつけた。
「えい」
いきなり彼女は細い棒状の花火をこちらの上空に向かってこを描くように振った。
「危ないだろ」
「こういうのがしたかったんじゃないかなって」
「分かってるじゃん」
僕はそう言って微笑むと同じことを彼女にする。しばらくお互いそうして棒状花火で遊んだ。もちろん万が一火の粉が当たらない程度に注意しながらではあるけど。
ロケット花火やその他諸々に火をつけて遊ぶ、なんだかこうしていると童心に帰ったように感じる。最初は表情が固かった彼女も次第に花火のように明るくなっていく。
「今日は楽しかったかな」
「ん、その凄く・・・・楽しかったよ」
「なら良かった」
一通り消費すると僕らは先に後片付けをしたあと、最後に向かい合って線香花火をしていた。
「もうバス、なくなっちゃったね」
「歩いて帰ればいいよ、不可能な距離じゃない」
「最初からそのつもりだったんでしょ最悪」
そう言う宮森さんの声は言葉とは裏腹に嬉しそうだ。
「ねえ・・・・私、この夏休み明くんの知らないところで色々あったんだ」
「聞かせてくれるの?」
「ううん、話したくない今は、明くんは私のためなら本気だしてくれる?」
「ああ、機会があればな」
海辺では寄せては返す波の音と線香花火のパチパチという音だけがする。彼女は落ちる寸前の線香花火に目を細めて呟いた。
「きっと大丈夫だよね」
「え?」
「ううん、なんでもない。ほらもう花火ないし帰ろう」
──僕らは人通りの少ない街道を手を繋いで歩いた。夜空は晴れて星が点々と散りばめられている。
時々、それを眺めながら横目で彼女の横顔を見る。たまに視線がぶつかってお互い目をそらすというのが何回かあった。
「明日はかき氷パフェだっけ楽しみだね」
「ああ、そうね」
彼女が遅れて反応する。線香花火の時から何か考え込んでいるような、でも言いたくないことを無理に聞き出すわけにもいかない。
「あんまり抱え込みすぎるなよ、僕もいるんだから」
「ありがとう、頼る時が来たらよろしくね」
僕が頷くと彼女はこちらに向かって微笑んでから夜空を見上げる。
「こうしていると中学の時、二人で夜道を歩いたの思い出すね」
当時、僕らは基本的にはバス停ですれ違ってそこで話すことが大半だったけどたまにそのまま散歩する時もあった。
「懐かしいな」
バス停を過ぎて僕の家が見えてきた。
「このまま、夏が終わらなかったらいいのにって思う」
「そうだね」
返して、彼女のその言葉が単に夏が惜しい以上の意味が込められていることに気が付く。
「今日はありがとう、また明日」
「あ、ああ」
彼女があの時、何を伝えたかったのか今の僕にははっきりとは分からない。でもこの先なにかが起きるとすれば、その時は全力で解決する。
今はそう心に決めておくことしか出来なかった──。




